夢見る頃を過ぎても 1
第一章
一
……ぞ……、……ろうぞ……
どこからか聞こえてくる声に、意識が浮上した。
……わろうぞ……、今宵…、……れと……
(…ん、誰……?)
暗がりの中、イルカは目蓋を擦った。目を開けて辺りを見渡すが、新月の夜は漆黒に包まれて何も見えない。
(…気のせい…?)
もう一度眠ろうと目蓋を閉じると、温かい風が頬を撫でた。息を吹きかけたように、ふわっと。
ぱちっと目を開けると、見知らぬ男が目の前にいた。白い着物を纏って、銀色の髪をした男がイルカの上に跨っていた。男は懐かしむような、どこか遠い目でイルカを見ている。
今宵、我とまじわろうぞ……
その声は頭の中に直接響いた。男の唇はひくりとも動かない。ぽちゃんと池に落ちた石が波紋を広げる様に、繰り返し同じ言葉が伝わってくる。
不思議と怖いと思わなかった。真夜中に、奥座敷にあるイルカの部屋に居るなんて本来なら盗賊を心配しても良さそうなのに、イルカは声を上げる事もしなかった。
男の様子が穏やかだったからかもしれない。それに男はとても綺麗な顔をしていた。
笑うように伏せた目は優しげで、人に危害を加えるようにはとても見えない。すーっと通った鼻筋は男の顔を引き立たせ、薄い唇はともすれば優男に成り下がってしまいそうな男の顔を引き締めていた。この辺りでは見かけない、銀色の髪も綺麗だった。
(触ってみたい…)
不謹慎にもイルカはそう思った。その気持ちが男に伝わったのか、男がふわりと笑った。イルカは何故か、その笑顔が懐かしかった。
一体どこで見かけたのか。
記憶を探るが定かではない。思い出そうと、じっと男を見ていると、男がイルカに向かって手を伸ばした。包むように頬を撫でられると、指の温かさがじわりと頬に伝わる。
この温かさを、やはりイルカは知っている気がした。
(…どこで…? いつだっただろう…?)
「イルカ…やっと会えた。会いたかったよ」
考え込むイルカの耳に、男の声が届いた。その声にハッとした。今の声は確かに鼓膜を振るわせた。
「い…」
今の声は、あなたが話したのかと聞きたかった。だけど声が出せない。気付くと体も動かせなかった。腕は布団に縫い付けられたようにビクともせず、起き上がろうにも体に力が入らない。
イルカの上に乗る、男の体は宙に舞うように軽いというのに。
「あ…」
(あれ…?)
途惑っていると、男がイルカの方へと屈み込んできて、そっと唇が重なった。
「イルカ、今夜、オレと契ろう」
言い聞かせるように、男が一つ一つ言葉を句切って言った。
(…喋った)
だがその前に、男は何をした?
(せ、せ、せ、接吻!)
初めて他人と唇を触れ合わせたイルカの頬がかぁっと火照った。
(初めて口吻けした! ち、ちぎるって言ったぞ! …ちぎるってなんだ? 私をどうするつもりだ?)
一瞬ちぎり絵が思い浮かんだ。男はイルカの体を紙のようにビリビリ千切るつもりだろうか?
混乱して男を見上げると、男はにこっと笑って、再びイルカに口吻けた。イルカが動けないのを良い事に、唇を吸って、噛んで、舐め上げる。そのあまりの生々しさに心臓が早鐘を打った。
男が舌先を尖らせてイルカの唇を割ると、その気持ち悪さに顔を背けたくなった。誰かの舌なんて受け入れた事が無い。そんな風に口吻けすることすら知らずにいたイルカは泣きそうになった。
(いやだ、止めてほしい…)
顔を背けようにも動かない。口を閉じたくても、顎に力が入らなかった。男の舌がイルカの口の中を這い回る。口蓋のつるつるした所を舐められて、ビクビクと体が震えた。酷くくすぐったくて吃驚した。そんなところがくすぐったいなんて知らなかった。
「はっ…はぁっ…ぁっ…」
止めて欲しくて男の舌を押し退けると、男は待ち構えていたようにイルカの舌を絡め取った。ザラザラとした表面を擦り合わせて、おかしな刺激を生み出す。そうされると、腰が熱を持つ。イルカももうすぐ二十歳だから、どうしてソコがそうなるのか知っていた。
(興奮してる…)
男の口吻けは巧みで気持ち良かった。そうしていると、唇が痺れて体が熱くなる。いつの間にか気持ち悪さが消えていた。
「…ぁぅっ…ぁっ…かはっ…」
イルカが堪った唾液に咽せて口の端から溢れさせると、男はイルカの口を解放した。頬を流れる唾液を追い掛けるように舌を這わして首筋にも口吻ける。
イルカは口に堪った唾液をこくりと飲み込むと、顔を上げて男の手が体の上を這い回っているのを見た。そこでやっと男の言った事を理解する。
ちぎるとは、契るだと。先には、交わるとも言っていた。
ようやく理解すると、男の手が着物の懐に滑り込んだ。肌にひたりと指先が触れると、下に下がっていく手に従って、着物が自ら開いていた。肌が露わになり、下肢を覆う白い褌まで露わになった。
ソコが僅かに勃ち上がっていて、目を覆いたくなる光景にかぁっと羞恥するが、どこかこのことが夢のようにも思っていた。
着物が勝手に動く事はないし、さっきまで被っていた夜着がいつの間にか無くなっていたのは不自然だった。
(何より、こんな見目の良い男が俺なんか抱きに来るわけ無い)
言い聞かせるが、冷静ではいられなかった。夢ですら、誰かと体を触れ合わせるのは初めてなのだ。男から与えられる刺激に体が跳ねた。男の手が体の上を滑ると、ただ触れているだけなのにビリビリと痺れる。
ぷつり、と男の手が引っ掛かったように胸の突起に触れた。唯一の出っ張りに、男の指が興味を持ったようにソコに留まる。
捏ねて、引っ掻いて、弾かれる。
ソコの皮膚が薄くて敏感なことに、初めて気付かされた。他の肌に触れられた時よりも、ずっとビリビリが強くなる。摘んだ指先にぎゅっと捻られると、腰が浮き上がった。
「ぁ…ァ…っ」
仰け反ると、男の指が離れ、反対側に移動した。残された乳首は真っ赤なグミみたいに熟れ、ツンと天を向いて勃ち上がっている。敏感になりすぎて、揺れる空気にも感じてしまいそうだった。
男の指は反対側もそうしようとしている。今度は指先で摘むと、きゅっきゅっと押し潰した。痛みのないやり方で捻ると、指の中で転がしてくる。
「ぅ…っ、はぁっ…ぁっ…」
喉が自由なら、変な声を上げていそうだった。体が発熱したように熱くて目が潤む。
「ぁっ、ぁーっ」
男の唇が放って置かれたイルカの乳首を含んだ。舌先でぬるぬると舐められ、指とは違う刺激に仰け反る。
いやいやと首を横に振りたかったが、そんな些細な動きも許されていなかった。ただ、男が与えてくる愛撫を受け取る。
キチキチと乳首を甘噛みされて身悶えていると、男の手が下がった。腹を撫で、脇腹を揉みながら腰へと触れる。褌に触れられると、はっと我に返った。
男はソコへも触れてくるだろうか?
イルカなら、同じ男もモノを触りたいとは思わない。そもそも男を抱きたいとも抱かれたいとも思わない。だけどソコはイルカの気持ちを裏切って、男に与えられる刺激に因って勃ち上がっていた。それを男に知られるのは恥ずかしい。
「ぃ、…ゃ…」
喉を絞って声を出した。聞こえたのか、男が乳首から顔を上げた。イルカとじっと見つめ合う。
「ぁ…」
何か話したいと思ったが声にならなかった。男の視線がイルカの体の上を下がっていく。じりじりと肌を焼かれるような羞恥に耐えていると、男がイルカの股間の上で視線を止めた。
勃ち上がっているのを見られている。対する男の様子がどうなっているのか、イルカには知りようもなかった。半裸状態のイルカに比べ、男は白い着物を着込んだままだったから。
自分だけこんな乱れた状態にさせられているのが恥ずかしい。せめて、男も同じだったら良かったのに。
同じであればそれが何を意味するのか、イルカは深く考えずに思った。
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