candy bar 3




 おかしなことになった。一緒にご飯だなんて。



 時々後ろを振り返りながらついて来てるのを確認した。
 暗い夜道、川を見ながらポケットに手を入れて歩いているカカシ先生はこっちからは覆面しか見えなくて表情が伺いしれない。誘っておきながら(・・・俺が誘った事になるのか!?)本当に屋台でいいのか気になった。
「もうちょっとで着きますから」
 振り返って言えば、視線をこちらに向けて目を細める。いつもは無表情に見られるだけだったので、その柔らかい表情にドキッとした。

 屋台に着いてみれば少ないカウンター席はいっぱいだった。
「・・・混んでますね」
 ぼそっと聞こえてきた声に、「大丈夫です!」と言って待っててもらうと屋台の裏に回った。おじさんに挨拶してテーブルを引っ張り出すと組み立てて予備をイスを置いてカカシ先生を呼んだ。
「中が空くまでとりあえずここで」
 簡易のイスに促せば座ってくれた。
「ビールでいいですか?」
「え、あ・・ハイ」
 気心の知れた店だったので勝手に中にに入って手を洗うと冷蔵庫からジョッキを出してサーバーからビールを注いだ。
「悪いな」
 おじさんが料理を盛り付けながら言うのにニカッと笑う。
「いいよ。そのかわり枝豆おまけして」
「ちゃっかりしてるな。好きなだけもってけ」
「やった」
 皿を出してざるに上がった枝豆をてんこ盛りにする。片手にジョッキ二つ持ち、品書きを脇に挟んで戦利品の枝豆を持って戻った。
「はい、どうぞ」
「ドウモ・・・」
「えっと・・・お疲れ様・・・です?」
「ハイ、お疲れ様です」
 ガチッと互いのジョッキを合わせて半分ぐらい飲み干した。冷たくておいしい。
(ん?)
 何時まで経ってもビールに口を付けないカカシ先生に怪訝に思ってみていると、徐に口布を下ろした。
「あっ!」
「えっ?」
 はっとしたようにこっちを見るカカシ先生に慌てた。
「す、すいません!」
「?・・・なにが?」
「ホントは個室の方がよかったんじゃ・・・顔隠してらっしゃるんですよね?」
「いえ・・・・隠してません」
 カカシ先生はがっくりうな垂れるとビールを一気に飲み干した。
「喉渇いてたんですか。俺、お代わりついで来ますね」
 ハハ、と笑ってジョッキを持つと席から離れた。
 何でだか心臓がどきどきする。気持ちを落ち着かせるためにジョッキを傾け、ゆっくり注いだ。
(思ってたより、ずっと・・・・)
「えっらい男前だなー。」
「そ、そうだねっ」
 いつの間にか横に来たおじさんがじみじみと言うのにジョッキを滑り落としそうになった。

「お待たせしました」
「ありがとうございます」
 トンとジョッキを置いて座れば可笑しそうにカカシ先生が笑った。
「何ですか?」
 聞きながらジョッキを傾けた。
「ん、なんだかお店の人みたい」
「ああ・・・」
 内心ほっと息を吐く。
「イルカセンセイ、よくここに来るんですか?」
「はい。遅くなったときとかは帰ってご飯作るのが面倒なので」
「ふうん」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
(いかん、会話が終わってしまった)
「カカシ先生、これ、食べてみてください。ここの枝豆おいしいですよ。あと・・・なんにします?」
 ずずっと枝豆を押して、品書きを差し出した。
「う〜ん、お任せしていいですか?」
「はい。食べれない物とかありますか」
「天ぷらがダメなんですけど・・・」
「じゃあ、この辺はいかかですか?」
 品書きを指で指せば、「じゃあ、それで」と頷くので注文した。
「すいません。ばたばたして・・・落ち着かないですよね」
「いえ、そんなことないですよ」
「そうですか・・・・」
「はい」
「・・・・・・」
(えっと・・・そうだ)
「カカシ先生、昼間のコパくんすごかったですね」
 『何か共通の話題を』と思って口にしたら、カカシ先生がすごい勢いで噎せて、あー、とかうーとか言ったきり黙りこんでしまった。考えてみれば、俺にとってあまり追求されたくない話題だった。でもこれだけはと思って、「みんなカカシ先生の絵書いてましたよ」と言えば「そうですか」と面映そうに笑った。

(カカシ先生ってあんましゃべらない人なんだな)
 さっきからもくもくと枝豆を食べている。カカシ先生が食べると枝豆が高級食材に見えてくるから不思議だった。ついついその口元を眺めてしまう。
「あ」
 ぽろっと零れ落ちた豆にカカシ先生が声を上げた。きょろきょろと下を伺うが見当たらなかったらしい。気を取り直して次ぎの鞘を口に運ぶ。ここまでは完璧だった。が、また零れ落ちた。なんで、あの距離で口に入らないのかちょっと不思議になった。
(意外と不器用なのかも)
 どういう原理でそうなるのか気になって凝視していると、カカシ先生は鞘を口元に運ぶ手を止めて困ったように俯いた。
「イルカセンセ・・・」
「は、はい!」
「あんまり見られると食べにくいデス」
(え!?俺のせい?俺のせいなのか?)
「すいませんでした」
「イエ・・・」
 俯いたまま拗ねたような視線を向けてくるのに慌てて目を逸らした。
 ―――でも、それを言うなら。
(カカシ先生だってずっと見てたくせに)
 何故、と聞いてみようか―――その視線の意味を。
 そしたらなんて答えてくれるだろう?
「あの・・・カカシ先生、カカシ先生は―――」
 ん?と向けられた視線に言葉に詰った。その時、
「おーい!こっちくるかぁ?」
「あ!はーい」
 おじさんから声が掛かって、カウンターに移動すると結局聞けずに終わった。




「今日はごちそうさまでした」
「そんなに何度も言わなくていいですよ」
 川沿いの道をゆっくりとした足取りで歩く。少し先を歩くカカシさんは何度も振り替えってはお礼を言ってくる。
「うん、でもホントはちゃんと払おうと思ってたから・・・」
「いいですって。今日は昼間のお詫びにごちそうさせて下さい」
  そう言えば何故かしゅんとなった。
「あの、カカシセンセ?」
(何かヘンな事言った?)
 呼びかければ、カカシ先生が立ち止まった。
「イルカセンセ」
「はい?」
 振り向いて距離を詰めると目の前に立った。真剣な目で見下ろされて急に心臓がバクバクしだした。
 なのに。
「また行ってもいいですか?」
「は?」
「あの屋台」
(なんだ・・・お店ね)
「え、ああ、日曜と雨の日以外はいつでもやってますよ」
 拍子抜けして営業日を教えると困ったように頭を掻いた。
「いえ、そうじゃなくて・・・また一緒に。一緒に行ってもいいですか?」
「え、あ、はい。俺でよければ」
「よかった」
 ふわっと笑うとまた歩き出した。その後ろを着いていきながら、カーッと顔が赤くなるのを押さえられなかった。

 ―――俺ってすごい自意識過剰。

 たぶん、カカシ先生は友達が欲しかったんだ。




***




「こんばんはー」
 暖簾を掻き分けると、
里芋を皿に移すところだったおじさんはにこっと笑い、横に視線をやると更に目を細めた。
「お、いいところに来たな。丁度煮上がったところだ。食べるか?」
 皿の上の里芋がほくほくとおいしそうな湯気を上げている。
「ええ、いただきます」
「じゃあ、オレも・・・・」
 それ、と指差すのに、座りかけてた俺となにやら用事をしていたおじさんは同時に動きを止め、カカシ先生を見た。
「それは・・・・」
 ――止めておいたほうがいいのでは、と言い終わるよりも早く、おじさんが、
 「それよりもとりあえずこっちにしときな。里芋はちっこいの除けといてやるから」
 屈んで冷蔵庫からつきだしを取り出すとカカシ先生に出した。その素早さにぶぶっと噴出すと、「なんですか、二人して」とカカシ先生が剥れた。
「すいません。でもカカシ先生猫舌だし、それに・・・」
 ―――よく零すから、とは飲み込んだ。カカシ先生はお箸の持ち方は凄く綺麗なのに、煮崩れするものや滑るものはとことん膝の上に落とした。それも、後もうちょっとで口に入るというところで零すから横にいると気が気ではない。だが、それも最初のうちだけで、今では食べてようが飲んでようがさっと左手で受け止められるようになった。伊達に何年も中忍やってるわけじゃない。サポートとフォローはお手のもの。さすが俺。

「おいしー」
 感嘆の声につきだしを見ると茄子の揚げ浸しだった。これは揚げ物が嫌いなカカシ先生が唯一「おいしい」と言う一品だ。
 早速、箸を割ると口に運んだ。
「うん。おいしい」
(そうそう、この味)
「おじさん、これ、味付けどうしてるの?俺、家でやってみたけどどうしてもこの味にならないんだけど」
 尋ねれば、おじさんはにまっと笑って、「企業秘密」と言った。
「なんで?他のは教えてくれたのに」
「そうだな・・・まだ早いからかな・・・。―――それより、何飲むんだ?」
 この話はおしまい、とばかりに目の前にお品書きを差し出だした。
(早いって、なにが?)
 怪訝に思ったが、おじさんはカカシ先生とお酒の話で盛り上がってて聞くに聞けなかった。




「おいしかったですね。今日もいっぱい食べちゃいました」
 少し先を行くカカシ先生が肩越しに振り返た。
「ほんとに。俺、食べすぎでくるしいぐらいです」
 腹を擦りながらはあっと溜め息を吐けば、見えてる右目がきゅっと細められた。
「おじさん、面白かったですね」
「ええ。おれの秘贓品ー!!って、すっごい慌てて」
 思い出して二人で笑った。カカシ先生とおじさんとで賭けをしたのだ。屋台内に隠してある特別な酒を見つけられたら飲ませてやると。
「見つけたら飲んでいいって言ってたのに」
「見つかるとは思ってなかったんでしょう。現役の奴には敵わないって言ってましたよ」
「え?」
「おじさん、退役忍だから」
「どうりで。へんなとこに隠してあると思いましたよ」

 見つけるために苦心したのを思い出したのか眉をひそめながらも楽しそうに笑っている。そんなカカシ先生を見て変わったなと思う。何度も食事を重ねるうちにすっかり打ち解けて、今では―――友達のようになった。

「イルカ先生っておじさんと仲イーネ」
「はい。俺が小さかった頃からの付き合いですから」
 視線を合わせれば静かに先を促された。
「元々は父の同僚で、よく家に来てて、小さい頃は良く遊んでもらってました。両親が・・・いなくなってからも何かと面倒をみてくれて・・・」
 話しながら、とても個人的なことを話しているという自覚はあった。でも不思議と止めようとは思わない。
「怪我が元で忍びを退いてからは今の屋台を始めて。下忍の頃はしょっちゅう手伝いに行ってました。そうですね・・・仲が言いと言うか・・・おじさんは俺の親父みたいな人ですね」
「ええっ!!」
「な、なんですかっ」
 突然大声を出したカカシ先生に飛び上がりそうになった。
「う・・・あ・・いえ・・・」
 もごもごと口ごもったと思えば、バリバリと頭を掻き出した。小さく、どうしよう、とか失礼なことを、とか聞こえてきたけど意味が分からなかったのでほっておいた。自分の世界に入ってるみたいだし。

 気付けばいつもの別れ道だった。
「カカシ先生、それじゃあここで」
 声を掛けると、えっ?と顔を上げて辺りを見渡した。
「あ、オレ送ります。だから・・・」
「大丈夫ですよ。直線で帰ればすぐですから」
 とんっと地面を蹴って塀に上がった。
「あ!」
 行きかけて振り返れば、真っ直ぐ見上げてくるカカシ先生と目があった。その口元が何か言いたげに開いては閉じるを繰り返す。
「・・・・・・・・・・・・じゃあ、おやすみなさい」
「・・・・・オヤスミナサイ」

 見上げてくる視線を外すと振り返らずに真っ直ぐ帰った。



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