もしかして、これって忍びとしては良い最期なんじゃないだろうか?
イルカのぬくもりを手にカンジながら死ねるって幸せかもしれない。
でもイルカのことを考えると簡単に死ねなかった。目が覚めて、オレの骸なんて見たらイルカは生きていけない。錯乱して、頭がおかしくなって、間違いなく後を追ってくる。
そんなイルカは見たくなかった。イルカには生きていて欲しい。明るく笑っていて欲しい―…。
――ふいに、自分の至らなさに気付いた。
イルカだって同じように考えたに違いない。オレはケガをしたらいけなかった。イルカのことを想うなら、五体満足に帰って来なければいけなかった。
(…ゴメンね、イルカ。今度から絶対ケガしないから)
イルカに説教する前に気付けて良かった。オレはもっとイルカのことを傷付けるところだった。
「おいっ!聞いてるのか!!」
「あ、なんだっけ?」
イルカに夢中で目の前の敵のことをすっかり忘れていた。視線を向けると顔を真っ赤にした刺客がクナイを向けてワナワナと体を震わせている。
「お前の目を抉ってやるって言ったんだ!」
あ、そう。
「…あんまり大声出さない方がいいんじゃない?人が来ーるよ」
(イルカが起きるじゃないか)
迷惑に思って指摘すると、刺客はにやりと笑った。
「天井裏の奴らのことか?木の葉の暗部ってのは大したことないな」
あらら。
ヤられちゃったのかと呆れてしまった。刺客は目の前の大男と細身のヤツとずんぐりむっくり。 それなりの手練れなんだろうか?
優位に立ったと思った大男がニヤニヤと笑う。こんなヤツ、体調が万全なら全然負ける気がしないんだが。実際は指先を動かすのがやっとで。
(…写輪眼が使えたら良かったのに)
チャクラが足りない今、写輪眼は使えない。隙を見てナースコールを押すしかなかった。そんな方法しか採れないのを情けなく思っていたら、手の中がもぞっと動いた。
(ウソ!ダメダメ…!)
イルカが外へ出ようとオレの体の脇を移動する。焦燥に胸が掻き毟られた。地中を動くモグラのように、布団の盛り上がりが移動する。
(出てくるな!)
ひょこっと胸元から顔を出したイルカは、寝ぼけ眼でオレを見て、「にゃー」と鳴いた。
イルカが居たことは予想外だったらしく、刺客達の張り詰めていた空気が一瞬間の抜けたものに変わった。
「なんだぁ?」
居るはずのない男の声にイルカの眼が動いた。
「にゃ?」
「イルカ、向こうに行ってな」
イルカを部屋の外に出したかった。関わりの無い所へ行って欲しい。なのに、イルカの動きは素早かった。小さな体で大男に飛びつくと、クナイを持った手に牙を立てる。
「うぉっ?!痛ってぇ!」
「ふぅぅーっ!!ううぅ!!」
イルカは低い呻り声を上げながら、驚いて振り回す男の手にしがみついた。男の持つクナイがイルカに刺さりそうで気が狂いそうになる。
「やめろ!」
「くそっ!このやろう!」
怒った男が腕を振り下ろして、イルカの小さな体を壁へと叩きつけた。「ぎゃっ」と呻き声を上げたイルカの体が跳ね返り、床へ落ちる寸前で人に戻った。どさっと重い音が響き、イルカが床に崩れ落ちる。
「イルカ!!」
「…忍びだったのか」
忌々しそうに呟くと大男がイルカに近づいた。
「うぅ…」
大男が痛みに動けないイルカの髪を掴むと引き摺り上げた。顔を歪めるイルカを、見ていることしか出来ないのがもどかしく、怒りで全身が張り裂けそうになった。
「やめろ!イルカに触るな!!」
どす黒い破壊衝動が迸った。部屋を満たす殺気に細身とずんぐりが飛び後退ってオレから距離を置いた。ただ一人、大男だけがイルカの髪を掴んだまま、喘いだ喉を誤魔化すように笑い声を上げた。
「…ハッ、写輪眼のカカシが必死だな。まさかコレがお前のイロってんじゃねぇだろうな?ハハッ…、写輪眼は男に興味があったのか」
嘲りなんかどうでもいい。汚い手でイルカに触りやがって。イルカを傷付けやがって…!
「…殺す。絶対に殺してやる」
「はあ?動けないくせにどうするつもりだ?やれるもんならやってみろ!その前にコイツを傷付けて、『やめてください』と命乞いでもさせてやろうか?あぁ?」
ひたりとイルカの首筋にクナイが当てられ、背中に冷水が走った。