絶対言わない 12
カカシと彼女のことで頭がいっぱいだった。
彼女の涙とあの笑顔の意味を考えて頭の中がはちきれそうになる。
昨日のことがあって、きっと彼女は花のことを問い詰めた筈だ。
その後どうなったのだろう?
・・何があったにせよ、――彼女はカカシに告白したじゃないか?
カカシはそれを受け入れたんだろうか?
だから彼女はあんなに幸せそうに笑っていたんじゃないのか?
カカシを見つめる愛しそうな瞳。
カカシはあの視線の先でどんな風に居たんだろう・・。
そう思うと、すぐに枕を背に体を起こしたカカシの姿が思い浮かんだ。
目を細めてふわりと笑う。
そんな笑顔を彼女にも向けたのかと思うと、胸が捩れて涙が出そうになった。
つんと痛くなった鼻の奥に息を止めて歯を食いしばる。
「――せんせ・・、うみの先生!」
「は、はい!」
大きな声で名前を呼ばれてはっと顔を上げると、俺を指導してくれている教師が眉間に皺を寄せて俺を見ていた。
「うみの先生、聞いていましたか?午後の授業の準備で演習場に簡単なトラップを仕掛けて来てくださいと言ってるんです。見習いだからってぼうっとして貰っちゃあ困りますよ」
「す、すいま・・・、申し訳ありませんでした。すぐに行ってきます」
ふうっと小さく吐かれた溜息が弱りきった心を強く責めた。
もう一度頭を下げると急いで演習場に向かう。
自分の何もかもが駄目な気がして酷く落ち込んだ。
トラップをいくつか作り終えてアカデミーに戻ると他の教師は授業に出て、職員室は閑散としていた。
人が居ない分静かだったけど、そのことに返ってほっとした。
少し気持ちを整理したい。
ところが自分の席に戻り、イスに座ろうとして突然現れた茶色い物体に驚いた。
「おわっ!・・な、なにしてんだよ!」
「よう」
俺の動揺を他所に、前足を上げて挨拶したパックンが眠そうな視線を向けた。
「カカシが呼んでおるぞ」
聞きなれた召喚に、ドキッとしたが口を閉ざした。
「イルカ?」
「・・行かない。俺だって忙しいんだから」
「・・腹が空いたと言っておったぞ」
そんなの知るもんか。
カカシに会いに行ったって、きっと彼女が居るに決まってる。
寄り添う二人の姿を頭から消して心を閉ざした。
パックンも視界から追い出して、次の授業の準備を進める。
「腹を空かせて待っておったぞ」
繰り返し言われて、俺はむすっとしたままカバンを漁ると朝の弁当を出した。
「ん」
「なんじゃ?」
「持っていって」
パックンの鼻先に弁当を押し付ける。
「ワシにこんな大きな物が運べるわけなかろう」
「そんなの知らない!」
どんと机に弁当を置くと教科書を掴んだ。
とにかくパックンから逃げたくて、職員室を出ると闇雲に歩く。
だけどイスから降りたパックンがとことこついて来た。
「どうしたんじゃイルカ、カカシが心配しておったぞ」
「・・・・・・・・・」
「カカシがなんかしたのか・・?」
「・・・・・・・・・」
「言わんとわからんじゃろ」
「・・・・・・・・・」
「・・・まったく。弁当は他のもんに取りに来させる」
ちゃっちゃっちゃっと隣を歩いていた小さな爪音が止んで、気配が遠ざかる。
しばらくして小さく振り返ってもパックンはもう居なくて叱られたような寂しさが胸に広がった。
「・・・行けないよ」
誰にも聞こえない声で呟くと、こみ上げて来たものを隠すため空いた教室に逃げ込んだ。
授業を終えて職員室に戻ってくると今度は大きな犬が寝そべっていた。
茶色いそいつは俺が近づくとぱっと顔を上げ立ち上がる。
どこかで見たことがあると思ったら、――カカシの忍犬だった。
机の上を見れば、お弁当が無くなっている。
「お前が持っていってくれたのか・・?」
尋ねると、犬は肯定するように鼻先を手に押し付けた。
鳴くことも吼えることもせず、はっはっと湿った息を吹きかける。
「お前は話さないのか?」
しゃがんで頭を撫ぜると犬は気持ち良さそうに目を細めた。
わしわしと頬や顎の下を掻いてやると、ぶんぶんと大きく尻尾を振る。
可愛い。
「ありがとな。もう行っていいよ」
背中を撫ぜると犬は首を傾げた。
真っ黒な瞳が俺を見上げる。
入り口を指差しても犬は尻尾を振るばかりだった。
「帰らなくていいのか?」
尋ねても言葉を解さないのか犬は再び腰を下ろすと前足に顎を乗せて寝そべった。
すっかり居座る様子に戸惑うが、もとより俺の言うことを聞くはずもなく、時が来れば帰るだろうと見越して好きにさせた。