眠れない夜 1




「イルカセンセー、パソコンお借りしてもいーですか?」
 夜、卓袱台に向かって持ち帰りの仕事をしていると、カカシさんが首を傾げた。「どーぞ」と答えると、ノート型のそれを向かいに持ってきて配線を繋ぐ。起動させながらニコニコしているカカシさんを目の端に留めて、仕事の続きに戻った。

 トンっと書類を纏めてカバンに仕舞う。俯いて凝り固まった首を回しながらカカシさんを見ると、それはもう楽しそうな表情で画面に見入っていた。
 なに見てるんだろう・・?
 その楽しいことに俺も交ぜて欲しい。
 片づけをしながらそわそわ見ているとカカシさんが顔を上げた。
「仕事、終わったんですか?」
「はい」
「もうヒマ?」
「はい」
「じゃあ、イルカ先生も選んで」
「はぁ・・」
 …なにを?
 カカシさんがパソコンごと隣に移動してきた。だけど座る前に照れたような笑みを浮かべて、「お茶入れなおしますね」と湯飲みを持って台所に消えてしまう。その背中から画面に目を移すと、なにやら箱がたくさん並んでいた。
 ……なんの箱?
 見ているだけでは分からなくて、周りに書かれている文字に視線を走らせる。
 走らせる。
 走らせて。
 ………はわっ!
 顔が火を噴いた。あわわと体温が急上昇して背中が汗を掻く。
 カカシさんが見ていたのはコンドームのサイトだった。
 あまりの免疫の無さに激しく動揺する。
 む、無理だ・・。選べない・・。
「いいのありますか?」
 そろっと腰を浮かせようとして、突然掛けられた声にびくっと体が跳ねた。
「イルカ先生、熱中しすぎ」
 カカシさんが可笑しそうに笑って湯飲みを置くと、のしっと背中に圧し掛かるように座った。腹の前で腕を組むと肩に顎を置いてくる。すっかりカカシさんの腕の中に囲われて逃げるに逃げられなくなった。
「いいのがあったら言って。どれにしようか迷ってて・・」
 頬を染めたカカシさんに横から顔を覗きこまれてものすごく照れた。こんなの二人で選ぶなんてすごく恋人っぽい。あ、いや、もう恋人同士で、すでにいろいろやっちゃってるから今更照れなくてもいいんだろうが、それでもとにかく照れてしまってカカシさんをまともに見返せない。ひたすらドキドキして俯いているとカカシさんが爆弾を投下した。
「イルカセンセイはどういうのが好き?好みとかあったら合わせるよ?」
「お、俺っ・・!?」
 返事に窮した。だって良く知らない。自分で買ったことが無ければ、それに――・・。
 だけどそれをカカシさんに知られるのはなんだか恥ずかしい。カカシさんとスルまではそういう経験がなかったことはすでに知られているが、知識まで無かったなんて同じ男として情けない気がする。
 いや!無かった訳ではないが、それは紙上の知識で実践が伴わなかっただけで・・。それでその・・。
 とにかくまあ、言ってしまえば涙が出そうなほどせせこましくちっちゃなプライドだ。だけどそのプライドを保つため、俺はカカシさんの腕の中で澄ました顔をしていた。
「えと・・、カカシさんはどれがいいんですか・・?」
 ぼろが出ないように話題をカカシさんに振る。
「ん?オレ?オレはねー・・」
 組んでいた手を離してカーソルを動かすカカシさんにほっとした。
 後は適当に相槌を打って流してしまおう…。
「コレ!面白くないです?『48手コンドーム、解説付き』!48個入りで一個に一体位。毎回いろんな体位が楽しめます」
 ぶっ!!
「へ、へー・・すごいですねー」
 内心の動揺を隠して頷くと、きゅっとカカシさんの腕が締まった。
 同意を得られて嬉しいと。
 だけど同意した訳じゃない。適当に相槌を打っただけだ。なのに…。
「デショ?じゃあ決定。購〜入〜・・」
「あぁっ!!」
「ん?」
「た、高いですよ・・、もっと安いので――」
「いーの、いーの。『カゴに入れる』っと」
 ああっ・・!
 俺の心の悲鳴空しく、カチッとクリックされたそれは買い物カゴに入った。
 それからも、味つきだとかつ○つ○付きだとか、それから潤滑剤だとか、「へ」ーと「すごいですねー」を繰り返しているうちにぽいぽいカカシさんが買い込んだ。
 それらは本気で俺に使われるんだろうか・・?
「か、カカシさん、そんなに買ってどうするんですか。もうそろそろいいんじゃ・・」
「あ!ねぇ、コレおもしろいよ?『蛍』だって。『暗闇の中で先端が光ります』。これイルカ先生に付けたら楽しいかもv」
「ひゃ、ごほっ・・なんで俺がつけるんですか!?い、いりませんよ!そんなの!!」
 裏返った声は咄嗟に咳で誤魔化したが、強く否定しすぎたのかカカシさんが不思議そうにこっちを見た。
「んー・・、別にイルカ先生が付けたっていいじゃない?それにコレだったらイルカ先生が感じてるのがゆらゆらして見えて楽しーし?」
「たっ、楽しくないー!」
 コイツ、なんてことを!!
 想像して憤死しそうになった。
「だめ!いらない!」
「あーっ、待って!」
 パソコンを閉じようとしてカカシさんに阻止された。ムダに上忍パワーを発揮して俺の両手を纏めて拘束すると、腕の中にじたばたする俺を抱え込んだ。
「はなせっ、こらっ!はーなーせっ!」
「ちょーっと待っーてねー♪」
 もがいてももがいてもびくともしない腕の中から『蛍』もカゴに入れられるのを見た。そうしてさっさと購入手続きを済ませるとパソコンの電源を落として蓋を閉じた。
「へへーっ、到着するのが楽しみでーすねv」
 腕の中でぐったりする俺を抱えてカカシさんが嬉しそうに笑う。
「ぜ・・ぜん・・楽しみ・・じゃ・・な・・」
「またまたそんなこと言っちゃってv」
 ぜいぜい息を切らしていると、そのままテンションの上がったカカシさんに圧し掛かられて、眠れないまま夜が更けていった。



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