○月×日 イルカにとって、一番良いことはなんだろう。

 イルカの傷は大したことあったが、優秀な木の葉の医療班が神経を繋げ、傷を塞いで事なきを得た。傷跡も消えるらしい。
 そんな優秀な医療班でも、心の傷までは治せなかった。
「どうして追い詰めたんだ?」
 オレの担当医でイルカの担当医でもある医者が、腕に刺さった点滴の針を抜きながら聞いた。ふいっと顔を逸らすとエタノールの匂いが辺りに立ち込め、腕に冷たいガーゼが押し当てられた。
「…追い詰めてなんかないよ。それよりなんとかしてよ、医者でしょ」
 イルカが何も食べなくなった。本人もこれではいけないと分かっているが、意志の力ではどうすることも出来ないらしい。兵糧丸さえ飲み込めない。
 切っ掛けはあの事件だ。オレが襲われてイルカが戦った日から食べていない。以来、イルカはオレに隠れて点滴を受けるようになった。前は病室に残りたがったくせに、オレの病室を出た足で違う病室に入ると点滴を受けて、オレに気付かれるのを恐れて家へ帰っていく。一人家に帰ったイルカがどうしているのか…。
「カカシ、いくら忍者でも点滴だけじゃ生きていけないんだよ」
「だったら口に詰め込むなりすればいいだろ!」
 膝を抱えるイルカを想像してイライラした。体が自由に動くなら、ベッドを蹴り飛ばすぐらいしていただろう。オレにそんなことを言ってどうなる。オレでどうにか出来ることならとっくにしている。
「そんなことをするぐらいなら、いっそカカシの記憶を消した方があの子の為になるよ。火影様も了承して下さってるしね」
「は…?」
 なんのことだ…?
 まったく思いもしなかったことを言われて、頭の中に空白が出来た。
 イルカの記憶を消す?
「何ソレ、何の話?それに火影って…、どうしてここで三代目がでてくるのよ」
「当然だろう?あの子は三代目の養い子なんだから」
「………」
 言葉を無くしたオレに医者は目を細めた。
「お前、そんなことも知らなかったのか?一度あの子とちゃんと話した方がいい」
 溜息混じりに病室を出て行く医者に、オレは何も言い返せなかった。オレはイルカのことを知らない。イルカが話すアカデミーのことは知っているのに、イルカ自身のことは何も知らなかった。
(そんな計画が出てるなんて……)
 放心して天井を見上げた。
 イルカがオレを忘れる。全開に笑った顔も、甘えるネコの姿ももう見られない。


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