絶対言わない 14


犬が傍にいてくれることでもっと寂しくないかと思っていたらそうでもなかった。
犬は俺との間に一線を引いていて、決して懐いた訳じゃあなかった。
俺からはご飯を受け取らないし、家の前まで着いてきても中には入ろうとしない。
傍に居てもどこか距離があって、それはまるでカカシとの関係を思わせた。
カカシも近くに居るのに遠い。
それは俺が望む形でカカシが傍に居る訳じゃないからそう感じるのだと気付くのに時間は掛からなかった。

俺が望む形、――それはカカシと恋人としてだ。

俺がカカシを想う様に、特別な存在としてカカシに好かれたかった。

「・・・今更だよなぁ・・」

自嘲気味に呟くと、窓から吹き込んだ風が大きくカーテンを揺らした。
浮き上がったカーテンの隙間から青空が覗く。
眩しさに目を細めたけど、その光が心の奥まで届くことは無かった。
数日前からどんより曇った心は今もそのままで、ふとした拍子に雨を降らしそうになる。
それを避けるために自分の心から目を逸らせば、やがて無気力になって何もする気が起こらなくなった。
今日も休みだと言うのにベッドでゴロゴロして時間を潰す。
せめて、あの朝のことがなければカカシに会いに行けたのに。
知らなければ、今日もカカシに会いに行っていた。
会って、弁当を渡して、日がな一日カカシの傍で過ごした。
だけどもう、そんな時間はやってこない。
あの朝の痛みをもう一度味わう勇気は俺には無かった。

玄関先でカタンと音がした。
体を起こしてドアを開けると病院から帰ってきた犬が座っている。
犬は俺の代わりに弁当を届けてくれた。
足元に置かれた弁当箱を拾い上げて、「ご苦労様」と頭を撫ぜれば犬は目を細めた。
持ち上げた弁当箱は軽い。
カカシが食べてくれたのだと思うと嬉しいのと哀しいのが同時に湧き上がった。

「・・カカシは元気にしてたか・・?」

聞いても犬は答えてくれない。
これがパックンだったら・・、と思うがパックンだったら素直に聞けないのは目に見えていて口を閉ざした。

カカシは今頃何をしているのだろう。
傷は治っただろうか。

考えるとちくりと胸が痛み出す。
会いたかった。
カカシに会いたい。

重みを増した胸に部屋の中に引き返した。
頭から布団を被って、胸の中で吹き荒れる嵐が遠すぎるのを待つ。
じっと蹲っているとコツンと、今度は窓ガラスを叩く音がした。

なんだろう・・?

不思議に思って顔を上げてドキッとした。
そこに居たのは白い鳥だった。
前にカカシが作ったのと同じ白い鳥。
カカシからの接触に大きな喜びが沸きあがった。
だけどすぐに影が広がり不安も過ぎる。
不安の方が強くなって手を伸ばせないでいると、鳥はぽふんと煙を上げた。
ひらひらと蹲った足元に紙切れが落ちる。

『イルカ、どうしてるの?』

メモに書かれた字に、わっと涙が込み上げた。
読むとカカシの声が頭の中に響いて切なくなる。
恋しかった。
カカシがたまらなく恋しい。

「うぐ・・っ、ひっく・・、うぅ・・っ」

大切に、大切に紙を拾い上げて手の中に収める。
だけど紙はただの紙で、そこにはカカシの温もりも感触も無かった。
ばさばさっと羽音がして顔を上げると、また白い鳥が姿を変える。

『お休みでしょ?会いに来て』

「・・・いけないよ・・カカシ・・」

会いたいけど会えない。

どちらも同じくらいの強さで俺を苛んだ。
カカシは遠くへ行ってしまう。
俺は自分の恋の結末を知るのが怖かった。

「カカシ・・ッ・・カカ・・シ・・っ」

泣きじゃくって痛みに耐える。
じっとしていると、わさわさとたくさんの羽音がした。
窓の外をたくさんの白い鳥が羽ばたく。
鳥は一斉に姿を変え、紙が雪のように降ってきた。

『イルカ、おいでよ』
『イルカ、お腹が空いた』
『イルカ、一緒にご飯食べよう』
『イルカ、いい天気だよ』
『イルカ』
『イルカ』
『イルカ、会いたい』
『会いたいよ』
『会いたい』
『会いたい』


――会いたい。



『会いたい』
会いたい。



「カカシ・・!」

サンダルを引っ掛けると外へ飛び出した。
外にいた犬が飛び上がるように立ち上がるとワンワンと興奮した声で鳴いた。
振り返る余裕も無くて飛び出した勢いのまま、カカシのいる病院へと走った。




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