君に届け、恋の歌 後
お腹がいっぱいになると公園へ移動して、水溜まりへ行った。
ここはいつもチョロチョロと水が湧いていて、浅くて水の中に入っても足が着くので、小鳥たちの間では人気の場所だった。夏だと水浴びをするが、寒くなった今で遠慮したい。
クチバシの先を水に入れると一寸ずつ水を啄んだ。隣のカカシさんをこそっと見ると、もう機嫌は直ったのかいつも通りに見えた。
「カカシさん、俺毛繕いしたい」
「ウン、あっちに行こう」
ぱっと飛び立ったカカシさんに次いで飛び立つ。普通に返事してくれた事にホッとした。
カカシさんが降り立ったのはコンクリートの上で、そこは太陽の光を浴びてホッカとしていた。
「あったかい」
ちょん、ちょんと跳ね回って、落ち葉の上に到着すると更に温かくて、俺はその上に腰を下ろした。クチバシを背中に回して体を掻くと、翼を広げて風切り羽を啄んだ。
「イルカ、小さな虫が付いてるといけないから、しっかり毛繕いしなよ」
「はぁい」
丹念に羽の一本一本を扱いていく。翼の下にも顔を入れて産毛の手入れをした。
(ふぐぐ、ふぐっ)
ぴんと足を伸ばして股の産毛も啄んだ。
(よし、完璧)
どこにも虫は居なかった。満足して顔を上げたら、カカシさんが俺の顎の下を啄んだ。そこは自分じゃあ足で掻く位しか出来ないから、啄んで貰うと堪らなく気持ちイイ。
特にカカシさんにそれをして貰うのは大好きで、俺はすかさず首を上げた。カカシさんのクチバシが細かく首筋を食むのに、うっとりして目蓋を閉じた。喉の上も、反対側もカカシさんは啄んでくれる。
「ヒヨ…」
思わず漏れてしまった声に、はしっとクチバシを閉じた。あんまり変な声を出すとカカシさんが止めてしまうかもしれない。前に一度そんなことがあった。
でも心地良くて、次第にクチバシが開いていった。
カカシさんは首筋だけじゃなくて、背中や翼も啄んでくれた。自分でやったとこだったけど、気持ちいいからジッとした。頭の上まで啄まれて、眠りそうになる。
お日様を浴びながらカカシさんに啄まれてトロトロとしていると、ふいにカカシさんのクチバシが離れた。
もう終わって締まったのかと残念になるが、カカシさんが自分の羽にクチバシを入れるのを見て、はっと覚醒した。
「俺もカカシさんの毛繕いする!」
ちょんっと立ち上がるとカカシさんの傍に寄った。
「いいよ」
俺が寄った分だけカカシさんが遠離る。
「する!」
「いいって」
ちょん、ちょんと跳ねて、逃げるカカシさんを追い掛けた。
「やだ!するったらする!」
だって、とても気持ち良かったのだ。俺だってカカシさんに気持ち良くなって欲しい。
「どうして逃げるんですか!」
バタバタっと飛ぶとカカシさんの先回りをしようとした。すると、カカシさんが俺より高く飛んで、上に乗っかってきた。
「ふ…っ、やだ…どうして…」
ぎゅっと押さえつけられて哀しくなる。そんなに嫌なのかと、ちよちよと声を上げると、カカシさんは翼を広げて俺を覆った。
「……イルカがそうしたいのは雄だから?」
ちよ?
言ってる意味が分からなくて、カカシさんを振り返った。そしたら、さっき落ち葉のところで見せたような浮かない顔で、カカシさんは俺を見ていた。じっと見つめ返すと、カカシさんは溜め息を吐いて言った。
「イルカのソレは本能かって聞いてるの」
「本能…?」
「イルカは雄だから、誰かにエサを上げたり、世話を焼きたくなってるんじゃないかってこと」
カカシさんの言う事は難しい。右に左に首を傾げて考えた。
(誰かって誰だ?)
俺はカカシさんだからエサを半分っこしたい。
カカシさんだから毛繕いしたい。
カカシさんだから一緒の巣に寝たい。
他の雀のことなんて知らない!
どうしていつも二人でいるのに、『誰か』なんて言うんだ?
「カカシさんの言ってる事分からないです!いつもカカシさんばっかりズルイ!俺だってカカシさんの毛繕いがしたいです!したい、したい、した〜い!」
うわーんと地団駄を踏むと、ぱっとカカシさんが俺の背から飛び降りた。乗っかられた上に憤慨したから、せっかく綺麗にして貰った背中の毛が跳ね返っていた。乱れた毛のままカカシさんに向かい合う。
「……イルカのバカ」
ふいっと顔を背けたカカシさんがポツリと呟いて、ズガーン!とショックを受けた。
(バカって言われた……)
だけど、カカシさんの様子がさっきまでとは違っていた。ちょんちょんと寄ると、俺の背中を啄んで、毛を整えてくれる。
「……巣の中でだったらいいよ」
「ホントですか!?」
小さく聞こえた声に飛び付いた。
「じゃあ、もう帰ります。早く帰りましょう?カカシさん」
「……ウン」
いっこうに飛び立とうとしないカカシさんを早く早くと急かした。
巣に帰ったら、たっぷりカカシさんの毛繕いをするんだ。
巣に帰った後、カカシさんにじっとして貰って、その首筋を啄んだ。いつもして貰うみたいに細かくクチバシを動かした。それはカカシさんが寝ている時にこっそりしたのより、ずっと楽しいことだった。
背中の方に回って翼も啄んでいると、カカシさんもまた俺の毛を啄んだ。そうしてる内に今度は優しくカカシさんが俺の背中に乗って、随分久しぶりにお尻のくっつけ合いっこをした。
気持ち良くて、「ヒヨ…」と声を漏らすと、カカシさんが背中で大きく羽をばたつかせた。
「あ、あ…ん、あ…んっ…」
じゅんと体の中にカカシさんの体液が入ってくると、全身が痺れて羽の先までプルプル震えた。振り返ると、互いのクチバシを啄み合った。
「…カカシさん、好き…大好き…」
熱に浮かされたように呟く俺の頬をカカシさんが啄んだ。そうされると気持ち良くて意識が遠退いた。うつらうつらしていると、カカシさんが耳元で「分かった」と呟いた。
「オレもイルカがスキ」
そんな風に言われたのは、初めてじゃないだろうか?
すごく嬉しくなって、ちゅんっ!と鳴くと、カカシさんの囀りが重なった。
← end