ぽかぽか
太い前足に顎を置いて、「くふっ」と溜め息を吐いた。隣の檻の前は人が沢山。それに対して、俺の檻の前は誰もいなかった。
「こっちのトラつまんなーい。だって全然動かないんだもん」
俺の檻の前を親子連れが通り過ぎる。
(けっ!悪かったな)
瞼を閉じて顔を背けると、喧噪だけが耳に届いた。
「カカシー! こっち向いてー」
「きゃー、可愛い」
「白くて綺麗ねぇ」
「大きくてカッコイイ!!」
(けっ! けっ! けっ!)
俺だって、ちょっと前まではあんな風に騒がれていた。ライオンのいないこの動物園では、俺が一番強くて格好良い動物だった。子供たちにも人気があったのに、隣の檻にアイツが来てから人気はすべて持って行かれた。
アイツはホワイトタイガーだった。
白い毛並みのトラは珍しく、あっと言う間に木の葉動物園の人気者になった。それにアイツは毛の色だけじゃなく、目の色も左右で水色と赤と違っていて、その珍しさも人気の理由だった。
そんなトラは世界中で一匹しかいない。
アイツを一目見ようと他県からもたくさんの見物客が来て、経営難だった園は潤った。そうなると、アイツの檻の中には木が植えられ芝も敷かれ、大きな池まで出来た。アイツの故郷の風景を模したらしい。
別にそんなものは羨ましくなかった。木の茂ったのが故郷と言われてもピンと来なかったから。俺の故郷はココだ。物心付いた時には、もうこの檻の中に居た。
父ちゃだってココにいる。人間のアスマだ。アスマはまだ俺がヨチヨチとしか歩けない時から傍に居てくれた。だっこして、その温かな腕の中でお乳だって飲ませてくれた。でも、今はピスピスと鼻を鳴らして呼んでも来てくれない。
「イルカ、元気でな」
最後に頭を撫でてくれた大きな手が忘れられない。大人になったって、アスマと一緒に居たかった。
時折アスマは柵越しに俺に会いに来た。姿が見えて、俺はしっぽを立てて走って行った。距離はあったけど姿が見られて嬉しい。
「父ちゃ!父ちゃ!」
ぶんぶんと大きくしっぽを振ると、アスマが手を振った。アスマの隣には人間の女の人が居た。アスマの伴侶だろうか?アスマを盗られるのは悔しいけど、それでもいい。
「俺の母ちゃになって!それで、父ちゃと俺と一緒に居て!」
ピスピスと鼻を鳴らして頼むと、女の人は眉を曇らせた。
「…なんだか寂しそう」
「そうだな。イルカも年頃だから、お嫁さんを探してこないとな」
(…お嫁さん?)
アスマの声に首を傾けた。俺にも伴侶が出来るのかな?
(そしたら父ちゃが傍にいなくても、楽しくなるのかな…?)
少しだけ楽しみになった。
だけど連れて来られたのは、とても気性の荒いトラだった。
「どういうつもりだい!私にこんな小便臭いガキの相手をしろって言うのかい!」
「ひぃぃぃぃ〜っ」
すごい剣幕で怒鳴る雌トラに、俺はしっぽを巻いてトラ舎に逃げ込んだ。怖がってトラ舎から出てこなくなった俺に園の人達は、俺と番いにすることを諦めて、雌トラをどこかに連れ去った。
以来、隣のトラ舎は空きっぱなしだったのに、そこへアイツがやってきた。
ホワイトタイガーのカカシだ。
最初は仲良く出来たらな、と思っていた。カカシは俺と同じ雄だった。雌はもう懲り懲りだ。同じ雄同士なら仲良くなれるかもしれない。
だけど、アイツのトラ舎の中にアスマがいるのを見ると駄目だった。
「どうして?父ちゃ、こっちにも来てよ!」
頭を撫でて欲しくてピスピス鼻を鳴らした。もう抱っこして欲しいなんて思わないから。
「父ちゃ!父ちゃ!」
幾ら呼んでも来てくれない。アイツのトラ舎だけ綺麗にすると、どこかへ行ってしまう。
(……きっと俺は父ちゃに嫌われてしまったのだ)
俺の毛並みは黄色で珍しくもなんともないから。愛想を尽かしてしまったのだろう。それに俺は悪い子だから……。
ある日を境に優しかった園の人が冷たくなった。アスマにじゃれついていたら、いきなりモップで叩かれて、冷たい水を浴びせられた。吃驚して声を上げると、園の人達が引き攣った顔で俺を見た。
「危険だ。隔離しないと」
「イルカは遊んでいただけです!」
アスマが取りなしてくれたけど、翌日から俺は一匹ぼっちになった。アスマは姿を見せなくなって、代わりに別の人がアスマのしていたことをするようになった。トラ舎に入る時は別の柵が用意され、近づけないようにされた。
そんなことをしなくても、近づかないのに。
アスマじゃない人間に近づこうと思わない。それでなくてもモップで叩かれた痛みは忘れていなかった。体よりも心が。
未練がましく柵に鼻先を突っ込んでアスマを探していると、ふんふんとヒゲに息が掛かった。見ると、いつの間にかカカシが近くまで来ていた。
「わっ!な、なんだよ!」
がうっ!と咆哮を上げると、カカシが吃驚した顔で一歩飛び退いた。見物客から悲鳴が上がる。
「わぁ、怖い。やっぱりトラね」
恐怖の眼差しを向けられて、しっぽを下げた。
(また鳴いちゃった。もう鳴かないって決めたのに…)
すごすごとトラ舎へ戻ると、その日は外へ出なかった。
干し草の上で寝そべっていると、カシャンカシャンと鉄の音が聞こえてきた。カカシだ。カカシは暇さえあれば、境界線の檻の傍を歩き回った。
「白いトラさんは黄色いトラさんがダイスキだね!」
子供の声が聞こえてくる。
(そんなわけあるか)
カカシは俺の縄張りを狙っているのだ。その証拠に、俺が朝夕とせっせとマーキングしている檻に体を擦りつけて匂いを消そうとしている。
その檻までが俺の縄張りだという事は、必死に匂いを嗅いでいるから知っているくせに。
(むかつく奴!)
アスマだけじゃなく、縄張りまで俺から盗ろうと言うのか。
「イルカ! ねぇイルカってば!」
馴れ馴れしく名前を呼ばれても一切無視した。カカシのトラ舎から一番遠い所に干し草を集めて寝そべる。そうして、ただ眠るのが俺の日課だ。
「イルカ!」
(うるさい)
あんな奴、どこかへ行けばいいのに。
ある月夜の晩だった。がさごそとやけに隣の檻が騒がしい。片目を開けて隣を見ると、カカシが木に登ろうとしていた。
(……なにやってんだ?)
――こんな夜更けに暇な奴。
呆れて目を閉じようとしたら、カカシが大きく体を揺すって登った枝を揺らした。
本当になにやってんだろう。
疑問に思って目を懲らすと、次の瞬間ぴょい〜んと枝を蹴ったカカシが柵を越えて、俺の檻の中へ入ってきた。
全身の毛がブワッと逆立つ。
「なにやってんだよ!ここは俺の縄張りだぞ!」
カーッと頭に血が上って、カカシに向かって駆けて行った。
「えっ!わっ、あの…!」
狼狽えるカカシに体当たりをすると、前足を上げた。
トラパンチ!トラパンチ!トラパンチ!フック、フック、ジャブ!
ポカスカ殴って、頭を抱えるカカシの耳に噛み付こうとした。すると一転。何故か夜空を見上げている。
「え?」
気付くと四肢が天を向いていた。柔らかい腹を露わにする恐怖に体を戦かせると、そこにカカシが鼻を押し付けた。
(父ちゃ!)
牙を立て、食い破られる恐怖に幼い頃の記憶が蘇った。もう一度アスマに会いたい。硬く目を閉じて最期の瞬間に震えるが、痛みはいつまで経ってもやって来なかった。
「あれ?」
何故と俯くと、カカシがフンフン俺の腹の匂いを嗅いでいた。
「イルカのココ、いー匂い」
ばふばふと鼻息荒く匂いを嗅がれてくすぐったくなった。
(何だ、コイツ。変な奴)
殺す気がないなら起き上がろうとすると、前足で胸を押さえられた。
(なんたる屈辱!)
「おい!やめろよ!」
むか〜っと腹が立って四肢をジタバタさせるが、胸を押さえられているせいで起き上がれなかった。
「おい!やめろってば!やめろよ!……カカシ!」
名前を呼ぶと、カカシは顔を上げて丸い耳をぴくんと揺らした。
「……初めて、名前呼ばれた」
「ふんっ!」
呼ばないようにしてたからな。俺からアスマを奪った奴の名前なんて、悔しくて呼べるか。
「そんなことどうでも良いから、前足退けろよ」
めいっぱい睨み付けて言うが、カカシは何故か頬を染めた。
「ダメ。退けるとイルカ、どっか行っちゃうデショ?」
そう言うと、もう一度俺の腹に鼻を埋める。そしてあろう事か、俺の股間の匂いまで嗅いだ。
すっごい屈辱だ。一方的にそんなことをされて冷静でいられない。
「やめろよ、やめろ!」
ジタバタと足を動かすと、カカシがペロリと俺の生殖器を舐めた。
「ひあっ!」
敏感なところを舐められて、体がビクッと震える。それからペロペロと舌を這わされて、これじゃあいけないと思うのに、体から力が抜けた。ソコを舐められると、ムズムズとおかしな感覚が湧き上がった。
そんなところを誰かに舐められたことなかったから、どうしてそんな風になるのか分からなかった。ただ舌で刺激されるとソコが硬くなった。芯を持って勃ち上がり、いつもは毛で覆われている陰茎がにゅーんと外に伸び出た。そこにカカシの舌が巻き付く。
「わっ!ちょっと…、やめろよ!ひゃぅっ」
それは凄い刺激だった。剥き出しの性器を舐められるのは、直接神経を舐められているようだった。ざらつく舌が薄い皮膚を舐め上げる。それだけで腰がビリビリと震えた。
「あっ…あぅ…っん…」
硬直した性器の先からたらたらと汁が零れるようになると、カカシは先を咥えてちゅっと吸い上げた。そうしながら口の中で舌を動かされると前後不覚になるほど感じた。気持ち良くて堪らない。
「あふっ…んっ…ッあ…」
ひちゃひちゃとカカシが舌を使う音が聞こえる。何か腹の奥から迫り来るものがあった。カカシが吸い上げるところに向かって、甘い波が押し寄せて来る。
「あっ…も、離して…、だめ…なにか、くる…あっ…、だめ…っ」
波が重なり快楽が膨らんだところで、何かが性器の中を走り抜けた。それは甘い痺れとなって体を支配する。
「あぁぁっあぁ…っ」
掠れた啼き声を上げて四肢を突っぱねた。カカシに咥えられた陰茎が熱い液体に包まれたが、それはすぐに舐め取られた。さっき以上に敏感になったソコを舐められて、ヒクヒクと体が震える。
はぁはぁと熱い息を吐いていると、カカシがソコから口を離して胸から前足を退けた。やっと離れたカカシにホッとしたのも束の間、濡れた性器やお尻をペロペロ舐められた。特にお尻を。
「な、なんだよ…?」
しつこいな、と思って後ろ足でカカシの顔を押し退けると、顔を上げたカカシが俺の体を押した。疲れているのにぐいぐい押されて四つん這いになる。
カカシが俺の体をを覆うように立つから屈辱を感じたが、仕方ない。俺は縄張り争いに負けたのだ。
いつか、体がもっと成長したら取り返してやる!
そう決心して、ぐっと屈辱に耐えていたらお尻にぬるっとしたモノが当たった。ぬるぬるとしっぽの下を突く。
(なんだ?)
振り返ろうとすると、はむっとカカシが首筋を噛んだ。本能的な恐怖を感じてじっとすると、ぬるっとしたモノはお尻の窄まりをぐっと押してきた。お尻の穴が広がって、何かが中に入ってくる。
「わ、わわっ…」
吃驚して前に逃げようとしたら背中にカカシの体が乗った。重くて動けなくなっていると、『何か』はどんどん奥に入ってくる。
「ひぁっ…あっ…」
ソレは体の奥を焼くように熱い。
「や、やだ…っ」
本気で逃げようとジタバタしたけど、前足の爪が地面を引っ掻いただけだった。カカシは大きい。俺をすっぽり包んでしまうほど。カカシがこんなに大きなトラだなんて知らなかった。俺だって、随分成長したつもりだったのに…。
喉の奥でう〜う〜唸っていると、お尻にカカシの腰が重なった。
「あぁっ」
圧迫感に大きく喘いだ。位置から察すると、体の中に入っているモノはカカシの性器だ。
「やだ…くるしい…、はなして…」
「ダメだよ。すぐ終わるから、じっとして」
ぐったりしていると、カカシが俺の耳を舐めた。ねろーん、ねろーんと舐められて気持ち良くなる。そんな風にされると、とても懐かしいものを思い出しそうになった。それが何か思い出そうとしていると、動きを止めていたカカシが腰を引いた。
「あっ」
ずるずると抜け出る感触が気持ち悪くて耐えていると、カカシが腰を突き出した。再び入ってくるモノに体の奥を擦られて喘いだ。カカシがソレを繰り返すと、擦れたお尻の中が熱くなった。熱くなると、さっきのようなおかしな感覚が迫ってきた。
(おれ…おかしい…、どうして…?)
変だと思うのに、体が暴走するのを抑えられない。
「あっ、あっ、あっ」
喉から甘えた声が漏れて、触れられていない性器からぽたぽたと汁が零れた。
はっはっとカカシの息が耳に触れる。
「イルカ…」
耳に吹き込まれた熱い息に、ぎゅんと下肢が疼いた。目が潤むほど体が熱くなってクラクラする。
「あっ…あ、…ッんぁ…」
カカシが動く度に甘い波が押し寄せて声を上げた。ぐりぐりとカカシの性器が体の奥を抉ると堪らない気持ちになる。
「あふっ…あつい…カカシ…あついよ…」
「ウン、オレも…」
カカシの動きが速くなって体の奥に火が付いたようになった。忙しい呼吸に口を閉じれなくなって唾液が溢れた。
「あっ!あっ…あぁっ…」
「イルカ…もうイく…」
どこへ?と思ったが聞かなかった。きっと、さっきみたいなのが、またやって来るのだ。俺にも、カカシにも――。
本能的にそう思った時、ぐぅっと腰を差し入れたカカシが動きを止めた。体の奥がじわりと濡れて熱くなる。
「…っ、くぅ…」
抑えられたカカシの声を聞いた時、俺も引き摺られるように前を弾けさせた。
「あぁっ…ぁあっ…」
全身を貫く快楽に体が硬直する。
「あ……はぁ……」
ようやく体の強張りが解けた時、疲れ切って手足を動かす事が出来なかった。ぐったりしていると、俺の中からぬるんとカカシが出ていった。カカシはふんふんとさっきまで繋がっていた所を匂うと舌を使って綺麗にした。他にも濡れた腹を舐めて、綺麗にし終わると俺の横に寝そべった。ねろーん、ねろーんと頭を舐められて意識が遠退いていく。
ねろーん、ねろーん…。
(舐めすぎだよ)
文句を言ってやりたかったが、瞼の上を舐められると眠気の方が勝って意識が途切れた。
「ママー!見てみて、トラさん仲良しだよ!」
「本当ねぇ」
微笑ましいと親子連れが俺達を見ていた。他にも俺達の檻の前は人でいっぱいだ。カメラを向ける人々を尻目に前足に顎を乗せて寝そべっていると、カカシが必死になって俺の毛繕いをしていた。
ねろーん、ねろーん。
「……カカシ、舐めすぎ」
「だって、イルカ美味しいんだもん」
ねろーん、ねろーん……。
飽きることなく、カカシが俺を舐める。
カカシが俺の檻へ侵入を果たした次の朝、トラ舎にいないカカシに園は大騒ぎになった。そして俺のトラ舎で寛ぐカカシに、またもや大騒ぎになった。係員が集まり、カカシを元の檻に戻そうとしたが、カカシは威嚇と咆哮でそれを拒否した。
現在、カカシの住まいは俺のトラ舎だ。俺から離れないカカシに、園はカカシを元の檻に戻すのを諦めた。
以来、ずっと一緒に居る。
俺とカカシの檻の間にあった檻は取り払われて敷地は広くなった。
「あっちの陣地は俺の!」
「ウン、いーよ」
帰らないんだからいいだろうと宣言すると、カカシはあっさり許した。
「……こっちの陣地も俺の」
「いーよ」
カカシは縄張りに興味が無いのか、俺の縄張りも返してくれた。広くなった縄張りに俺はご満悦だ。
くわわ〜と欠伸すると、カカシの前足に頭を載せて目を閉じた。しゃぶしゃぶと俺の耳を舐め始めたカカシがこっそり囁いた。
「イルカ、今日はエッチなことしていーい?」
「駄目ー。満月の夜だけ」
「ちぇー」
カカシの不満げな声にくすりと口許を緩めた。
ぽかぽかとお日様が体に当たって心地良い。
「イルカ、寝ちゃうの?」
カカシの声が遠く聞こえた。答えずにいると、意識を手放す寸前にカカシの息を胸元に感じた。
カカシも眠るんだろうか。
ぽかぽか、ぽかぽか。
寄り添う体がとても温かかった。
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