「どうなってるんだ…?仕方ない、抑えろ!」
暗部の中から指示が飛んだ。
「ちょっと…!」
暗部の『抑』は対象の殺傷を伴う。
「やめろ!イルカを傷付けたら只じゃ済ませないぞ!テンゾウ、早くしろ!!」
中から叫んでも埒が明かない。テンゾウに起こされ廊下に出ると、細身は元より数人の暗部が床に転がっていた。その中で、イルカはまだ足りないとでも言うように、一人の暗部の首を絞め上げていた。低い呻り声を上げ、傷を負った獣のように見境を無くして。
「イルカ!」
オレの声が届かないのかイルカの手は緩まない。苦しげに藻掻く暗部の手がイルカの腕を掴み傷を抉った。痛みを感じないのか、それでもイルカは絞め続ける。
「イルカ、もういい!」
次第にイライラしてきた。イルカがオレの言うことを聞かない。イルカがオレの方を見ない。
「イルカ!やめろ!戻れ!」
大声で叱りつけると、ビクンとイルカの肩が震え、絞めていた首から怖々と手を離した。
「カカシ、さん…?」
イルカはふらふらとこっちに向かった。
「カカシさん…、カカシさん…!」
近くまでやって来て、最後は足早にトンとオレの胸に飛び込んだ。イルカが収まったことで回りの暗部達から殺気が消えていく。俯いたイルカの肩が震えていた。
「イルカ?」
イルカは前に見た奇妙な表情を浮かべていたけれど、ぎゅっと眉間にシワを寄せると、堪えきれないように大粒の涙を零した。
「…っひぃっく、ずっ、ひっく…、うぅっ…う、…うわーん!!わーん!!」
「イ、イルカ!?もう大丈夫だよ?怖かったの?ゴメンね、もう二度とあんな思いさせないから――」
「違う!!カカシさんは酷い!どうしてカカシさんは俺のこと、起こさなかったんですか…?どうして遠ざけようとしたんですか?カカシさんは優しくないっ!俺のこと大事にしてくれない!!」
「なに!」
大事にしてくれないと言われてカチンと来てしまった。そりゃあ何も出来なかったケド、オレなりにイルカを守ろうとしたのだ。それなのに――。
言い返そうとすると、テンゾウが「はいはい」と割って入った。
「痴話喧嘩は後にした方がいいですよ。センパイ、この人腕の動脈が切れてます。早く医者に診せた方がいいですよ」
「えっ!?」
すぐに医療班が来てイルカを連れて行った。壁に激突したことを伝え、脳波の検査とレントゲンを依頼する。
「……センパイなんか好きになって、あの人も大変ですね」
やれやれと言った風にテンゾウが呟いた。
「ウルサイよ。分かった風な口利くな」
イルカに責められたことが尾を引いて口調がキツクなる。
――イルカを分かったように言うな。
オレがまだ、理解出来てないのに。