←text topこんぺいとう 4
見合いをすると言ったものの、まだ先の事と受け止めていたら翌日には三代目から連絡が来て待ち合わせ場所を示された。しかもそれが今日で、碌に心の準備も無いまま家を飛び出した。
向かう先は公園。会って、デートしたらいいらしい。お見合いと言うからてっきり料亭かホテルでだと思っていた俺は、用意されたものが格式ばったものでなかったことに安心して、――それでも緊張しながら相手が来るのを待った。
それにしても、あまりの三代目の行動の素早さに驚く。相手の都合は良かったのだろうか。俺は日曜でアカデミーが休みだったから良かったものの、・・・カカシさんが任務に出たままなのは三代目の配慮だろうか。
そんなことをつらつら考えていたら、「あの・・」と澄んだ声が掛けられた。目の前には小柄な女性が居てこっちを見上げている。
あまりの可愛さに吃驚してしまった。
デートと言っても里の中でそうそう行く所がある訳でなく、お茶して、映画見て、晩御飯を食べた。俺は始終浮かれっぱなしで、彼女を楽しませることに専念した。会話も弾んで(むしろ弾ませた)、ころころ笑う彼女に夢中になった。さらに同じ中忍だということが俺を安心させた。
(可愛い。好みだ。・・好きかもしれない。)
おぼろげに彼女との家庭を想像してみる。
(彼女はどうだろう・・?俺のこと気に入ってくれただろうか?)
夜道を家まで送り届けながら、好意の兆しを見つけたくてちらちらと横顔を盗み見る。それに気付いた彼女が頬を染めてそっと目を伏せた。小さな手が俺の手を握る。柔らかく滑らかな手に顔を赤らめると、彼女が足を止め瞼を閉じた。そしてつんと顎を上げる。
その意味するところに気付いた瞬間。
(え、嫌だ)
一番最初に浮かんだ自分の感情に吃驚を通り越して戦いた。
(その反応はおかしいだろ、俺!ついさっきまで気に入っていたのに・・。)
そう思い直してみても、嫌なものは嫌だ。したくない。目が覚めるように気持ちが冷めていく。
そして新たな事実に思い当たって動揺した。
(だったら俺、何でカカシさんとはキス出来たんだろう・・?)
動揺としていたら彼女がくいっと手を引いた。
(あ、忘れてた)
未だ目を閉じたままの彼女に困って、一瞬だけちょんと唇の触れると後は笑って誤魔化した。
上がってお茶でもと誘われたが丁重に辞退して家に飛んで帰った。家で落ち着いて考えたいことがある。
(まさか、まさか。そんなはずない!・・気持ちを整理しないと!)
アパートに辿り着いて、真っ暗な部屋を見上げて安堵する。カカシさんはまだ帰ってないらしい。
(こんなこと見つかったら大事だ。)
浮気した亭主みたいなこと考えながら鍵を開けて部屋に入る。手探りで明かりのスイッチを入れて、蛍光灯がちかちかっと光る間にどかっと壁が鳴って、――目の前に現れた物に首を傾げた。
壁から丸い輪っかが生えている。
(なんだこれ・・?こんなのここにあったっけ・・・?)
でもどことなく見たことのある形に触れようと手を伸ばすと、その数センチ先にどかっと同じ輪っかが生えた。
「ひっ!」
今度は見えた。クナイが壁に吸い込まれる瞬間が。輪っかはクナイの尻の部分だった。
「おか〜えり。お見合いだったんだってね。楽しかった?」
(バレてる!?なんでっ)
ぎ、ぎ、ぎ、と動こうとしない首を回して声のした方向を見ると、ベッドに腰掛けていたカカシさんがゆらりと立ち上がった。言い方は穏やかだったけど、噴出す怒気に周りの空気が揺らいで見える。
「ひっ、ひっ、ひぇ・・っ」
迫り来る恐怖に腰が抜けた。ぺしゃりと座り込んだ俺をカカシさんが冷めた目で見下ろす。逃げ出そうにも手足が言うこと利かなかった。
「・・ねぇ、わかる?オレがどんな気持ちでいたか。・・わかんないよね」
ひゅんと頬の横を風が切る。
「・・・もう、殺してやりたい」
呟いたカカシさんの手がぶるぶる震えていた。握られたクナイの切っ先も揺れて危なっかしい。
「カ、カカシさん・・っ」
「黙れ」
言い様に放ったクナイはつま先の横に刺さった。一切加減のない力で。当たれば刺さると言うより砕ける勢いで。びくっと足を竦めると追いかけるようにクナイが刺さる。
「あっ!わっ!」
小さく小さく体を縮こまらせると、その分クナイは打ち込まれた。だけど不思議と刺さらない。それで理解した。
「カカシさん、もう止めて下さい」
「うるさい・・、動いたら殺すよ」
どかっと刺さったクナイはやっぱり体の脇に逸れる。
「いい加減にして下さい!」
「うるさい!だまれ!!」
カカシさんがクナイを投げた瞬間、さっと腕を出すと刃は腕を裂いて床に刺さった。
「あっ!どうして動くんですかっ!」
飛んできたカカシさんが切れた腕を掴んだ。止血するようにぎゅっと握った指の間から血が流れ出す。それを見てカカシさんが泣き出した。あー、あー、と声にならない声を上げて苦しげに泣く。
「あの、大丈夫ですから・・・」
あまりの泣きように、空いた手でよしよしと頭を撫ぜても、俺の腕を掴んだまま蹲る。
そんな姿を見ていると、なんだかヘンな感情が沸いて来た。しょうがないなと呆れるような。くすぐったくて可笑しくなる様な。
「カカシさん!痛いから早く止血してください!」
べしべし背中を叩くと、ようやくカカシさんが顔を上げた。泣いて濡れた顔もそのままに、俺を抱き上げるとクナイのない所に移動する。
振り返ると俺の形にクナイの檻が出来ていた。動かなければ決して刺さることのないクナイの檻が。
(・・ほんと、しょうがない人だ。)
← →