落とし穴
残業も無く定時にアカデミーを上がって木の葉スーパーに向かった。今日の晩飯は何にしようかと思いつつ、時間があったので地下の食料品売り場に下りる前に一階の日用品コーナーをブラブラした。
特に欲しい物があったわけではないが、そこでいいものを見つけた。ワゴンの中に詰め込まれた色とりどりのトレーナー、上下セットで五十両(壱両=十円)。
「安っ!」
袋から出てたのを早速手にとって広げてみる。
(生地は悪くない。裏が起毛してる。あったかそう。―――買いだな。)
心の中でぐっと拳を握る。
(来て良かった。今まで着てたのがボロボロだったから買い換えよう。色はグレー。色落ちしても目立たないし、汚れても目立たない。)
Lサイズを探してカゴに入れた。
思わぬ目玉商品にホクホクしながら立ち去りかけて、引き返した。ガサゴソとワゴンを漁る。
(カカシ先生のも買っていこ)
頭の中でひよこ柄のパジャマ(←本人持参)なんてものを着て寒そうにしているカカシ先生が思い浮かんだ。
(なんだってあんな柄着てるんだろ・・・)
見るたびに思うのだが、風呂上りのふわふわした髪でひよこが歩き回ったパジャマを着たカカシ先生がどことなく可愛く見えたのでツッコンだことはないが。
赤、黄、緑、白、紺、黒・・・・。
(何色がいいかな)
原色系は却下。
(寝るときに落ち着かない)
白。
(よく零すから駄目)
紺、黒。
(地味かな・・・?)
カーキー、茶色・・・手に取ってその色を身につけたカカシ先生を思い浮かべてはワゴンに戻す。
(う〜ん。わからん)
どの色も似合う気がするし、そうでない気もする。
(何だって俺がこんな苦労を・・・)
かれこれ15分は悩んでる。
(大体、何時になったら服取りにいくんだろ)
ごそっと下の方をひっくり返せば、クリーム色が出てきた。が、白と同じ理由で却下。更に下を探る。
(早く冬に着るパジャマ持って来てくれればなぁ)
こんなに悩まずに済んだのに。
(でもなぁ・・)
(なんでだろ)
(すっごい楽しい)
そろそろ買い物して家に帰らないと、と頭の片隅に過ぎるのに、カカシ先生の顔を思い浮かべながら色を選んでいると、楽しい様な嬉しい様な気持ちが止めどなく溢れてくる。
考えて見れば身につけるものを選ぶのなんて初めてだった。好物を買って帰るのとはまた違った趣きがある。
「あっ」
その時引っ張り上げた色を見て声を上げた。サイズを確かめる。
(これにしよ)
この色はカカシ先生によく似合う。
カゴに入れると会計を済ませて地下に下りた。
「ただいま」
「おかえりなさーい」
玄関を潜ると居間で寝そべっていたカカシ先生が一瞬見えなくなって、起き上がって迎えに来てくれた。
「わー、たくさん買ったんですね」
重かったデショ、と荷物を受け取ると台所へと運んでくれた。ゴソゴソと袋の中から買ってきたものを出しながら、好物を見つけては目を輝かせる。その様子が子供みたいでかわいい。
「イルカセンセ、こっちも開けてイイ?」
「はい、どうぞ」
トレーナーの入った紙袋に手が掛かり、内心ドキッとしながら応えた。
「トレーナー?新しいの買ってきたんだ」
「ええ・・・そっちの―――」
―――色はカカシ先生のですよ、と続ける前に、
「じゃあ前着てたやつ貰ってイイ?」
嬉しそうな顔で聞かれてしまった。
「前って・・・あのボロいの?」
うんうんと勢い良く頷く。
(なんだってあんなの欲しがるんだ?)
複雑な心境。
「いいですけど・・・。カカシ先生のはこっち」
水色の方をカカシ先生に押し付けた。照れくさかったのもあるけど・・・。
「え?オレの?」
きょとんとするカカシ先生を睨みつけながら頷いた。
(いらないとか言ったら、ぶっ飛ばす)
ぐっと拳を握り締めて反応を待つ。
「うれしい」
「え・・・」
「うれしいです。すっごいうれしい」
みるみる綻んでくカカシ先生の顔に体の力が抜けた。服を渡すのがこんなにも緊張することだなんて思わなかった。
「ありがとう、イルカ先生。ほんとありがとう」
「いや、そんなに言わなくても・・・」
手にした服ごとぎゅうぎゅう抱きしめられて息が詰まりそうになった。元々安かったものだ。あんまり言われると恐縮する。
「ううん。大好き・・・・・」
おまけに照れくさい。ってか恥ずかしい。すりすりと頬を寄せられて顔に血が上る。
「色違い」
「え?」
「おそろいだ」
「あ!!」
「も〜、イルカセンセイったらやること可愛いーんだから」
「ちがっ!」
(そこまで考えてなかった!!)
家で、二人っきりで、同じ服着て寛いでる姿を思い浮かべたら顔から火を噴きそうになった。
「ちがう!そんなこと考えてないっ」
わたわたと慌てふためいて取り繕うが、
「照れなーいの」
むちぅぅぅぅ〜とほっぺに吸い付いたカカシ先生はまるで聞いていない。最後にちゅぱっと音を立てて離れると、
「今日はオレがご飯作るから座ってていーよ」
上機嫌で台所から追い出されてしまった。
食事の後、恥ずかしくて新しいのなんか着れない、と前のを着ようとしたら、それはオレの!とカカシ先生に奪われ、手取り足取り新しいのに着替えさせられてしまった。
(はずかしい・・・)
穴があったら入りたいような心境で布団に逃げ込んだら、後からカカシ先生が潜り込んできた。水色のトレーナーを着た腕が体に回される。
(着てくれたんだ)
ぽっと心の中で火が灯ったように温かく、そしてくすぐったいような気持ちになった。
包まれた腕の温かさに目を閉じる。
なのに。
(昨日まで大人しかったのにっ)
「寝てください!」
「ヤダ。嬉しすぎてムリ」
安眠妨害の罠に嵌まった。