無言のまま手を繋いでいると看護師が入って来た。
「そろそろ面会の時間が終わりますので……」
「あの…、今日も泊まって行きます」
追い出されそうになったイルカが慌てて答えた。
「すみません。ここは完全看護なので付き添いの方はお断りしてるんです」
「でも昨日は……」
「昨日はうみのさん、患者さんでしたから…。申し訳ございませんが、あと五分で退出願います」
有無を言わせぬ口調で告げると看護師は出て行った。
「イルカ……」
医師を呼んでオレから話そうと思った。イルカはオレが居ないと衰弱する。食べられないのなら、せめて眠らせてやりたかった。
「イルカ、昨日の――」
オレにも追い出されると思ったのか、イルカはぎゅううと目を閉じた。眉間に深くシワを寄せ、それからババババッと印を結ぶと、ぽんっと煙を上げた。その中から小さな黒いネコが現れる。トンッとベッドに乗るとオレの首元から布団の中に入っていった。ふわふわの毛が胸元を擦ってくすぐったくなる。ごそごそと体の脇に来ると身を丸めた。そこで息を殺したようにじっと動かなくなる。
「あら、もう帰られたんですか?」
さっきの看護師が戻ってきた。室内を見渡して、イルカが居ないのを確認している。
「痛っ」
つきっと腕に小さな痛みが走った。イルカが四肢を絡ませて、離れまいとしがみついている。オレが声を上げると爪はすぐに引っ込んで、ざらざらの舌がてちてちと腕を舐めた。耳を垂れた顔が思い浮かぶ。
「どこか痛みます?先生を呼びましょうか?」
「ううん、気のせいみたい。もう寝るから、誰も来ないようにしてくれる?」
「はい、分かりました。……あら、このカバン……」
出て行こうとした看護師がイルカのカバンを見つけた。訝しげに眉を寄せるのに嘯いた。
「あ、それオレの。持って来てくれるように頼んだの」
「そうですか。それでは――」
ガラガラと閉まっていく扉にホッとする。
「…もういーよ」
顔を出したイルカは耳を伏せていた。
「にゃぁー」
「ん。痛くなーいよ」
久しぶりに見たイル猫はオレの首の下に頭を擦りつけると頬を舐めた。柔らかな肉球が顔を押す。
「ふふっ、くすぐったーいよ」
小さな舌が遠慮がちに唇を舐める。入院してからキスをしていなかったのを思い出して好きにさせた。
イルカが人間に戻ったらキスしよう。