←text top漆黒に染まる 2
「イルカ、まぁーだ?」
きゅっきゅっと窓を磨いているイルカに声を掛けた。部屋の中にあった物は粗方片付き、後は必要な物をイルカの部屋へ運ぶだけだ。
オレが居なくなれば清掃部が来るのに、イルカは律儀に部屋の掃除をした。そんなことより、オレとしては一刻も早くイルカの部屋へ行ってしまいたい。今日から二人の新たな生活が始まるのかと思うと、待ち遠しくて仕方なかった。
片時も離れたくないのに、イルカは平日だと自分の家に帰ってしまう。ここから通えば良いと言ってるのに、アカデミーで必要な物を部屋に置いてあるからと、引き留めるオレに申し訳なさそうにしながら帰っていった。
だったら、オレがイルカの家へ行けば良い。この部屋へは寝るためだけに帰っていたから、あってもなくてもどちらでも良かった。
「イルカ、イルカ!」
何度も呼んで、早く行こうと促す。
「はい、わかりました。カカシさん」
振り返って、クスッと笑ったイルカの割烹着姿が可愛かった。こんな姿は誰にも見せたくない。イルカが雑巾をバケツに戻したのを期に、頭に被った三角巾を解いた。
「あっ、カカシさん、まだ……」
「もういいよ。後はオレがやっとくから、イルカは着替えて」
バケツの汚れた水を流しに捨てると、改めて部屋を振り返った。
(さらば、暗部時代。明日からオレは上忍だ〜よ)
生きて暗部を抜けれたことと、可愛い恋人を得たことで、非常に満ち足りた気持ちになった。
「行こ、イルカ」
「はい」
にっこり笑ったイルカの手を引いて外に出る。鍵を閉める瞬間、ちょっと途惑う素振りでイルカを振り返った。
「……ホントにいいの?オレがイルカの部屋に行っても…」
「も、もちろんです…!……俺、いつもカカシさんと一緒にいたいですから……」
かぁっと耳まで赤く染めるイルカに有頂天になる。
(聞いた?聞いた?聞いたー?)
扉の向こうで耳を澄ませているだろう暗部仲間に問いかけた。
暗部待機所で可愛い恋人が出来たと宣言すると、挙って拉致だ、監禁だと騒ぎ立てた。これでイルカが自分の意志でオレといるのだと伝わっただろう。
イルカが可愛いピチピチの中忍だったから、羨むヤツも多かった。暗部が中忍と知り合いになれる切っ掛けなんてまず無いから、羨望の眼差しを向けられて、オレは鼻高々だった。
もちろん手を出さないように釘を刺すのも忘れていない。
『オレのイロに手を出して、五体満足でいられると思うな』
暗に、死よりも苦しい目に遭わせると匂わせておいたから、それで手を出す暗部はいない。
意気揚々と鍵を締めると、イルカの手を握った。
「これからよろしくネ」
「俺の方こそ、よろしくお願いします。…あの、カカシさん、昼間っから手を繋ぐの恥ずかしいです…」
「ウン、寮の中だーけ。今は誰も居ないからいいデショ?」
ウソだ。じとりと怨念の混じった気が立ち上がったが、気付かないフリをした。
イルカはもちろん気付いていない。
(ま、悔しかったら生きてこの寮を出ることだーね)
イルカの部屋に着くと、さっそく自分の荷物を仕舞い込んだ。今日からここがオレの家だ。
イルカは狭くて古いと気にするが、オレにとってはイルカの匂いが染み込んだ、居心地の良い部屋だった。
「カカシさん、先にお風呂に入りますか? それともご飯に……」
言い掛けて、ニマニマ笑うオレに気付いたイルカが顔を赤らめて口籠もった。
まるで新婚の様だとイルカも思っただろうか?
「ご飯が食べたい。お腹が空いちゃった」
「分かりました」
恥ずかしがり屋のイルカに助け船を出すと、さっと台所に引き返した。
(あぁ、もうっ、イルカは可愛いなぁっ!)
身悶えそうになる。今すぐ追い掛けていきたかったけど、まだ照れているイルカを想って我慢した。それにこれからは、幾らだってイルカの傍に居られる。ちょっとぐらい我慢するのは苦じゃなかった。
食卓には秋刀魚と茄子の味噌汁が並んだ。何が食べたいか聞かれて、それをリクエストすると、何故かイルカが吃驚した顔をした。
それからすぐに嬉しそうに笑ったから、もしかしたらイルカの得意料理だったんだろうか?
イルカが作ってくれるものだったら何だって食べるけど、オレの好物がイルカの得意だったら嬉しい。
(これって、運命?)
キャッ、キャッと一人で浮かれていたら、イルカが風呂だと呼びに来た。
「イルカ、一緒に入ろ」
浮かれた勢いのまま誘ったら、あっさり拒否されてしまった。でも、構わない。楽しみは、これからだって合った方が良い。
「じゃあ、また今度ね」と、諦めていないことを伝えると、一人で風呂に入った。逃げていくイルカの赤い耳を思い出して、何度もほくそ笑んだ。
イルカが風呂から上がってくると、手を引いてイルカのベッドに潜り込んだ。硬さの違うスプリングに、いつもと違う刺激を感じて、夢中になってイルカを抱いた。
自分の家だとリラックス出来るのか、イルカもいつもより開放的だった。
その夜は、狭いベッドの中で重なるように手足を絡めて眠った。
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