○月×日 イルカ先生と買い物に行った。

(あ〜、もう、早くしてくれないかな。)
 立っていると人目を引いて仕方なかった。木の葉スーパーの入り口、夕暮れのご飯時というのもあって、人の出入りは激しい。覆面姿で佇むオレを主婦がジロジロと見ていく。
(不審者じゃないっつーの)
 イライラしながら、トンッと地面を蹴ると向かいの建物の屋根に上がった。
 買う物があると言って、イルカ先生がこの中に入っていったのは10分前。こんなざわざわした所に入りたくないから、外で待つことにしたのだが。
(いつになったら出てくるのよ!?)
 待たされることに慣れないオレのイライラはピークに達した。
(帰ってやろうかな。……でもあの人泣き虫だからな。)
 オレが居ないと泣き出すかもしれない。目と鼻を真っ赤にして涙を溢す姿を思い出して苦虫をかみ潰した気分になった。
(ほんっっとズルイ!)
 ちょっと可愛い顔さえすればオレが甘やかすと思ってるに違いない。
 出会いからしてそうだった。ネコのフリしてオレに近づいて、愛想振りまくから、ついうっかり愛情が芽生えてしまった。
 あんなに懐かれたらほっとけないじゃないか。
 人に戻ったイルカ先生にオレから声を掛けたのも、そのせいだったに違いないと再確認して胸がすっきりした。
 別に惚れてる訳じゃない。
 更に待つこと10分。ようやくイルカ先生がスーパーから出てきた。袋片手に満面の笑みでオレを探す。
(探してる、探してる…)
 待たされた仕返しに、すぐには行ってやらなかった。左右を見渡していたイルカ先生の顔が曇る。通りを右に行きかけたかと思えばすぐに戻って左に行きかけた。それもすぐに戻って、スーパーの入り口の前をウロウロしている。肩をがくりと落としてスーパーの中を覗いたりもしていた。
「…………」
 今時、迷子になった子供だってあんな顔しない。
「終わったの?」
 トンッと屋根から下りてイルカ先生の背後に立つと、イルカ先生が勢いよく振り向いた。泣いてはいなかったが、その目と鼻が真っ赤に染まっている。
「…カカシ、先生っ!ごめんなさい、待たせてしまって」
 けなげにもニコッと笑ってみせたその顔に溜飲を下げた。
 この人はオレが居ないとダメだ。
「ううん、待ってなーいよ。行こ」
「はいっ!」
 歩き出すと、ぎゅっと手を握られた。ぎょっとしてイルカ先生を見ると、目と鼻を赤くしたまま嬉しそうに笑っている。わざと泣かせた罪悪感もあって、手を離せとは言いにくかった。  だから仕方なく手を繋いだ。だけど手を繋ぐのがこんなにも照れくさいものだとは知らなかった。いつもは勝手に腕に巻き付いたり、抱かれたりしていたが…。
 じわりと手の平に汗が滲んで、イルカ先生を盗み見た。気付いてないのかニコニコしたままだ。手甲をしていて良かったなと思う。家に帰るまでイルカ先生の手が離れる事はなかった。

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