○月×日 イルカ先生は思いの外凶暴だった。
行動には注意が必要。
受付所を出て、イルカ先生を連れて家に帰ろうとしていた時だった。通りの向こうから面倒なのが二、三人歩いてくる。知らん顔で通り過ぎようとしたが、向こうから絡んできた。
「おや〜?はたけカカシさんじゃないですか。暗部をクビになって一般の任務を受ける様になったって聞いてたけど、本当だったんですね〜」
「あー、はいはい。ま、そういうことだから」
「待てよ。そんなに急いで行くことねぇだろ」
囲まれる様に立ち憚れて、イルカ先生の肩がビクッと跳ねた。よく見ると小さく震えている。クロの時、子供達にいじめられていたのを思い出して、さりげなく前に出るとイルカ先生を背中に隠した。
言いたいことがあるならさっさと言って終われば良いが、この手の輩はねちねちとくどい。だらだらと文句を唱えるのをどこで切り上げようかと考えていたら、相手の話はイルカ先生にまで及んだ。
「そう言えば、最近趣旨替えして男と付き合ってんだってなぁ。まさかと思うが後ろのヤツか?いくらなんでも天下のカカシ様がそんなブサイクなのと付き合わねぇよなぁ?あの女ったらしがよぉ」
オレのことは何と言われ様が構わないが、イルカ先生については許せなかった。お前にイルカ先生の何が分かる。
「この程度の相手としか付き合えないなんて、写輪眼のカカシも落ちたもんだな。大したことねぇなぁ」
「いい加減に――」
「あぁ?」
(えっ!今の誰!?)
その抑揚を付けた低い声はオレの後ろから聞こえた。タチの悪いヤクザかチンピラみたいな声だったが、今、オレの後ろにはイルカ先生しかいないはず。
まさか、と思って振り返ろうとしたら、ひゅんと黒い影が横切った。
ガツッと骨のぶつかる嫌な音とともに、オレに絡んでいたヤツが土埃を上げながら遠くへ飛んで行く。更に右に居たヤツが壁にめり込み、左に居たヤツが地面に叩きつけられた。その背を踏んづけて、のど元に爪を立てるとイルカ先生が低く唸った。
「気絶してるヤツらにも伝えとけ。今度カカシさんを馬鹿にしたらこんなもんじゃ済まねぇからな!覚えとけ!」
気道を塞がれて、目を充血させながら男が必死に頷いた。喉もとの手が緩んでホッとしただろうに、イルカ先生に髪を掴まれ地面に叩きつけられると、白目を剥いて気絶した。それを邪魔だとイルカ先生は道の端に転がした。まったく容赦がない。
「さ、行きましょう」
何事も無かったようにイルカ先生が振り返った。てててと戻ってくるとオレの隣に並ぶ。
「ウ、ウン」
ビックリしすぎて止める間も無かった。あれでも一応オレに絡んでたのは上忍だったんだけど……。
「……イルカ先生って強かったんですね」
誉められたと思ったのか、イルカ先生が頬を染めて照れくさそうに笑った。
「やだな、当たり前じゃないですか。これでも俺、火影様付きですよ。弱かったら勤まりません!」
「そうですね……」
三代目の傍で書類整理する姿から、てっきり雑用係だと思っていた、とは口が裂けても言えない。
オレが拾ったのは黒猫ではなく、黒豹かもしれない。