君に届け、恋の歌 前
ちっ、ちちっ…
朝の光を目蓋の向こうに感じて囀った。目を開けると、夜空が薄く光に包まれようとしていた。
ちち…
(寒い…)
ぶるっと身震いすると、より一層カカシさんに体を押し付けた。ぶわっと羽毛を膨らませて空気の層を厚くすると、体の周りの空気を暖めた。
隣を見ると、カカシさんはまだ眠っていた。周囲を見ても、まだ誰も起きていなかった。
朝煩くするのをカカシさんが嫌うから、じっと身を潜めてカカシさんが目覚めるのを待った。カカシさんの閉じた瞼をじっと見つめる。
ふいに思いついて、カカシさんの羽毛の中にクチバシを入れた。羽を一つまみしてクチバシで扱く。小刻みにクチバシを動かすと羽が綺麗に整列して、ピカリと光を反射した。
気を良くして、次の羽を啄む。
カカシさんは俺の毛繕いを良くしてくれるけど、俺に毛繕いされるのを嫌った。したいと言ってもさせてくれない。きっと、俺がちゃんと出来ないと思ってるに違いない。
(俺だって、ちゃんと出来るもん!)
カカシさんの首筋にクチバシを入れると、そうっと啄んだ。カカシさんにソコをハミハミして貰うと堪らなく気持ちイイ。だから俺もカカシさんにしてあげたかった。クチバシの先っちょでカカシさんの首筋を掻く。
すると、カカシさんの頭が気持ち良さそうに傾いだ。心なしか、クチバシが薄く開いている。
(やった!俺にも出来た!)
浮かれかけると、ぱちっとカカシさんの目蓋が開いた。さっと首を引っ込めて、知らん顔する。
「……イルカ、今なんかした?」
「ううん。カカシさんが起きるの待ってた」
「……そう」
ちょっと納得してないみたいだったけど、カカシさんはぶわっ、ぶわっと二回羽を広げると、大きく伸びをした。
その時、空に昇った朝日が巣の中を照らした。白い光に包まれて、体が温かくなる。
カカシさんは朝日が一番初めに当たる場所に巣を作った。周りは小さな枝と葉に囲まれて外からは見えにくい。ここは、この大木の中で一等地だった。
ぬくぬくとお日様に当たっていると、カカシさんが俺の毛繕いを始めた。慌てて自分の羽にクチバシを入れると、カカシさんは自分の毛繕いを始めた。俺がやった所も丁寧に扱かれる。
全身の羽を隈無く整え終わると、ちょんとカカシさんが巣の端に立った。
「イルカ、行くよ」
「はい!」
ぱっと飛び立ったカカシさんの後に続いた。体は毛繕いしている間にすっかり温まっている。
それでもカカシさんは枝から枝へと小さく移動していった。俺が付いて来ているのを確認すると、今度は長い距離を飛ぶ。バタバタと羽を動かして、カカシさんを追い掛けた。
(待って、待って)
カカシさんを見失わないように必死に付いていった。飛んでる間も、目覚めた体がぐぅぐぅ腹を鳴らして切なくなった。
(カカシさん、お腹空いた)
その声が届いたのか、程なくカカシさんは下降して、茶紅色した落ち葉の上に降りた。顔を上げて、俺が来るのをじっと待っててくれる。
込み上げる喜びに胸を膨らませてカカシさんの隣に降り立つと、カカシさんが足下の落ち葉を穿って顔を上げた。
そのクチバシに虫が挟まっている。
「虫!」
歓声を上げた口の中に、カカシさんがぐいっとそれを押し込んだ。ぱくぱくクチバシを動かして咀嚼すると、甘い汁が口の中に広がった。
「うっめぇ〜!」
チヨチチッ!と声を上げると、カカシさんが笑った気がした。カカシさんはどちらかと言うと無表情で、あまり笑ったりしない。
「カカシさん美味しいです!俺、虫大好き!」
「知ってる」
素っ気なく言うと、カカシさんは葉の下に隠れた。
「カカシさん?」
首を傾げて葉っぱの下を覗くと、カカシさんが落ち葉を突いていた。
「カカシさん?」
同じ葉の下に潜り込む。
「…っ!早く虫食べな!お腹空いてんデショ」
うん、と頭を下げると虫を探した。そのクチバシの前に虫が置かれる。
「カカシさん、ありがとうございます!」
「……」
何も言ってくれなかったけど、カカシさんが優しくてくすぐったかった。言葉は冷たいけど、カカシさんは優しい。
俺も落ち葉を返すと虫を探した。小さいけど、尺取り虫を見つけてカカシさんに差し出す。
「カカシさん」
「いいよ、イルカが食べな」
いやだ。俺もカカシさんに食べて欲しいのだ。じっとしていると、尺取り虫が落ち葉の上を逃げて行った。
「あ…!」
慌てて尺取り虫を啄んで、んっ!とカカシさんに差し出す。
「んっ!んっ!」
「…じゃあ、半分こ」
頷くと、ようやくカカシさんが尺取り虫を啄んだ。残りの半分を食べて、満足の囀りをした。
「カカシさんと一緒に食べた方が美味しい!」
ぴょんぴょん跳ねて落ち葉を踏みならした。太陽の光をたっぷり浴びた落ち葉は温かい。下に潜ると柔らかい葉が体を受け止めた。うっとりするほど心地良い。
「イルカ?」
葉の下から顔を上げると、カカシさんが俺を捜していた。近づいて来るカカシさんに身を潜めてかくれんぼする。
「イルカ!」
カカシさんがすぐ側まで来ると、ぱっと飛び出して抱きついた。
「カカシさん、大好き!」
楽しくってチヨチヨと鳴いたが、何故かカカシさんは浮かない顔をしていた。
「カカシさん?」
「なんでもない。イルカ、もっといっぱい食べな」
「はい…」
どうしたんだろう?
首を傾げたけど、カカシさんは何も言ってくれなかった。
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