緋に染まる 4





 その瞬間、男の表情の変化に噴出しそうになった。なんて分かりやすい。気丈にこっちを見ていた瞳が瞬く間に泣き出しそうに潤んだ。『嫌だ、出来ない、でもしなきゃ・・』、そんな彼の心の声が聞こえてくるようだった。
 窓辺に腰掛けたまま彼の出方を待つ。本当は、もう嫌だって言ってくれて良かった。なにも本気で彼を抱こうと思っていたわけじゃない。あんまり一生懸命だったから、ちょっとからかってみただけ。彼に言った札の理由は全部嘘。色で物事が円滑に進むなんて男社会では良くあることだ。
 だからちゃんと言いやすいように仕向けた。後はその口でオレのことを拒めばいい。何も言わず出て行ったとしても止めたりしない。
 だけど彼は震える足でこちらに進んだ。手が持ち上がり、伸ばされる。その手がオレの体の両脇をすり抜け、気が付くとその腕の中に抱きしめられていた。温かな熱が着物越しに伝わる。それは彼の肌の温かさだった。
(・・・マズイな・・)
 これは良くない。こんなのは知らない方がいい。そう思っても体から力が抜けて振り払えなかった。
「なあに?なにがしたいの?」
 それじゃあ相手にならないと小馬鹿にしたように言えば、「黙ってください」と背中を撫ぜられる。
(やめてよ、そんな風にしないで・・)
 本気でオレに抱かれるつもりだろうか?その気が無いのなら、触れたりしたら駄目なのに。
 体を離した男がオレを見下ろす。その頬が赤く染まって見えるのは、外の灯りのせいかそれとも・・。
 男がオレの両頬に手を添えると顔を伏せてきた。彼が瞼を伏せるのに合わせてオレも目を閉じた。震える唇が唇に重なる。かちかちと歯の噛み合わない様子にこっちにまで彼の緊張が伝わってきそうだった。何もしないまま数秒が過ぎて、彼は顔を離す。開いた瞼がじっとオレ見るのに、聞いた。
「オレのこと、イヤじゃない?」
 しばらく考えてこくんと頷いた彼の手を引くと、隣の部屋の襖を開けた。
「あの、・・っ」
 スパンと開いた襖の向こうには明かりがなくても目に鮮やかな緋色の布団が引かれている。10畳はあろうかという広い部屋の大半を埋め尽くす緋に彼が息を飲んで足を止めようとしたが、それを許さず手を引いて布団の上に立たせる。
「帯はね、こんな風に結ぶんじゃなくて蝶々結びにして先は垂らすんだーよ」
「あっ、」
 硬く結んだ結び目を難なく解いて帯を解こうとすると、怯えた声を上げた彼の手が上からそれを押さえた。
「お、俺・・」
「心配しなくていーよ。ひどくしたりしないから」
 最早逃がしてやるつもりはない。彼が欲しくなった。
(だからくれてやるつもりがないのなら最初から与えなければいいって言ったのに)
 と言ってもその声が彼に届くはずないのだけど。でももう遅い。
 脱がそうと帯を引っ張ると彼がその端を掴んだ。
「ま、まって・・俺まだ・・」
「焦らさないで」
「そうじゃなくて・・、あっ」
「あ」
 本気で焦れたオレは強く、帯の端を引っ張った。その甲斐あって帯はこっちに引き寄せられたが、それにつられた彼の体が時代劇さながらくるくる回った。帯がすべて解けると同時に勢い余った彼が布団の上に倒れた。真っ赤な布団に黒い髪が散り広がる。
「わあっ!」
「わ」
 べちゃっと倒れた彼が音を立てなかったのはさすがだが、そっちに気を取られたのか背中がお留守になった。遠慮なく圧し掛かると襟を掴んで肩を剥き出しにした。
「やっ、まっ・・まってっ、待ってください・・っ」
 襟元を掴まれ、思うように裸に剥けない。振り返った彼は肩を晒したまま乱れた髪を頬に貼り付け、瞳にたっぷりと涙を浮かべていた。
(・・・このヒト、ヤバい・・)
 想像もしていなかった色香に中てられて、誘われるまま背中に顔を埋めた。
「ぅんっ、ひっ・・うう・・」
 弱弱しい声に煽られる。心臓が跳ねてやたら興奮した。
(嗜虐心なんて持ち合わせてなかった筈なんだけどねぇ・・)
 まあいいかと始めに肌をきつく吸い上げた。鼻を寄せた肌からイイ匂いがする。ふわりと散った赤紫に満足して舌を伸ばした。ひくん、と背中が引き攣る。
「あっ」
 肌は甘くも辛くもなかったけど、返って来た反応に気を良くして次々と赤を散らして痕を残した。




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