←text top漆黒に染まる 11
ポカポカと朝の日差しが体を温めた。柔らかい羽毛布団を抱き枕代わりに足の間に挟んで体を丸める。
(あぁ〜、キモチいい…。ネコになったみたい)
ゆっくり朝寝が出来る休日の朝、もう少し寝ようと、うとうと微睡み掛けると、隣の部屋から足音が近づいて来た。襖が開いて、足音の主が近づいてくる。
「まだ寝るんですか? もうお昼ですよ」
「うぅ〜ん」
思ったより眠っていた事に吃驚したが、まだ寝かせてと布団の中に潜り込んだ。だって二週間の里外任務明けなのだ。今日はゆっくり過ごしたい。
「カカシさん」
ゆさゆさ揺さぶられて渋った。
「あと、もうちょっとだけ……」
「カカシさん、さっきもそう言ったじゃないですか」
(ん? そうだっけ?)
眠っている間に空返事をしてしまったのだろう。全然覚えてなかった。
「カカシさん、ねぇ、カカシさん」
「………………」
黙って眠ったフリをする。睡魔はすぐにやって来て、オレの手を引いた。うとうとと、すぐに眠りの淵まで連れて行かれて心地良くなる。
「…………」
押し黙ったイルカに諦めたのかなぁと思ったら、
「天誅!」
と、叫んだイルカが上から降ってきた。
「ぐぇっ」
重い。オレも大男だが、イルカも大きい。オマケにオレよりも体重のあるイルカにのし掛かられて、むっと来た。
(もっと優しい起こし方があるんじゃないか)
すぐに起きれば充分に優しかった事は棚に上げて、イルカを叱るべく、バサッと布団を捲った。
すると、口を尖らせたイルカがいた。
「カカシさんの嘘つき」
(えぇっ!?)
いきなりの嘘つき呼ばわりに、一瞬で目が覚めた。
(オレ、なにか約束してたっけ?)
こんな時、迂闊になんだったかなんて聞けない。聞けば、覚えてない事がバレてしまうからだ。
(う〜ん……)
「俺のこと、からかったんですね」
「えぇっ」
じくりと目に涙を浮かべられて焦った。
イルカが泣くなんて有り得ない。出会った頃のヒナのようなイルカならまだしも、あれから五年、オレの傍で強かに育ったイルカは、今ではちょっとやそっとじゃ泣かなくなった。
泣く時と言えば、昨日のように感極まった時ばかり……、
「むふっ」
その時の痴態を思い出して含み笑いすると、イルカの顔が険しくなった。
「カカシさんの嘘つき! 俺との約束なんて、どうでも良いんですね! 俺……、楽しみにしてたのに」
やけに最後の言葉を寂しそうに言うと、力なく俺の上から降りようとした。
「待って」
咄嗟に腕を掴んで引き留める。その間に考えた。
「カカシさん」
「ちょっと待って」
「カカシさんが言ったんですよ。モデルルーム見に行こうって。今日までなのに。早く行かないと終わっちゃいます」
「えぇっ! アレって今日までだったの!?」
飛び起きると、イルカがコロンと後ろに転がった。
「タイヘンだ! 待ってて、すぐに支度するから」
イルカを起こしながら言うと、すぐに機嫌を直したイルカが頷いた。
あぁ、イルカは年を取ってもカワイイ。
イルカが作ってくれていた朝食を食べて、外に出た。空は晴れて清々しく、絶好の買い物日和だった。もう土地は決めてある。あとはその上にどんな家を建てるかだ。
オレとしては鉄筋コンクリートでも良かったが、イルカがずっと住むなら木の家が良いと言った。生家がそうだったらしい。
イルカがそうしたいなら、オレもそれで良い。それから庭はどうする、池は? 木は? と、気になるところをあげるとキリがない。
だったら一度モデルルームでも見に行って、それから決めようとなった。
費用は二人で出す。つまりは、そう言う事だ。
五年一緒にいて、もうイルカ以外とは考えられない。イルカも同じ気持ちだったから、家を買うのはちょうど良かった。
るんるんと隣を歩くイルカが、一軒家を見つけると生け垣や庭の様子を眺めた。
「カカシさん。俺、庭に柿の木を植えたいです」
視線の先にはオレンジ色に実った柿がたわわになっていた。
「イルカ、柿は案外難しいよ。渋柿になっちゃう。それより桃は? 三年で実がなるって言うしさ」
「桃いいですね! 俺、桃大好きです」
(知ってーるよ)
イルカが好きなものなら、なんだって。
モデルルームに着くと、早速いろいろ見て回った。台所で蛇口を捻ってみたり、照明を付けてみたりした。展示されていた家は木造だったが近代的な作りだった。
木造と聞くと、今住んでいるアパートや、昔住んでいた家を思っていたので、想像していたのとは、ちょっと違った。
「……イルカ、お風呂も見てみよ」
「はい」
廊下を通って部屋の奥に進むと、家族連れとすれ違った。
休日のせいか人が多く、カップルも沢山来ていた。中にはセールスマンが一緒について回っていたが、オレ達が男同士なのもあるのか、誰も声を掛けて来なかった。
ちらりとイルカを見るが、気にした様子は無い。
浴室を見たイルカは微妙な顔をしていた。浅くて広い浴槽に、二人で入りにくそうだと思った。寝転んで入れば良いのかもしれないが、座って肩まで浸かる方がスキだった。イルカだってそうだ。
ふむ、と分かったように頷いたイルカが浴室を出たから付いていくと、視線を感じた。オレ達より前に来ていたカップルの女の方だった。彼氏か旦那だろう男を連れているのに、意味ありげにオレを見ている。
呆れて視線を反らずと一切無視した。あんな下品な女は嫌いだ。イルカだったら絶対あんなことしない。
「カカシさん、二階も見てみましょう?」
「そうだーね」
先に上がっていくイルカの後に付いていくと、背中に視線を感じた。一通り見て、一階へ下りていくと、女がまだ居て辟易した。
(殺気でも飛ばしてやろうか?)
でも騒ぎになるのはマズい。
せっかくイルカが楽しい気分でいるのに、台無しにしたくなかった。
(それとも、オレが気にしすぎ?)
そんな風に考えてたら、イルカがぎゅっとオレの手を握った。いきなりの行為に吃驚していると、イルカがキッと女を睨んだ。
(俺の男にちょっかい出すな!)
そんな声が聞こえて来そうな視線に、楽しくなってくすくす笑った。
イルカは案外、悋気が強い。
怯んだ女が慌てて視線を逸らすと、ふんっと鼻を鳴らして、オレを引っ張った。
「カカシさん、あっちに行きましょう」
「ウン」
握られた手を、指を絡めるように繋ぎ直すと、さっとイルカの耳が赤く染まった。
「……カカシさん、もう手を離してもいいですか」
「どうして? 繋いできたのイルカだーよ。オレはまだ繋いでいたい」
「あ、でも、その…、そうですか…」
言い訳しながら逃げて行こうとする手を、キツく握って離さないでいると、観念したのかイルカの手から力が抜けた。真っ赤になって俯くイルカが可愛くて堪らない。
前より気は強くなったけど、照れ屋なところは変わりなくて、イルカの赤く染まった頬を愛しく思った。
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