「触るな」
伸ばされた手を弾くとカカシ先生がひどく驚いた顔をした。
スキマ 1
はっと吐いた息を詰めて眉を寄せる。小刻みになっていた動きが止まって、カカシ先生の頬が緩んでいく。
俺はその表情を見るのが好きだった。
何度か出し尽くすようにカカシ先生が腰を動かし、はぁと深く息を吐き出すと覆いかぶさるように肘をついた。カカシ先生の額から流れ落ちる汗が胸の上にポタポタと落ちてくる。湿って額に張り付いたカカシ先生の髪を掻き上げ、汗を拭い、そのまま首筋から肩へと手を滑らせ突いていた肘を引いた。
「イルカ、センセ・・・」
はっ、はっ、と荒い息を吐いていたカカシ先生が顔を上げ、俺に引かれるまま体を被せた。カカシ先生の重みに胸が押し潰される。
「ごめん・・重いデショ?」
「いいえ、いいんです」
薄い水分を纏ったカカシ先生の背中を撫ぜ、抱きしめる。重なった胸からカカシ先生の大きく波打つ鼓動が伝わって幸せな気分になる。
――なんて愛しい。
少し頭を上げてカカシ先生の髪に顔をうずめると汗の匂いを吸い込んだ。
「ふふ、なーにやってるの?」
くすぐったかったのかカカシ先生が首を竦めた。
「や、汗かいてるなーって・・・」
「イルカ先生もかいてるじゃナイ」
伸び上がって首筋に顔をうずめるとくんくん匂いを嗅いでくる。
「や・・だ、くすぐったい」
首に当たる息に頭を押し退けようとするとべろっと舐め上げられた。
「・・っ!」
「くっ・・・」
走った刺激に体が萎縮して同時に中のカカシ先生を締め付けた。互いに一瞬緊張して波をやり過ごす。
「ネ・・・もう一回する?」
「いえ、もう今日は・・・」
「・・・うん。オレもくたくた。・・ちょっと待って」
カカシ先生が体を浮かせると、中から圧迫感が退いていく。ぬるんと抜け出る感覚は排泄行為に似て・・・。
動かずにじっとカカシ先生を見ていると、体を支えていたカカシ先生の手が己の下肢に向かい、根元を掴むとするっとゴムを外した。半透明のピンク色したそれを片手で器用に口を縛ると、ぽいっとゴミ箱に向かって投げ入れる。確実に入ったのを見届けると、視線を俺に戻したカカシ先生が、
「ナニミテルノヨ」
目が合った瞬間、唇を軽く尖らせた。
始末してるとこを見られて恥ずかしかったらしい。
「べーつに」
惚けると拗ねたそぶりのカカシ先生が唇に噛み付いてきた。
でもよく見ると笑ってる。
おかしくなってくすくす笑いながら啄ばむようなキスを繰り返した。それは情交の始まる前の激しいキスとは違って、クールダウンのためのキス。そうやっていつもちょっとずつ離れていく。
「オレ、お風呂はいるけど、イルカ先生は?」
「俺は後で」
「ん、じゃ行ってくる」
隠しもしないで裸体を晒したままカカシ先生はベッドから抜け出ると風呂へと向かった。
その後姿の綺麗なこと。
流れるように動く背中や足の筋を見ながらカカシ先生が風呂に消えるのを見送った。
しばらくして、シャワーがタイルを叩く音が聞こえ始めた。
一人残された部屋でぼうっと順番を待っていると、ふと、床に落ちたコンドームのパッケージが目についた。それを手を伸ばして拾い上げる。
イチゴやスグリ、ブルーベリーなどが描かれたそれは一見キャンディの箱のようにも見える。
(それでピンク色?)
見慣れない色のゴムが目についたのを思い出す。
箱を逆さにすると残っていたのが転がり落ちた。二個綴りのそれらの袋にもイチゴやらの絵が描かれていて、更にその上に『R』、『Y』と一個づつに書かれている。
どういう意味だろう?
アルファベッドに頭を捻らせた。改めてパッケージを見れば、『BERRY』。
「あ、わかった」
ベッドの下に落ちていた破れた袋を拾い上げて並べると、『B』、『E』、『R』がある。
もともとくっ付いていた5個で『BERRY』となるのだろう。
(じゃあ、次の時は『R』と『Y』を使うのか)
瞬間、浮かび上がった考えに赤面した。
当たり前のように思ってしまったのが恥ずかしい。
(でもな・・)
と言い訳する。
成り行きで始まったような関係だった。話をするようになって、その延長で食事をともにすることが多くなり、お互いの家を行き来するようになると、後は流れに任せるような感じで。
互いに付き合おうと口にしたことはないが、そういう関係だと俺は思ってる。
(だから、次を考えたって――・・)
「これ、気に入った?」
いつの間に風呂から上がったのか、さっぱりした表情のカカシ先生が髪を拭きながら手元を覗き込んでくる。
「あ、いえ、はい」
気に入るも何も。
こういうのは装着する側の好みなんじゃないだろうか。入れられる俺の方にそこまで違いが分かる訳でもなく。
あやふやな返事をすれば、カカシ先生がベッドに腰掛け、まだ汚いままの俺の背中に張り付くと腰に手を廻した。
「イマイチ?」
聞かれた言葉に内心心臓が跳ねた。
(気づかれてたのかな・・・?)
「イルカ先生、中でするのホントはあまり好きじゃないよね」
「そんなこと・・・」
舌打ちしそうになるのを抑える。
(失敗した。)
「オレ、ヘタなのかな・・・」
「そんなことないです。カカシ先生とするのちゃんと気持ちいいですし。・・・ただ俺が慣れてないだけで・・・」
自信無げに呟かれた言葉を必死で否定するが、言えば言うほどうそ臭くなる。
「ホント?キモチイイ?」
「ええ」
「よかった」
ほうっと息を吐いたカカシ先生が後ろからぎゅっと抱きしめてくる。
どこまで信じてもらえただろう。
気持ちいいのは本当だ。カカシ先生が自分がイく前にオレの前を扱いてイかせてくれるから。ただ、中ではそんな感じない。最初の頃ほど痛みはないが、圧迫感が酷くてただ押し潰されるような感覚しか得られない。これに向き不向きがあるとしたら、俺は不向きな方なんだろう。それでも俺の上で気持ちよさそうに体を動かすカカシ先生を見るのは好きだったし、カカシ先生が気持ちよければそれでいいと思う。
「もっと上手くなるように頑張るね」
「カカシ先生・・・」
カカシ先生の気持ちを考えると「別にいいですよ」とは言えなかった。かといって頷くことも出来ず。腰に廻ったカカシ先生の腕に手を重ねると体を預けた。
「イルカ、センセ」
風呂から上がり、ビールを飲みながら一息ついてると、名前を呼ぶちょっと甘い声。
「はい?」
お誘いだ、と思ったけど、そ知らぬ顔でカカシ先生を見れば、四つんばいになってにじり寄ってくるところだった。
「せんせ」
いつもより低い声で耳元を擽ると、持っていたビールを取り上げられた。
「あ、まだ入ってるんですよ」
不服ぶって手を伸ばすと、むすっとしたカカシ先生がビールを煽る。
「あっ、まだ飲――・・んっ!」
カカシ先生がいきなり唇を押し付けるとビールを流し込んできた。咄嗟のことに対応出来ずに咽ながら飲み込むと、飲みきれなかった分が口の端から零れた。カカシ先生がそれを追いかけるように舐め上げる。
「もうっ、風呂入ったばかりなのに」
「また入ればいいじゃないですか」
言外にシた後で、とカカシ先生の視線が物語っている。
「ネ、いこ?」
強請るように手を引かれてベッドに連れて行かれた。俺をベッドに座らせると、急いでカカシ先生が明かりを消しに行く。
まるで俺の気が変わらないうちに、とでも言うように。
ごめんなさい。でもそういう風にされるのが好きなんです。
男相手に手を煩わせて悪いなぁと思うが、好きなものは仕方がない。
「バンザイして」
戻ってきたカカシ先生が急かすのに、せめてもの協力と手を上げると裸に剥かれた。
中を指で弄られるのはキライじゃない。皮膚の薄いところを擦る、むき出しになった神経を触るような感じが、イイ。
後ろを解しながら口でイかされて、気だるく体を横たえているとカカシ先生が体を離した。床に手を伸ばしてポーチを探ると、くしゃっとビニールの小さな音を立てる。
(・・どこに入れてんですか)
少々呆れながらも『R』か『Y』か考える。
別にいいのに、と思うがカカシ先生が気を使って中に入れる時は必ずゴムを付ける。
後でお腹痛くなるから、と言うのかカカシ先生の理由だが、最中にそんな余裕があるのが悔しい。
(もっと、溺れて――)
体を起こすとカカシ先生がちょっと慌てた。
「ゴメン、ちょっと待って」
気不味げに背中を向けると、ぺりっと袋を開ける音がする。その背中に圧し掛かって覗き込むと、カカシ先生がわたわたと手を動かした。
隠したいらしい。いろいろと。
人のはさんざん見てるくせに。
「かしてください」
「え、」
「つけてあげます」
「い、いいです」
「いいから」
背中から手を伸ばしてカカシ先生の手の中からゴムを取り上げると、もう片方の手でカカシ先生を扱いた。取り上げたゴムが白色なのが引っかかったが、いろんな色があるのかもしれない。
(白の表す果物ってなんだ?)
手を動かしながら考えるが、
「・・ぅっ」
と、息を詰めて背中を震わせたカカシ先生にすぐに忘れた。
何時もとは逆の光景にちょっとだけ嗜虐心が湧き上がる。
そのままイかせてやろうと握る手に力を込めると手首を押さえられた。
「や、・・だ・・・ナカがイイ・・。好きじゃないの知ってるけど・・お願い、入れさせて」
カカシ先生が目を細めて懇願する。
(どうしてそんな言い方するんだよ)
心臓が浮き上がるような胸の痛みに唇をきつく閉じた。
(お願いなんかしなくたってカカシ先生の好きにしていいのに。)
――俺が中で感じないことがカカシ先生の負い目になってる。
辛いけど、事実。
(そんなの気にしなくていいのに。)
体の相性の大切さを改めて思った。悪いわけじゃないと思う。でも俺が感じてないことがカカシ先生と俺との繋がりを阻むようで――哀しくなる。
無言のままゴムをカカシ先生の先端に宛がった。丸まったそれを根元に向かって伸ばしながら、カカシ先生の肩口に唇を押し付けた。カカシ先生が応えるように頬に口吻けてくれる。顎を上げてカカシ先生と唇を重ねながらゴムを装着した。しっかりゴムの填まったそれを上下に撫でると、手の中で快楽に震えながら、カカシ先生が戸惑うような声を上げた。
「いるかせ・・・」
「入れてください」
カカシ先生の不安をかき消すように耳元に囁いた。
はっとしたようにカカシ先生が動きを止めたのはほんの一瞬で、嬉しそうに頷くとすぐに押し倒された。その様子にほっとする。足を広げて持ち上げられた。カカシ先生の視線がそこに注がれる。
(とんでもないところを晒している。)
走る羞恥に目を閉じようとして――。
何故、見えてしまったんだろう。
ベッドの端から落ちていくゴムの袋。
それはイチゴでなければ『R』でも『Y』でもなく。黒い別の袋だった。