漆黒に染まる 3





「イルカ先生、お疲れさま」
 差し出された報告書を笑顔で受け取った。慣れない呼び方で呼ばれるのがくすぐったい。外に居る時、カカシさんは子供達を真似て、俺の事を『先生』と呼んだ。
「お疲れさまです。カカシ先生」
 俺はカカシさんを真似てそう呼ぶと、カカシさんが唯一見えている右目を細めた。意外にも、カカシさんは『先生』と呼ばれるのが初めてらしい。
 俺の受け持っていた子供達が卒業して、カカシさんの部下となった。凄い偶然に最初は吃驚したが、子供達の上忍師がカカシさんで嬉しかった。カカシさんなら安心して子供達を任せられる。
 カカシさんの報告書を通して、子供達の様子を知れるのも嬉しかった。カカシさんの報告書はとても丁寧で、子供ている姿が頼もしい。
 俺が子供達を誉めると、カカシさんは首を横に振って、時々我が侭を言われて手を焼くと言った。
「子供相手でどう接して良いのか分からない」とぼやくカカシさんに、いろいろ教えて欲しいと頼まれた。俺でもカカシさんの役に立てることがあって誇らしかった。
「…はい、問題ありません。お疲れさまでした」
 ぽんと任務完了のハンコを突いてカカシさんを見上げた。
「イルカ先生、今日は?」
「えと…、八時までです」
「終わったら、一楽に行く?」
「行きます!」
「ん。じゃあ、後でね」
 ひらひらと手を振って、受付所を出て行くカカシさんに手を振り返した。
「お前とはたけ上忍って仲いいよなぁ…。いっつも待ち合わせしてないか?」
 受付の先輩から聞かれて、かぁっと頬が熱くなった。
(仲良いって言うか…、付き合ってるんだよな…。一緒に住んでるし)
 カカシさんとの交際を、まだ周囲に打ち明けていなかったが、そろそろ言ってもいいかもしれない。カカシさんに相談してから、と考えていると、
「いくらはたけ上忍が優しいからって、ほどほどにしておけよ。相手は上忍なんだし、中忍が親しく付き合って良い相手じゃないだろ。はたけ上忍の評判だって悪くなるし…、お前だって迷惑掛けたくないだろう」
 ふらふわ雲の上を歩いていたら、いきなりどぶんと池に突き落とされたような心境になった。そんな風に言われるなんて、考えてもみなかった。
(…俺は、カカシさんの迷惑になっているんだろうか?)
「……カカシ先生の評判が悪くなるって、何か言われてるんでしょうか?」
「……さぁな。おれはそうなる前に止めておけって言ってるんだよ。はたけ上忍は里でも一流の上忍なんだ。それがお前みたいなのと……っと」
 先輩は不自然に口を噤むと苦々しい顔つきになった。
「……お前も分かるだろ? おれはお前のために言ってるんだ。まぁ良く考えるんだな」
 話は終わりとばかりに、ぽんっと肩を叩いて書類に向かう先輩に、暗く気持ちが沈んだ。


 いつもの待ち合わせの場所に向かうと、カカシさんは読んでいた本から顔を上げて、にこっと笑った。ポーチに本をしまいながら、こっちへ歩いてくるカカシさんに胸が捩れそうになる。
 酷く傷付いていた。カカシさんの姿を見て、ざっくり開いた胸の傷を自覚した。痛い。
 カカシさんに慰めて欲しかったけど、そんな泣き言を聞かせるのは、女々しくて情けない。俺を先生と認めてくれているカカシさんの信頼を裏切る気がした。
(このぐらい、自分で解決しないと……)
 これからはカカシさんが悪く言われないように、節度を持った態度で接しなければならない。
「お、お疲れさまです。カカシ先生……」
「どうしたの? 二人の時は、『カカシさん』じゃなかったの?」
 くすっと笑いながら、いつものように頭を撫ぜようと伸ばされた手を、俺は思わず避けてしまった。
 どこで誰が見ているか分からない。
 首を竦めてカカシさんから距離を取ると、足早に歩いた。
「早く行きましょう? 俺、お腹空いちゃって……」
「あ、ウン…」
 訝しむカカシさんに笑顔を向けて、避けたことを誤魔化した。
 馴染みの一楽に着けば、気持ちが落ち着くかと思ったが、違った。周囲の喧噪が気になり、笑い声が嘲笑に聞こえた。俺とカカシさんが、どんな風に見られているのか気になった。
「イルカ、どうしたの?」
 俺をおかしいと思ったのか、カカシさんが心配そうに顔を覗き込んだ。きゅうと胸が痛くなったが、必死に耐える。
「なんでもないです! あ、カカシ先生、来ましたよ。さ、食べましょう」
 ぱちんを箸を割ってラーメンを啜ると、後は一心不乱に食べた。
 でも変だ。大好きな味噌ラーメンの味がしない。




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