言いようのない焦燥が皮膚の下を焼いた。そんなのはイヤだ。
(どうしたらいい……?)
どうしたらイルカは食べるようになる?オレが食べるように言ったって、イルカは吐くんだ。
「くそっ!」
不甲斐ない自分がイヤになる。
オレのせいなのか?オレがイルカを追い詰めたのか?
オレが弱かったからだろうか?何も出来ないでイルカを危険に晒したからイヤになったんだろうか?……でも、イルカは『違う』と言っていた。
(どうしてイルカ……?どうして?どうして?)
―― 一度あの子とちゃんと話した方がいい。
医者の言葉が蘇る。今のオレにはそれが一番難しいと言うのに。
オレは理由すら問い質せずにいた。あの時イルカはあんなに泣いていたのに、傷を治して戻ってきた時、なにも言わなかった。そしてオレも聞けなかった。いつも笑って従順なイルカがオレを責めたから。
イルカに嫌われるのが怖い。
聞こうとは思った。だけどオレが話しかけようとすると、イルカが怯えた目で見るから――。
「……イルカ」
無性に会いたかった。
ふと顔を上げて窓をみると夕暮れが迫っていた。いつもならイルカが来ている時間だ。
「イルカ…?」
心配になった。もし、計画が実行されていたらイルカは二度とココへは来ない。オレを忘れて元気に生きていく。
(……イヤだ)
イルカにとってはそれが良い筈なのに、耐えられなかった。オレは何を犠牲にしてでもイルカを傍に置いておきたい。例え、犠牲になるのがイルカでも――。
腕に力を入れて体を起こした。足はまだ動かないがコレぐらいは出来る。腕を使ってベッドから下りようとすると、
「センパイ、大人しくしてもらえませんか?」
天井から声が聞こえた。ズレた天井の隙間から猫の面が覗く。
「テンゾウ、手伝え。イルカの所に行く」
「駄目ですよ。今はボクがここの警護主任ですからね。着任早々失態なんて嫌ですよ」
「だったら、イルカを連れてきて」
「そんなことしなくても、直来ますよ。いつもはもっと遅いぐらいじゃないですか」
「煩い、黙れ!お前は言われたことをしたらいいんだよ!」
「出た、センパイの我が儘。そんなこと言ってるとイルカさんに嫌われ――」
手元にあった本を投げつけた。今のオレにその言葉は禁句だ。イルカの名を呼ばれたことにも腹が立つ。だけど投げつけた本にキレは無く、テンゾウは難なく受け止めると手を引っ込めた。
むかつくヤツだ。
もういいと自力でベッドを下りようとすると病室のドアが開いた。イルカが吃驚した目でオレを見ている。
「カカシさん、もう起きていいんですか?点滴外れたんですね」
ぱたぱたと走り寄るとオレの体を支えようと腕を回す。ふわりと移ったイルカの体温に気持ちが緩んだ。イルカがオレを忘れていなかった。それが言いようのないほど嬉しい。
「どこ行くんですか?俺も行きます」
「ううん。どこにも行かない。イルカのこと迎えに行こうとしてた」
「え、そうなんですか?」
イルカの目に、嬉しいが浮かんだ。久しぶりに見るはにかんだ笑顔が可愛い。こんなに愛しいのにどうして手放せたり出来るんだ。
「……イルカ、チョコ買って来てくれる?」