スキマ 9




 ぐぅーとお腹の鳴る音で目が覚めた。瞼の向こうに朝の光を感じて枕に顔をうずめる。
 隣にカカシさんがいない。耳を澄ませば台所を使う音が聞こえた。
 起きないと・・。
 だけどもう少し寝ていたい。
 布団を引き上げ、肌を滑る布の感覚に裸のままでいるのに気付いた。さらっとした感触はシーツが新しいものに変えられ、体も清められていることを教えてくれる。
 でも眠る時の記憶は無かった。最中に眠ってしまったのか、気を飛ばしてしまったのか。
 世の中、あんな気持ちいいことあるなんてな・・。
 思い出すと顔が火照る。
 連れて行かれたお風呂で、綺麗にして貰うはずが――、いたしてしまった。中を探られて感じてしまい、膝立ちのまま後ろから貫かれた。きっちりイかされ力の抜けたところをベッドに運ばれ、また挑んだ。お互い疲れてたのに、覚えたての子供のような必死さで相手を求め合った。
 まあ、ある意味俺の場合そうなんだが・・。
 肌を絡め合って、最後に覚えているのは窓の外が白んできたこと。光の中にカカシさんの肌が浮かび上がり、腹筋が見えて、ガツガツと打ち据えられて、それで・・、それから・・。
 後はもう覚えてない。下肢の具合からきっと最後までイかされたんだろう。全身だるいのにそこだけやたらすっきりしている。きっと、さんざん搾り取られたから――。
 と思ったら顔がにまーっとにやけた。
 やらしいな、俺。だけどカカシさんだって・・。
 カカシさんがあんなにタフだなんて知らなかった。もっとあっさりしたセックスを好む人なのかと思っていた。なんていうか・・あんな風に・・・、あんなに・・。
「イルカセンセー、朝ですよー」
 突然声を掛けられて心臓が止まりかけた。かと思うと、どっどっと激しく波打つ。
「センセ?」
 ベッドが撓んで冷たい手が額に触れた。髪を掻き上げ額を晒す。そこに柔らかいものと温かい息が触れた。ちゅっと湿った音を立てると離れていく。
 どひーっ!
 朝っぱらから駄々漏れのカカシさんの甘い空気に顔が上げれなくなった。枕に顔を押し付けたまま心臓が落ち着くのを待つが。
「朝ごはん出来ましたよ。起きて・・」
 布団の中に入り込んだ手が背中を撫ぜ、項を吸い上げられる。背中の手がイタズラに線を描き始めると皮膚がおかしな感じで引き攣り、ますます落ち着かなくなった。
「・・っ、なにしてるんですか・・っ」
 背中の手を掴み、睨みつけると、にこーっとカカシさんが笑った。
「イルカ先生を起こしに来ました」
「だったらなんで布団の中に入ってくるんですかっ!?」
 うつ伏せの背中に圧し掛かる様に張り付かれて息が詰まる。
「んー・・イルカ先生が気持ちよさそうだったから」
 少しだけ、と体に腕を回して首筋に顔をうずめる。裸の体はすぐに昨夜の余韻を思い出して熱くなる。
「はぁっ、・・離れて・・」
「んー・・もう少し」
 首筋にイヤイヤと鼻を押し付けてくる。手が下腹を撫ぜて息が跳ねた。するっと探るように中心に指が絡んで、包まれた。そこは朝だから、と言う理由だけでなく芯を持ち張り詰める。
「あっ、だめっ!・・だめ・・っ」
「すぐ終わらせるから・・」
 上下に動き始めた手に息を飲んだ。唇を噛み締め声を殺す。カカシさんが啄ばむように耳朶に口吻け、唇で食んだ。はあっと耳元で漏れる息に体温が上がった。先走りが溢れるようになると、カカシさんが指先に掬って全体に伸ばしていく。
「ふ・・っ、ん、・・あ…」
 声を漏らすとカカシさんが下肢を押し付けた。そこが熱をもって硬く張り詰めているのが服越しに分かる。
「シたいけど、ダメだよね・・。イルカ先生がアカデミーに遅れちゃう」
 すんと鼻を鳴らして手の動きを早くした。
「帰ったら、シてもいい?今夜もイルカ先生のこと抱いていい?」
 甘い声に体が痺れる。
「夜までオレのこと忘れないで。オレのすること覚えていて・・」
 がくがく頷くとカカシさんの手が鈴口を撫ぜた。指先で淵を擽るようにくるくる円を描く。
「ひゃっ!やだっ、あぁっ!」
 強い刺激が欲しくなって腰が勝手に揺れるのを止められない。
「ああっ、アッ・・、カカシ、さ・・、もっ・・イきた・・」
「うん」
 手の動きが激しさを増す。
「んああっ、あっ、あっ、あっ、ああぁっ!」
 息も吐けないほど強く抱きしめられて、カカシさんの手の中に吐き出した。
 信じられない・・、朝からこんなの……。
 はぁはぁ荒い息を吐き、ぐったりする。射精の熱が冷めるにつれ、昨夜からの疲労感も手伝って動きたくなくなる。
「イルカセンセ・・、起きれますか・・?」
 起きれない、と言ったらどうなるんだろう・・?
 頭の中で、「どうにでもして」と囁く俺がいる。その一方で「仕事が」と囁く俺。
 迷う。社会人だから迷ったらいけないんだろうけど迷った。
 だけど答えを出す前に、ぐーっとお腹が鳴って、カカシさんが体を起こした。
「お腹空いちゃってるよね。昨日の夜なんにも食べなかったから・・」
 体を起こされ、手伝ってもらいながら服を着る。どんどん日常に戻っていくのが寂しい。
 カカシさんは?カカシさんはそうは思わない・・?
 じっと見上げると目が合い、カカシさんが苦笑する。
「そんな風に見たらダメだーよ。これでも我慢してるんだから。前にも言ったデショ?行かせなくなくなっちゃう・・」
 最後は冗談ではなく弱弱しく言った。結うために髪を梳いていた手が止まり、肩に髪が落ちる。背中から体に回される手にぎゅっとしがみ付いた。
 行きたくない、離れたくない。
 強く願う。俺はどうしてしまったんだろう。当たり前の生活に戻ることが酷く辛い。
「・・・ひっく・・」
「あー・・ゴメン、イルカ先生、オレのせいだね」
「ぅうーっ」
 堪えきれずに泣き出すとカカシさんが慌て出した。
「ゴメンネ、イルカ先生、泣かないで・・」
 泣いている自分を自分でもおかしいと思うのにコントロール出来ない。
 カカシさんが好きで好きで、ただ離れたくなかった。

 気を取り直したように明るく振舞うカカシさんに促されてご飯を食べ、こっそり手を繋いで出勤した。
 それでも別々になるときはやっぱり寂しくて、いつまでも背中を見送ってカカシさんを困らせた。



 そんな熱に浮かれた強い想いも3ヶ月過ぎる頃には落ち着いて、前みたいに自然に振舞えるようになった。
 まあ落ち着いたと言うか慣れたと言うか当たり前になったと言うか。
 カカシさんへの想いは体の奥にしっかり根付いて俺の一部となった。いつも心の中にカカシさんが居る。今は少しぐらい離れてたって平気だ。




「イルカセンセーっ」
 呼ばれて河原を降りる。忍犬たちを遊ばせていたカカシさんのそばに寄ると何匹かに周りを囲まれた。
 忍犬たちはカカシさんのことが大好きで、たくさん構ってもらおうと一生懸命カカシさんを見上げる。そうすると嬉しそうにカカシさんがわしゃわしゃ犬たちの体を撫ぜるから密かに妬いてしまう。犬たちも嬉しそうだからますます悔しい。
 だけどそんな俺にも忍犬たちは構ってくれる。ぺろぺろ舐められると嬉しくて、可愛くて可愛くて、カカシさんを真似てわしゃわしゃ撫ぜてしまう。大好きだ。
 ほとんどの犬と仲良くなったけど、
「おいで・・」
 一匹だけ、手を伸ばすと怯えたように逃げられてしまう。
 それはあの犬。俺があの時「うるさいっ!」と怒鳴りつけてしまった大きな犬。せっかく見つけてくれたのに俺が怒鳴ったせいですっかり苦手に思われてしまったらしく、手を伸ばしても、呼びかけても寄ってこない。あの時は探してくれてるなんて思わなくて、大きい犬に驚いて…というのは俺の理屈で、彼にしてみればやっと見つけた俺に怒鳴られて、傷ついただろうし苦手にも思うだろう。
 だけど仲良くなりたい。
「おいで、おいで・・」
 しゃがんで両手を伸ばすが、戸惑うように後退る。
「おいで・・、なんにもしないよ?」
 手を下げて首を傾げるが、尻尾を向けられてしまった。
「お前ねぇ、いいかげんにし――」
「わーっ、いいんです!いいんです、怒らないで」
 振り返るとカカシさんが腰に手を当て、仁王立ちしている。カカシさんに怒られた犬はきゅうと悲しげな瞳になって遠退いた。
「あ・・」
「だって、もう随分経つのに・・」
「でも、俺、すっごい怖い顔して怒鳴ったと思うから…」
 避けられたって仕方ない。
 はあーと溜息を吐いて隣に座るカカシさんに習って腰を下ろした。
 草を揺らす風は冷たいけど、空は晴れて日差しは温かい。並んで座りながら、向こうで遊ぶ犬たちを眺めた。
「ゴメンネ・・」
「やだな・・、そんなに気にしないでくださいよ。いつか仲良くなりますって」
「うん、だけど思い出すでしょ?いつまでもアイツがあんな態度だとあの日のこと・・・」
「え?気にしてないですよ?俺、もう・・」
「そっか・・。ホントはね、オレが気にしてるの。…ごめん」
「カカシさん・・」
 沈んだ声音に戸惑う。俺はもうあの日のことはなんとも思ってないのに、カカシさんの中にはまだ残っている。どうしたら取り除いてやれるのか。もう忘れてしまっていいのに。
「カカシさん・・あの・・」
「なーんてね!イルカ先生がアイツばっかり構うからヤキモチ焼いちゃいました」
 あはっと笑うカカシさんに毒気を抜かれる。でもそういうことにしておいていいんだろうか?
「オレってなんでこんなにヤキモチ焼きなんだろ。やんなるなー」
 ごろんと寝転がってカカシさんが顔を隠す。
「・・俺、カカシさんが一番好きですよ?」
 腕の間から覗く口元がにまっと笑った。
「でもねー、イルカ先生アスマもかなり好きデショ?」
「だってアスマさんは幼馴染で・・、カカシさんを好きなのとは違う・・」
「ウン、分かってる。分かってるんだーけど。楽しそうに話してるの見たらすっごい悔しくなる。悔しくて悔しくて、イルカ先生にも酷いこと言っちゃいそうで二人で居る時話し掛けれない。
アスマだけじゃなくって、他の誰とも――・・。いっそのこと閉じ込めたいなーなんて」
 ははっと冗談めかして笑うけれど、唇は泣きそうに震えていた。なんでそんなこと言うんだろ。震える唇を見ていると俺まで悲しくなる。
「してもいいですよ?カカシさんの気がそれで済むなら・・」
「イルカセンセ・・」
「だけど俺の全部はもうカカシさんに囚われてるのに・・。カカシさんに囚われてないところなんてどっこもないのに、俺どうしたら……わっ」
 突然目の前に青空が広がった。眩しいと目を細めるとカカシさんが光を遮った。
「もう、なんてこと言うの。心臓が止まるかと思ったじゃない」
 さっきまで寝転がっていたカカシさんに上から覗き込まれてドキドキする。その目は穏やかで、でも悪戯っぽく光る。
 カカシさんがゆっくり辺りを見渡した。
「ね、キスしていーい?」
「えっ!だってここ外・・」
「誰もいなーいよ。大丈夫、目を閉じて――」
「でも・・」
 ゆっくり覆いかぶさってくるカカシさんに瞼を閉じた。
 唇が触れる。
 草の香りを乗せた風が吹く中、カカシさんと口吻けを交わした。濡れた唇を風が冷やして、カカシさんの唇がまた温める。
「ん・・」
 深くなっていく口吻けに甘い息が漏れた。外だと言うことを忘れて夢中になる。
 ちゅ、ちゅと濡れた音が立つ中に、突然じゃりっと土を踏みしめ、ふんふんと激しい息遣いが混じった。
「えっ!?わっ!」
 目を開けると目の前いっぱいに犬の顔。あの大きな犬がふんふん鼻を鳴らして、顔に鼻先を押し付けた。前足が胸を押さえつける。
「あっ!コラ!!」
 カカシさんの叱責に犬が離れる。
「カカシさんっ!いいですよ・・」
「ダメです!!マウントしていいのはオレだけです!!!」
 は?マウント?俺は犬?
 ぽかんとしているとカカシさんが眉尻を下げた。
「もぉ〜アイツは〜!ゴメンネ、イルカ先生。マウントされちゃったからアイツの中ではイルカ先生のこと弟だと思ってますよ。でも大丈夫!!なんかあったらアイツ、イルカ先生の命がけで守りますから。みんなそうだけど必死で守りますから!」
 なにやらよく分からないが、仲良くなれたってことだろうか?
 力説するカカシさんに頷くと、
「ちょっとシめてきます」
 ぴんと耳を立てこっちを伺っていた犬に向かって走り出した。
「え!?待って――」
 止めようかと思ったけど、カカシさんが全開で笑ってる。犬も楽しそうで、それを見ていた他の犬たちも集まってくる。
「いいなー・・」
 なにもヤキモチ焼きはカカシさんだけじゃない。俺だってカカシさんを閉じ込めたいぐらい独り占めしたいのに。
 不貞腐れてるのがバレないようにカカシさんを見つめた。
 俺のことも構って。
「イルカ先生もこっちおいでよー」
 やっと呼んでくれた。
 立ち上がって、ぺんぺんとお尻を叩いて準備する。犬たちには出来ないことしてやる。
「わん!」
 と一声大きく鳴いて河原を駆け下りる。そして吃驚して目を開いてるカカシさんの首っ玉にしがみ付いてやった。


end
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