覚えてない夜 1





 朝、目が醒めて飛び込んできたのは萌葱色のカーテンから透ける光と見知らぬ天井。自宅ではなく誰かの家の布団の中であることにうんざりする。
(・・・またやっちゃった)
 視線を横に向ければ長い髪と剥き出しの肩。恐らく昨夜の相手が背を向けて眠っていた。
 たぶん飲みに出て、隣にいたオンナでも引っ掛けたのだろう。
 こういう事はさして珍しい事でもなかったので、そう結論付けると体を起こした。珍しいのは泊まった方。どんなに酔っていてもいつもなら終わればさっさと帰るというのに。
 ぐるっと辺りを見渡せば、オンナの割に簡素な部屋。部屋を飾るような物は何一つなく観葉植物すらない。開けっ放しの襖の向こうに小さなテーブルが見えた。上にコップが2つと空の酒瓶やつまみが散乱している。ここに来てからも飲んだのだろう。そこからここまで続くように点々とお互いの服が。
(・・・・オレ、サカったのかな・・・)
 脱ぎ散らかした服が覚えていない昨夜の光景を物語っているようでなにやら気恥ずかしい。
 同じ支給服しか落ちてないのに相手が同業者だと知る。が、色を強調するくのいちにしては珍しい。個を隠す支給服を来ているという事は内勤なのだろうか。
(あ、やば)
「ん・・・」
 考えてる間に相手が身じろいだ。寝返りを打つのに起きぬよう気配を消してやり過ごす。起きると厄介な場合があるからその前に帰ろう、と考えて、―――こちらを向いた相手に驚愕した。
(男!?)
 顔つきがどこからどう見ても。傷まである。鼻梁を横切るように線が一本。 (まさか・・ね?)  確認するためぴらっと布団を捲ってみるが、
(・・・ない)
 そこにあるはずのまあるい胸が。柔らかくくびれた細い腰が。
 代わりにあるのは広い胸板とどっしりした腰。そしてそこには花びらを散らしたように赤い痕が無数に・・・。
(あれはオレが付けたの!?)
 頭を抱えるが思い出せない。
(なんてことだ)
 はっとして腰を押さえるが、痛みがないのが不幸中の幸い。
(よ、酔っ払ってただ寝てただけ・・とか)
 互いにすっぱだかのくせに往生際の悪いことを考える。息子を確認すれば普段と変わりないが、太腿に乾いた白濁。シーツを撫ぜれば湿っている。とても一人分とは思えないほどには。
(あ〜〜〜!なんてことだっ!)
 頭の中で絶叫して、はた、と気付いた。
(帰らないと)
 相手が起きる前に。オレはホモじゃない。起きて迫られでもしたら困る。万が一、迫られてもぶっ飛ばすだけだが・・・・と、とにかく、相手が起きる前に―――と視線を向けて固まった。目が合った。いつの間に起きたのか、黒く潤んだ瞳がまっすぐにこっちを見ている。
(マズイ)
 こういう時、オンナだったら反応は大きく分けて2つ。
 ――もう一戦望まれるか、責任取れと迫られるか。
(どっちだ?)
 どちらもお断りの方向で対策を立てるが要らぬ心配だった。
「おはよー」
「・・・・ドーモ」
 寝ぼけた様な掠れた声に辛うじてそれだけ返せば、にっと目が細められて、黒い瞳は瞼に隠れた。ぎゅっと目を閉じて腕を伸ばし、うーんと大きく伸びをする。大きな手としっかり筋肉の付いた腕が露になる。
「はぁー・・・フロ入ろ」
 男は再びうつぶせになると手だけ伸ばして床に落ちた服を探った。その動きに合わせてシーツが引っ張られ流れて股間が露になりそうになって慌てて押さえた。
「あ・・れ・・・俺のどれだろ」
 腕が動くたびに背中の筋肉が動くのをどこか遠いものでも見るように見ていると、
「アンタ、今日仕事は?」
「え・・あ・・ないけど」
「そ。じゃあいっか」
 がばっと起き上がって、すっぽんぽんのままベッドから抜け出すと床に散らばった服を掻き集め出した。咄嗟に視線を逸らしたが、さっとその体の上に視線を走らせれば、動き回る足の間には同じモノがついている。おまけに到底本人には付けることが出来ないような際どいところに歯型まで・・・。
(アレもオレがつけたの・・・?)
 とほほーな気分で項垂れていると、男は着替えを出すと風呂に入ってしまった。洗濯機の回る音が聞こえてくる。
 ぱしゃぱしゃとタイルを叩く水音を確認して、改めて布団を捲って見れば男が寝ていたところに僅かな血痕が残っていた。オレに怪我はない。
(挿れたのかなぁ)
 どうにも思い出せない。よくよく考えれば昨夜一人で街に出て飯を食いに行ったのを思い出した。よく行く居酒屋に入った。そこであの男と会ったのだろうか?  会ったっけ・・・・・?  んー・・・・・・・?
「う〜あ〜・・・」
 どうにも思い出せない。考え出すと居酒屋で飯を食った辺りから靄が掛かって白い煙の中に記憶が消えていく。
「・・・二日酔い?」
「わあ!!」
 両手で頭を抱えて首を捻っていたところに突然声を掛けられて飛び上がった。
(い、いつの間に)
 気付けなかった。他人の気配には敏感過ぎるほどだから尚更驚いた。
「二日酔い?」
「あ、いや」
 うろたえていると同じことを聞かれて首を振れば、「そ。」とだけ言って踵を返した。口癖だろうか。
(って、どーでもいいじゃん。そんなこと)
 男は濡れた髪を頭の天辺で一纏めにしパーカーにジーンズというラフな格好で箪笥の引き出しを開けた。ぽいぽいっとスウェットとタオルを放ってくる。
「フロ、入ってけば?」
「あぁ、・・・ドーモ」
「突き当たり右」
「はぁ・・・」
 与えられた服を抱え込んで風呂場へ避難した。

 熱めの設定にしたシャワーを頭から浴びた。少しでもすっきりしたい。寝ているときは何とも思わなかったがこうして立っていると腰がだるい。セックスの後の特有のだるさ。そのくせすっきり軽くて―――吐き出したんだなぁと認識させられる。
 あの男相手に。
 でかい男だった。身長はオレと同じぐらい。
(よく組み敷けたなぁ)
 ・・・ってことは同意の上?男の体に抵抗して受けたような傷は無かった。
(そっちのヒトか)
「はぁ〜・・・それにしても」
(よく勃ったな、オマエ。)
 どこから見ても「男」な相手に欲情したのが不思議だ。しかも相手の体に残っていた痕に、相当執着したことが伺える。
(そんなに溜まってたっけ?)
 相手には不自由してないんだけど。
 とりあえずソコは念入りに洗っておいた。


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