←text topこんぺいとう 5
ぱかっと目が覚めた。あんまりすっきり目覚めたからまだ夜かと思えば窓の外は薄暗く、東の空がようやく白んでくるところだった。
(あのまま寝ちゃったんだ・・)
寝る前のことを思い浮かべながら胸元にある毛の塊をさわさわ撫ぜると、カカシさんが擦り寄ってくる。
(・・・可愛い)
そう思える心境の変化がくすぐったい。いや、前から可愛いと思っていたけど・・。でもそれは人と認識していなかったときだから、これは大きな変化だ。
カカシさんが可愛い。
さわさわしながら布団に潜って髪に頬擦りする。すると目が覚めたのか、ぐりんと毛が動いてカカシさんが顔を上げた。
「イルカ、せんせ・・」
不安げに揺れる瞳がまた可愛く思える。ぎゅううと抱きしめとカカシさんの腕が背中に回った。ぎゅうとされ返されるとものすごくほっとしてしまう。昨日もそうだ。腕の手当てが終わったあと、カカシさんがゴメンナサイと抱き付いてきた。腕の中が心地よくて、それで昨夜も寝ちゃったんだなと思いながら、少しの間腕の中にいて物思いに耽った。
今日はしなければいけないことがある。
その前にまず風呂だとカカシさんの腕の中から抜け出るとシャワーを浴びた。着替えて部屋に戻ると、カカシさんはぼんやりベッドの上に座っている。
(まだ寝てたらいいのに)
寒くないのかなと思って肩から布団を掛けると、そろっと背中に腕が回った。
「・・イルカ先生、行くんですか・・?」
胸元からくぐもった声が聞こえる。
(そういえば昨日殺すって言ってたっけ・・)
だけど腕には俺を引き止めるほどの力も入ってなくて、口元が緩んだ。
「カカシさん、俺、カカシさんのこと好きになっちゃいました。カカシさんも俺のこと好きだから、もう俺たち恋人ってことでいいですよね?」
「・・え?」
「いいですよね?」
「・・は、はい」
念押しすると訳が分からないといった顔をしながらカカシさんが返事した。
「よし!じゃあ俺、行きます」
腕を外してよしよしすると、ぽかーんとカカシさんが俺を見ている。可笑しいのを堪えながらカバンを持って玄関に向かうと、後からカカシさんが追いかけてきた。
「待って!イルカ先生、薬!熱が出るといけないから、お昼食べた後コレ飲んで」
「え?出ませんよ。今も出てないし」
「それは・・昨日も薬飲ませたから・・」
え?知らないよと思いつつ、じわーっと頬を染めるカカシさんに、昨夜カカシさんが何をしたのか想像できた。じわーっがこっちにまで伝染する。
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「いえ・・」
妙に照れあいながら、薬を受け取りカバンにしまった。
(なんだこの空気!こっ恥ずかしい!!)
今にも逃げ出したくなる空気をカカシさんが更に濃くした。
「イルカセンセイ、さっきの・・。いいの?オレ、イルカ先生の恋人って思って・・」
こっ恥ずかしさに追い討ちを掛けてくるカカシさんにうんうん頷いて、これ以上耐えられないと玄関から飛び出した。
冬の空気が火照った頬に心地よかった。
授業が始まる前に執務室に向かって、やって来た三代目に見合いを断った。何度も「良いのか」と確認されたが気持ちは変わらない。身勝手さを詫びると、最後には「もうよい」と許してくれた。
そして放課後、アカデミーを出るとカカシさんが待っていた。顔を見ると朝のこっ恥ずかしさを思い出してドキドキする。近寄ってくるカカシさんに更にドキドキしていると、
「イルカさん!」
女の人に名を呼ばれて息が止まった。見たら昨日の彼女が走ってくる。
「さっき、火影さまに聞いて・・。どうしてですか?私たち、上手くいくと思ったのに・・!」
(うぎゃー!どうして今!?)
カカシさんの居る前でと焦っていると、彼女がもっととんでもないことを言って心臓がひっくり返りそうになった。
「キスだってしたのに」
「え」
それに反応したのはカカシさんだった。
「し、し、し、してない!してません!」
一体どっちに言っているのか。とにかく誤解を生みたくなくて必死に否定すれば、彼女が目に涙を浮かべた。
「したじゃないですか!唇に、ちゅって・・」
「してません!してないんです。するつもりなかったから・・困って・・・」
人差し指と中指を揃えて彼女の唇の前に持って行った。
「あの時はこうして触れただけです。だから・・」
唇を噛んでみるみる赤くなっていく彼女に口を噤んだ。あっと避ける間もなく引っぱたかれて目の前に星が飛ぶ。
「馬鹿にしないで!!」
前を見たときにはもう彼女はいなくなっていて、後には頬を押さえた俺とカカシさんが残った。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
気まずい。叩かれた頬は痛いし、さすがに凹んだ。何か言って慰めて欲しい、そんなことを思っていると、いい気味、と聞こえた。
「え?」
「痛い目みて、少しは人の心の痛みを思い知ったらいいんです」
俺を追い越したカカシさんが一人で行ってしまう。
(・・・なんだよ、いい気味って・・。いい気味って言った。いい気味って・・)
一歩も動けない。じっとカカシさんの後姿を見ていると、振り返ったカカシさんが戻ってきた。
「・・・なんで泣くんですか。それじゃあオレが悪いみたいじゃないですか」
「・・・ひっく、だって・・カカシさんがっ・・、カカシさ・・んが・・っ」
「・・・もう、いっつもオレに酷いこと言うくせに・・」
「言ってません!」
「・・はいはい」
呆れた様に言うカカシさんにカチンと来た。
(なんだよ、カカシのくせに・・、カカシのくせに・・っ)
「俺が酷いこと言ったって・・っ、うぅっ、カカシさんは俺に優しくしないとダメなんです!優しく・・してくれないと・・」
胸が痛い。引っぱたかれるよりもずっとずっと胸が痛い。息が吐けないほどの嗚咽が込み上げて、うーっと泣き出すとカカシさんが手を引いた。
「・・しょうがない人だなー・・。もう悪さしたらダメでーすよ」
その声をカカシさんの腕の中で聞いた。叩かれて熱くなった頬を冷たい手が冷やしてくれる。口の中も怪我してないか見てくれて、そうされてやっと、痛かった胸が痛くなくなった。
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