絶対言わない 18


こんなに一日を長く感じたことはなかった。
アカデミーを終えてから家に帰って、お弁当を作って病院へ向かうと、時刻はもう夕暮れ時になっていた。
カカシの病室へと向かいながら、次第に心臓がドキドキするのを抑えられない。
昨日の今日というか今朝の今というか、キスした事を思い出して、まともにカカシの顔を見れそうになかった。
それでもやっぱり会いたくて、病室のドアを開けて中を覗く。

「カカシ」

目が合うと、カカシが読んでいた本をぱたんと閉じた。
ふわっと笑顔を浮かべると目を弓なりに細める。
そんな表情に更に鼓動を高めていると、カカシが手招いた。

「どうしたの?入っておいでよ」
「う、うん!」

中に入りながらさりげなくチェックすると花は無かった。
今日は来なかったのか、それともカカシが断ったのか。
安心すると意識はすぐにカカシへと攫われる。
内心の緊張を隠して、足早にカカシの前に立った。

「お弁当作ってきたよ。温かいうちに食べる?」

何をするにもドキドキしてカカシの様子を窺ってしまう。
返事を待たずにテーブルの用意をしようとしたら、カカシの手が肘を掴んだ。
ただそれだけのことにきゅぴーんと全身が全身が張り詰める。
カカシの手が掴んだところから熱が広がった。

「待って、イルカ。・・キスしよ?」
「うん・・っ」

誘われて、硬直したままカカシの方へと体を傾けた。
ベッドに座っているカカシより俺の方が背が高くて、まるで俺からするみたいなキスに極度の緊張に包まれる。
だけど実際に俺を引き寄せたのはカカシの方だった。
軽く唇を触れ合わせて、ちゅっとだけすると離れてしまったキスに物足りなさよりも寂しさを感じる。

・・・カカシ、もっと。

そんなことは言えなくて、なんでもない顔を作ると今度こそテーブルを用意して重箱を広げた。

「わあっ、今日はすごくたくさん作ったんだね」
「うん、俺も一緒に食べようと思って。いい?」
「もちろん!一人で食べるよりイルカと食べた方がずっと美味しいし」
「そ、そうか・・・?」
「うん!」

カカシはどうして。
こうもさりげなくこういうことが言えるのだろう。

そんな風に言われたら嬉しくなるじゃないか。

赤くなりそうな顔をごしごし擦って誤魔化す。
そもそもカカシがこんなだから、俺も気づいたらカカシのことが好きになってた。
カカシは人を喜ばせるのが上手い。
それに優しいし、カッコいいから俺でなくてもカカシの傍にいたら惚れずにはいられないと思う。
そう思うとちらりと頭の隅を影が過ぎったけど、ずいっと向こうへ押しやって意識の外に出した。

「あ!そうだ、いい知らせがあるんだよ・・って、いい知らせなのかな・・」

カカシが玉子焼きを半分齧ってから言った。

「なに?」
「3日後に退院の許可が下りたの」
「ホントに!?良かったじゃないか」

それの何がいけないんだろうと首を傾げると、カカシが眉尻を下げた。

「うん・・って言っても仮退院で自宅療養に切り替わっただけ」
「うん」
「それも条件があって、介護してくれる人がいないと帰れないの」
「ふーん?」

で?と首を傾げると、カカシが気弱な笑顔を浮かべた。

「やっぱダメだよね・・。まあ他の人に世話して貰うって手もあるんだけど・・」

ここにきて、ようやくカカシが何を言いたいのかに気付いた。
先を想像してカッと頭に血が上る。

「駄目だよ、他の人なんて!他の人に体触らしたりしたら嫌だからな!そんなの許さないからな!」

米粒を飛ばしながら怒鳴りつけるとカカシがぽかーんとした。

「あ。」

なに言ってんだ、俺。

つま先から熱が駆け上がる。
とんでもなく嫉妬心を露にしてしまって羞恥した。

しかも許さないって何様だよ。

「あの・・カカシ・・今のは・・」

言い繕うとしたらカカシが、「ぶーっ」と吹き出した。
腹を抱えて可笑しくて仕方ないとでも言うように体を丸めて肩を揺らす。

一頻り笑うと、ちらりと視線を寄越した。

「・・なんだよっ」
「ううん。・・それならオレの面倒はイルカが見てくれるの?」
「そ、そうだよっ!」

いけないかよ。

これ以上からかわれるのは堪らない。 ふて腐れて答えると、ドアがノックされた。
振り返ると、いつもお世話になってる看護婦さんがいた。

「あら、楽しそうですねー。はたけ上忍、あと30分ほどでお風呂空きますけど、今日はどうされます?付き添いの方もいらっしゃってるようですし・・」
「え!?お風呂入っていいんですか?」
「ええ、数日前から許可出てたんですけど、はたけ上忍ずっと断られているので――」
「えっ」

どうして?と振り返ると、さっきまで笑っていたカカシがふいっと顔を背けた。

なんだ?カカシって風呂嫌いだったっけ?
俺だったら絶対入りたいけど。

そう思って、カカシの了承を得ずに答えた。

「入ります。どこに行ったらいいんですか?」
「ちょっと――」

焦って止めようとするカカシの声は無視すると、独断で看護婦さんから説明を受けた。




text top
top