漆黒に染まる 6





 埒が明かない。

 そう思ったオレは、イルカの周辺を探り出した。
 イルカは相変わらず何も言わないくせに、日に日にオレとの間に壁を作っていった。
 嫌われたのならまだいい。もう一度好きになって貰うから。だけど、イルカはなにもかもを自分の中に押し込めて、我慢しているのだ。
 哀しげなイルカを目の前にしながら、何も出来ない自分に腹が立つ。こんなに無力感を感じる事なんて、子供の時以来だ。同じ過ちを繰り返したくない。
 イルカが居ない隙を狙って、まずはアカデミーに向かった。授業中でも誰かいるだろうと、職員室のドアを開けると、教頭だと名乗る男が飛んできた。
「はたけ上忍、いかがなされましたか?」
「ちょっと、うみのイルカのことについて聞きたいんだけど。最近、変わった様子ない?」
「は? あ、うみのですか? さぁ、どうでしょう…」
 額からだらだら噴き出た汗を拭きながら、しどろもどろに答える。そこに資料を抱えた中忍らしき男が帰ってくると、助かったとばかりに声を掛けた。
「あっ! 笹先生! 丁度良かった。はたけ上忍がうみの先生の事についてお知りになりたいそうです。君、イルカ先生と隣の席だよね。お願い出来るかな」
「…いいですよ」
 笹、と呼ばれた先生は、オレを一瞥すると自分の席まで資料を運んだ。早く来なさいと急かす教頭をも無視して、自分の用事を優先する姿に、何か聞けそうだとほくそ笑んだ。
 あの手のタイプはイルカよりずっと扱いやすい。
「笹先生、早く!」
「はいはい。…で、なんでしょう」
 下から睨め付けてくるのに、ちょいっと廊下を指差した。
「外で話そう」
「…いいですよ」
 職員室から少し離れて二人きりになると、単刀直入に聞いた。
「最近イルカの周りで変わったことない? 虐められてるとか、誰かに纏わり付かれてるとか」
「……さぁ、あるんじゃないですか」
 一瞬の妙な間の後で、笹が答えた。
「えっ! 誰!?」
 早速手がかりが! と思ったら、笹がオレを指差すから、内心溜め息を吐いた。
「ああ、オレ? いや…、オレ以外でってことなんだけど」
「いえ、はたけ上忍以外、誰もいませんよ」
 なんか今、オレの名前をすっごく強調したね。
「オレはいいんだよ。…あのさ。オレ、イルカと付き合ってるんだけど知ってる?」
 イルカが隠したがってるから、いきなりこんなことを言えば驚くかと思ったけど、そうでもなかった。
「ええ、知ってますよ。上忍の方々の間では、そう言うことになってるそうですね」
(ん?)
 聞き捨てならない。前半の言葉で上忍から聞いたのかと納得したけど、『そういう事って』?
「『そういう事』じゃなくて、ホントに付き合ってるんだーよ」
「ははは…。個人の意志は無視ですか」
「なにソレ。オレがイルカの意志を無視するわけないデショ。失礼な事言わないでくれる?」
 笹の言動に、こめかみをピクピク引き攣らせながら笑顔を維持した。対する笹も嫌みなほど笑顔だ。
「そうですか? でも、イルカは貴方と付き合ってないって言ってましたよ」
 ガーン!!
 ショックなんてもんじゃなかった。隠したがってたけど、否定までするとは!
 あんまりだ。酷すぎる。そんなにオレは恋人にしたくない人間なのか。
(…そりゃ、馴れ初めは誉められたもんじゃないけど…)
 それでもオレは一生懸命大事にしてきた。
「今どき階級で中忍を縛るなんておかしいです! 即刻イルカを解放して下さい! このことは中忍組合を通して抗議させて頂きます!」
「ちょっと黙って」
「おれたち中忍は、一人一人の力は小さいかもしれませんが、一致団結すれば大きな力となるのです! 断固、イルカを守ります!」
「黙れって言ってンだーよ」
「ヒッ!」
 只ならぬ殺気が漏れて、笹が息を詰めた。蒼白になって口をパクパクさせるのに、はっと我に返る。
「ああ、悪かった。大丈夫? ちゃんと息して」
 ポンと強く笹の背中を叩いてやると、噎せ返りながら息をした。ガクガク大きく体を震わせ、目に涙を浮かべている。
「…ホント、悪い」
「……はたけ上忍…?」
 言いようの無い空しさに襲われて、アカデミーを後にした。


 ――イルカと話そう。
 ずんずん歩いてイルカを探す。もう知らないフリなんて出来なかった。全部問い質してやる。沈んでいたワケも、オレと付き合ってないと言ったワケも。
 教室を見て回っても、イルカの姿が見当たらなかったから、受付所へ行った。ドアを開けて、いつもイルカの座っている席を見るが、そこにもいない。
「お疲れさまです! はたけ上忍」
 よくイルカの隣に座っていた男に声を掛けられて、視線を向けた。
「ねぇ、イルカ知らない?」
「さぁ、今日は当番に入って無いですよ。報告書でしたら、私が代わりに――」
「ん、いい。今日は報告しに来たんじゃないから。……ネ、君イルカと仲良いーよね? なにかイルカの事知らない? 噂でもなんでもいいからさ」
「……なにかあったんですか?」
「うん、まぁ…」
「……実は、前からイルカの事で、はたけ上忍にお話ししたかったことがあるんです…」
「なに?」
「ここではちょっと……。あのっ、夜にでもお時間頂けませんか? お会いした時にちゃんとお話ししますから」
「いーよ。じゃあ、また後で来る」
「はいっ」
 多分に媚びを含んだ目から、視線を逸らした。




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