絶対言わない 11
夜の空気が湿り気を帯びて重くなっていた。
薄く空を覆い始めた雲に明日は雨かなと思う。
季節の変わり目で最近雨の日が多い。
新聞に包まれた花を手に、今日もまた脇道に逸れた。
とぼとぼ歩いてお地蔵さんの前に来ると、しゃがんで新聞を広げた。
中にあった花を掴んでお地蔵さんの横の空間に押し込む。
花がこんなに長持ちするもんだとは知らなかった。
お地蔵さんの小さな祠は今、毎日贈られる花で溢れ返っていた。
その前で、俺は目を閉じて祈った。
あの人がカカシのことを諦めますように。
カカシが彼女の事を好きになりませんように。
目を開けると薄暗い夜の中、花は内側から輝くように淡く光って見えた。
その光に照らされて、自分の心に影が色濃く出来るのを感じた。
花は毎日続いた。
雨の日も晴れの日も関係無く、朝来たときに無い花は帰りに寄るとある。
それは俺が居ないときにカカシが彼女と会っている証明でしかなく、その事実は俺をたまらなく不安にさせた。
あの人はカカシのことが好きだ。
きっとカカシもそのことに気付いている。
でもカカシは彼女を遠ざけない。
それは、いつかカカシがその想いに応える日が来る事を示しているようで気が気じゃなかった。
カカシが彼女をどう想っているのか知りたい。
だけど何も聞けなかった。
聞いたらきっかけを与えてしまいそうで怖かった。
「カカシ・・・」
そう遠くない未来、俺のカカシへの気持ちは受け入れられることなく行き場を失うだろう。
彼女の隣で幸せそうに笑うカカシが容易に想像できて目の前が滲んだ。
俺は、カカシを失う。
あの温かな笑顔も優しい抱擁も、カカシが俺に与えてくれるすべてを。
「・・うっ・・・っく・・・ぇっ・・」
――カカシが好きだ。
今、初めて気付いたように強くその想いが胸を占めた。
ずっと好きだったけど、今ほどその事を意識したことは無い。
心底カカシに惚れていることに気付いたけど、それは痛みしかもたらさなかった。
ただただ苦しくて、後から後から涙が沸いて来る。
それでもやっぱりカカシが好きでどうしようもない。
「・・・・・あの・・あなた・・」
「・・・っ!!」
突然掛かった声に驚いて、顔を上げて更に驚いた。
心配するようにこちらに手を伸ばそうとしていたのは、カカシの病室であった人だった。
カカシの後輩。
カカシのことを好きな人。
その人がこんなところに何故?と混乱していると、彼女も困惑したように俺を見ていた。
「あなた、カカシ先輩の・・・、・・何かあったんですか・・?」
不安げに揺れる彼女の瞳が俺から逸れて横を向いた。
その視線の先に映ったものに目を見開く。
「この花――」
これ以上彼女を見ていられなかった。
罪悪感がこみ上げる。
「ごめんなさい!!」
叫んで、瞬身でその場から消えた。
自分の家に逃げ帰り、布団に潜り込む。
後悔は後からやって来た。
彼女に見つかってしまった。
「・・・どうしよう」
きっと深く彼女のことを傷付けた。
まさか自分の上げた花がこんな風に扱われているなんて思ってもみなかっただろう。
特色のある花束だっただけに誤魔化しようが無かった。
「・・・どうしよう」
カカシの立場も悪くなる。
彼女から問い詰められたらカカシはどうするだろう。
カカシにしてみても花がこんな風に扱われているなんて知らないのに。
身に覚えのないことで責められるカカシを思って頭を抱えた。
「もう・・どうしたらいいんだよ・・っ」
考えても名案など浮かばず、襲いくる自己嫌悪に苛まれ続けた。
とにかく謝ろう。
朝まで考えて出た結論はこれだけだった。
いつものように弁当を作ったもののカカシの病室に向かう足取りは重い。
事情を聞いたカカシの呆れた顔や怒った顔を思い浮かべて怯えた。
カカシに嫌われるかもしれない。
そんな予感が更に俺の足を遅くさせた。
いつもより遅い時間に病院に着いて、とぼとぼと階段を上がる。
なんて謝ろう・・。
考え込んでいたから気付くのが遅れた。
カカシのいるフロアへと踊り場から階段へと踏み出した時、廊下をあの人が横切った。
泣いていたのか目元を拭い、だけど内側からこみ上げる喜びを耐えるように胸を押さえている。
カカシの病室へと向かう彼女を俺は柱に隠れて見た。
「カカシセンパイ」
甘い声。
病室に入る瞬間、彼女の浮かべた零れるような笑みの意味を考えて、俺はそっと階段を下りた。