candy bar 5
カカシ先生を見なくなって二週間が過ぎた。あの後本当に任務だったらしく、里を出たままだ。
(今頃何処にいるのか…)
考えかけて、思考を散らした。
(知るもんか。カカシ先生の事なんて)
距離を置くと決めたんだ。
モヤモヤした気分を忘れるために、積極的に手を伸ばして報告書を受けた。
淡々と受付をこなして任務を終えた。職員室に置いていた荷物を取って外に出ると、冷たい風が吹いて首を竦めた。
寒いのは嫌いだ。ぎゅっと眉間に皺が寄る。
テクテク歩いて校庭を横切り、門に人影を認めて足を止めた。ドキッと心臓が高鳴る。忍服を着て、ふさふさの銀髪が夕日に光っていた。
カカシ先生だった。
考え事をしているのは俯いて俺に気付かない。
(…別に、俺に用じゃないかもしれないし)
挨拶だけして通り過ぎるつもりで歩き出した。カカシ先生の手がもぞもぞと胸の前で動く。何か持ってるみたいだった。
カカシ先生がハッと顔を上げた。その顔に満面の笑みが広がった。あんまり綺麗に笑うから、かぁっと耳が熱くなり、心臓がドキドキした。
(…でも、また傷付くこと言われたら嫌だ)
心が囁いた。
(やっぱり関わらないでおこう。お疲れ様って言って、すぐに通り過ぎるんだ)
そう決めて歩き出したのに、カカシさんが駆け寄って来た。
「イルカ先生、お疲れ様です!」
とても嬉しそうな顔で言われた。気まずい事なんて無かった顔で。そりゃそうだ。あの日は俺が勝手に期待しただけなんだから。カカシさんが何とも思って無いのが良く分かった。
「お疲れ様です」
これで礼儀は果たしたと思ったが、足が動かなかった。カカシ先生はボロボロだった。ベストは草臥れて、忍服も汚れている。
「…任務帰りなんですか?」
「ウン。火影様の用事で里外に出てました。これでも急いで帰ってきたんだけど、思ったより時間が掛かっちゃって…。それで、あの、イルカ先生にコレ」
ニコニコ笑ったカカシ先生が俺の前に両手を突き出した。手を開くと中に石があった。青くて透明な石だった。
「なんですか?」
「お土産です!任務先で見つけて拾ったんです。形はいびつだけど、すごく綺麗だったから。澄んだ青がイルカ先生みたいだなぁと思って。だからイルカ先生にあげます」
ハイ、と突き出された石を受け取った。手の平に載った石は寒空の下でも温かかった。僅かに触れたカカシ先生の指先は冷たかったのに。
ずっと大切に持っていてくれたのだろうか?
胸がじんと震えた。震えは次第に大きくなって、身の内を突き破ろうとする。ぐっと奥歯を噛み締めた。
(どうしてこんな事するんだ…)
これ以上勘違いさせないで欲しかった。優しくなんてされたくない。
(綺麗ってなんだよ)
夕日に照らされた石が手の平に青い影を落としていた。カカシ先生の持つ俺のイメージはこうなのか。
だったら、打ち壊してやる。
俺は校庭を振り返って、貰った石を遠くに投げた。
「あっ!」
カカシ先生は悲愴な声を上げたが、俺のすることを黙って見ていた。みるみる青ざめて、今にも泣き出しそうな顔で震え出す。
(さあ、言え!)
「…ゴ、ゴメンなさい…。拾った石なんか貰っても嬉しくないよね。ゴメンなさい…」
(どうして…!)
どうして謝るんだ。
「…取って来い」
「え?」
何を言われたのか分からないみたいだった。
「取って来いって言ったんだよ!」
殴られるのを覚悟したが、瞬身したカカシ先生が遠くに見えて、石を拾い一瞬で戻って来た。こんな事をしておきながら、頭の隅で凄いなぁとカカシ先生のスピードに感心していた。
カカシ先生は石に付いた土を手で拭い、それでも足りないと思ったのが服で拭った。
傷付いた顔に笑顔を浮かべて、石を差し出す。
「ハイ」
綺麗になって戻って来た石に、喉が締め付けられ、鼻の奥がツンとした。カカシ先生が石を受け取らない俺をオロオロして見ている。
「イルカセンセ?」
「…どうしてこんなことするんですか?」
「どうしてって…、綺麗だったから」
「そうじゃなくて!どうして怒らないんですか!上忍相手に何するんだって、怒れば良いじゃないですか!」
全部終りにしたかった。俺を嫌いになって、二度と会いに来なければ良い。
「イルカ先生…!どうして泣くの?やっぱりいらなかった?」
「うるさい黙れ!俺を嫌いだと言え!こんな事をする人間は嫌いだって…、言えよ!」
「イヤです!言いません!」
「言え!」
「イヤだ!だって、イルカ先生がスキだもん!!」
刹那、体から力が抜けた。長く心の中に居座って、大きく成長した氷河が溶けていく。
全身が熱に包まれたように熱くなった。
(やっと言った…)
「あっ!」と声を上げたカカシ先生が、ぶわっと赤くなった後で青ざめた。
「ゴメンなさい…」
「どうして謝るんですか…?」
「スキって言ったから…」
この世の終りみたいな顔をして、ポロポロ涙を零した。
「イルカ先生…、オレのコト、キライになった?」
馬鹿だな。こんなに心の綺麗な人を嫌いになれる訳が無い。
「好きです」
「えっ?」
「俺、カカシ先生が好きです」
信じられないものを見る目で見つめられた。
「…え?」
(…ったくニブイな)
もう一度聞いてきたカカシ先生の頬をむんずと掴んでキスをした。口布が邪魔で唇がザラザラした。だけど布越しの唇の形は分かった。
しばらく貪ってから唇を離した。
カカシ先生は目と口を開いたまま硬直していた。どうやら思考が停止しているらしいが、――音が聞こえそうな勢いで真っ赤に熟れた。
「えぇっ!?いつから!?いつからなの??」
「うっさい!」
くるりと背を向けて歩き出した。顔から火を噴きそうだ。後から足音が追い掛けてくる。
「ねぇ、イルカ先生はオレがスキ?」
カカシ先生が煩く聞いたが、男が何度も「好き」なんて言えるか。
答えなかったが、隣に並んだカカシ先生は幸せそうに笑っていた。
ここでグズグズすれば、今までの二の舞になるのは目に見えていた。一気に畳みかけなければ。
「………行きますよ」
「え、どこに?」
「ここから近い方の家」
「えっ…!」
じわりとカカシ先生の頬が赤くなった。いくら奥手のカカシ先生でも、告白の後で家に行く意味に気付いたらしい。
「どっちですか?」
俺はカカシ先生の家を知らない。
「で、でも、気持ちを確かめ合ったばかりだし…」
モジモジ指を擦り合わせながら照れるカカシ先生にイラッとした。
「早く!」
「はいぃぃっ」
え?と思った時には抱き上げられていた。周りの景色が溶ける。方向からしてカカシ先生の家らしかった。
脇目も振らずに真っ直ぐ向かう。真剣な横顔がくすぐったかった。振り落とされないようにカカシ先生の首に腕を回した。
この人を好きになって良かった。
カカシ先生の家は火影邸近くの上忍寮だったので、あっと言う間に着いた。止まった、と思って部屋を見たら、ど〜んとベッドが目の前にあった。
「い、いきなりかよ!」
「えっ?」
「手順ってもんがあるだろう!お茶を飲んで、風呂に入って、寝るのはそれからだ!」
ベッドを指差しながら怒鳴ると、カカシ先生がぶわーっと耳まで赤くなった。
「ウ、ウン」
床に下ろされ、自分の足で立つ。
「イルカ先生、ホントに良いんだね」
「な、なにが…っ」
「オレとシテも…」
カカシ先生につられて、俺まで赤くなった。
「ここまで来たんだから、逃げも隠れもしません!」
「ウン!」
ふわりと笑ったカカシ先生が口布を下ろした。
「イルカ先生」
「なんですかっ」
怒鳴った俺の唇にカカシ先生の唇が触れた。ただそれだけで、体中が熱くなる。あったかい綿菓子に包まれた気がした。
カカシ先生の唇の角度が変わり、柔く唇を食まれる。背中に腕が回り、強く抱き締められた。首の後を掴まれ、唇を押し付けられる。薄く口を開けば、カカシ先生の舌が滑り込んできた。
ぬるりと舌が合わさり、口蓋を舐められた。
「あ…ふっ…」
くすぐったさに鼻から変な声が漏れた。抱き締める腕が強くなり、背中が撓った。心臓が早鐘を打って、息が荒くなる。体中が痺れて下半身がムズムズした。
これ以上続けるとヤバいと思うのに離れられない。もっとカカシ先生の体温を感じていたかった。じゅっと舌を強く吸い上げられて、膝から力が抜けた。
「あっ」
咄嗟にカカシ先生が支えてくれたから倒れずに済んだが、体に力が入らなくて恥ずかしかった。離れた唇が酷く濡れていた。前に熱が篭もって、緩く勃ち上がっていた。
「イルカ先生…、お風呂はどうしても入らないとダメですか…?」
カカシ先生が情けない声で聞いた。初めてなんだし入りたい。変な匂いがしたら嫌じゃないか。
(でも…)
もう良いかなぁと思った。今すぐカカシ先生と抱き合いたい気持ちの方が強い。
「あの…」
「でもオレ…、任務で何日もお風呂入ってない…。すぐに入ってきます!イルカ先生、待っててくれる?」
(あわわわ)
入らなくて良いって言う所だった。
「はい。あの、俺も風呂に入りたいです」
「そうなの?オレ、イルカ先生はこのままでも平気だよ?」
カカシさんが待ちきれないって顔で聞いた。
「いえ、入ります」
カカシさんが入るなら俺も入る。
頑なに拒めば、カカシさんが拗ねた顔になった。
「…じゃあ、イルカ先生が入るなら、お風呂にお湯溜める?」
「いえ、そこはシャワーで」
「あ!一緒に入れば…」
「別々で!」
名案が浮かんだとばかりに輝いた顔が一瞬で萎んだ。
「イルカ先生のいぢわる」
「良いから、とっとと入れ!」
尻を蹴っ飛ばす勢いで風呂に向かわせた。ベッドの部屋に取り残される。
「…わあああっ」
これからカカシ先生と寝る実感が湧いて、一人恥ずかしさに身悶えた。