"あの時" 3
「それじゃあ、またね」
これから二件目へと向かう紅達と店の前で別れて手を振った。
まだ人通りの多い商店街を抜けて家路に着く。
結局可愛いという言葉は紅の口からしか聞けなかったが満足だった。
イルカ先生の人柄の良さは伝わっただろうし、考えてみればイルカ先生の可愛さはオレだけが知っていればいいことだ。
周りにも知れ渡ると獲られやしないかと心配になってしまう。
ごきげんでイルカ先生の後をついて歩いて、人通りが無くなったところでイルカ先生の隣に並んだ。「イルカセンセ」
手を繋ぎたくてイルカ先生の指先を握る。
ぱっと振り払われて首を傾げた。「イルカ先生、もう誰もいないよ。手を繋いでもいーい?」
「‥‥」
「イルカセンセ?」じっと横顔を見ていると、イルカ先生の歩調が早くなった。
オレも早く歩いてイルカ先生の手を握る。
ばっと鋭く振るわれて、手が離れた。
吃驚しすぎて足が止まった。
周りを気にして、とかじゃない。
オレが拒絶されているのに気付いて胸が痛くなった。
呆然としているオレを置いて、イルカ先生はずんずん歩いて行く。「待って‥!」
前に回ると、立ち止まったイルカ先生が顔を背けた。
「‥怒ってるの?」
「‥‥カカシ先生、今日は自分の家に帰ってもらえますか」
「どうして‥?理由を言って?」
「‥‥」
「ねぇ‥!」
「判らないのなら、もういいです」ふいっとオレを避けるイルカ先生に心臓が冷たくなった。
過去に何度も「もういい」って言われたことがある。
理由も言わずに告げられるそれは、大抵が『さよなら』の代わりだった。
つまり、――用無し、用済み。どうして‥?
オレは誰よりもずっとイルカ先生を大事にしてきた。
嫌われないように、いつも気に掛けて愛しんできた。
原因が思い当たらなくて混乱する。いつから怒っていたのだろう?
店を出るときは笑ってた。
食事中も楽しそうだった。
いくら遡っても判らない。「イルカ先生、ごめんなさい。判らないです。ちゃんと教えて。オレ、直すようにするから‥。イルカ先生、お願い」
急いで歩くイルカ先生を追いかける。
振り払われるのが怖くて、体に触れる事が出来なかった。
頭の中が理由を考える事も出来ないほど千路に乱れる。
ただ、もう一度止まってオレを見て欲しくて――「イルカ先生ゴメンなさい。許して――」
「うるさいっ!ついて来るな!アンタとはもう別れる!‥あっ!!」気が付いたら、振りほどけないほどきつくイルカ先生の手首を掴んでいた。 イルカ先生が痛みと苛立ちで強くオレを睨みつける。
何をしようとしているのか――、自分でも止める事が出来なかった。
引き摺るようにイルカ先生を路地に連れ込み壁に押さえ付ける。
足元に屈みこむとベルトに手を掛けた。「ちょっと‥!なにするんですかっ!?」
頭上から苛立った声がして、ベルトを外そうとしていた手を捕まれる。
その手を振り払ってベルトを引き抜くと、ズボンのボタンを外してファスナーを下ろした。「止めて下さい!!」
身を捩って逃げようとしたイルカ先生の腕を引いて壁に押し付けた。
「このっ‥!」
怒りに任せて振り上げられた拳をじっと見つめた。
オレを殴りつけて気が済むのなら、殴って欲しい。
だけどイルカ先生の手は持ち上がったまま、落りてこなかった。
悔しさに潤んだ目で地面を睨み付けている。「‥‥」
イルカ先生のパンツのウエストを下げて、顔をうずめた。
体からはまだふわりと石鹸の香りがして、出かける前の光景が蘇る。
濡れたイルカ先生の背中を拭った。
髪を結うと恐る恐る手で触れて、照れたように笑った。
手を引っ張り上げた時の楽しそうな笑顔。
そのどれもがオレの心を切り裂いて苦しくした。「っ!やめ‥っ、こんなところで――」
ぎしっと音がしそうなほど強く髪を引っ張られた。
痛みが走り、ぶちぶちと髪の抜ける感触がしたが、強引に顔を戻して萎えた性器を引っ張り出した。
大事なところが外気に触れてイルカ先生がいっそう激しく暴れ出した。
腰を壁に押し付けると先端から含んだ性器を根元まで飲み込んだ。
柔らかな性器をちゅくちゅくと吸い上げ、先端に舌を擦り付ける。
そうしている内に萎えていた性器が張り詰め、ぐんと伸び上がった。
勃ち上がった性器を口の中から引き抜くと、ひちゃひちゃ舐める。
根元を手で支え、裏筋に舌を這わせた。「‥っ、‥く!」
初めてイルカ先生にこれをした時のことを思い出そうとしたけど出来なかった。
心が虚ろになって何も浮かんで来ない。
イルカ先生は逃げ場を失った動物のように体を壁に押し付け、歯を食いしばっていた。
オレを見まいと固く目蓋を閉じる。
もう一度、張り詰めた性器を口の中に収めると頭を上下させた。「〜っ!‥ぅ、‥っく!」
じゅぶじゅぶと音を立てながらフェラチオをしているとイルカ先生の膝が震えた。
噛み締めていた唇を手で塞ぎ喘ぎ、声を洩らすまいとしている。
指の隙間から漏れるせわしない呼吸や上気した頬にオレの体は反応した。
心は冷たく冷めているのに股間だけ熱く滾る。
双玉を柔らかく揉みながら、頭を早く動かして射精を促した。
堪えようとするイルカ先生の手がオレの肩を強く握る。「も、‥やめ‥‥」
イルカ先生の限界を感じて、口の奥深くまで昂ぶりを含むと強く吸い上げた。
「‥っっ!!‥‥!!‥っ!!」
びくびくっと大きく震えたイルカ先生が口の中に精液を吐き出した。
一度に収まらず、二度三度と吐き出されるソレを一滴余さず飲み込んだ。
何も出なくなるのを待って、鈴口をちうっと吸い上げた。
ひくっとイルカ先生の腰が振るえ、もう出てこないのを確認すると口から出して舌を這わした。 残った白濁を舐め取り、綺麗になるとパンツの中に戻してズボンを元通りにした。
ベルトを締めて、イルカ先生を見上げる。「‥イルカ先生、どうか許してください」
イルカ先生は答えず、荒い息を繰り返した。
「イルカセンセ‥」
お腹に顔を埋めて懇願する。
ぎゅうぅと抱き付くと、イルカ先生の体がゆっくり崩れ落ちた。
罵りでも何でもいいから言って欲しい。
オレに弁解する余地を与えて欲しかった。「――ったく、アナタって人は‥‥」
呆れた声が聞こえた。
顔を上げると、苦虫を噛み潰したような顔でイルカ先生がオレを見ていた。「信じられない‥!こんな所で、あんなことするなんて‥」
イルカ先生の声がジンと体に染み入る。
俺には判った。
まだ怒ってるけど、怒ってない。
さっきまであったイルカ先生の怒りが消えていた。「イルカ先生、許してくれるの?」
「怒れないでしょーが。あれだけ――」イルカ先生の話はまだ続いているみたいだったけど、しがみ付くのに必死で聞こえなかった。
「イルカセンセ‥イルカセンセ‥」
「聞いているんですか!」ぽふぽふと頭を叩かれる。
「‥うんっ!うんっ!」
はあっと盛大な溜息が耳の横で聞こえた。
頭の上に置かれた手が温かかった。「帰りますよ」
「え、オレも行っていいの?」
「‥アンタの硬くなってるコレはどうするんですか?」ぎゅうっと股間を握られて総毛立った。
痛みと快感が全身を駆け抜ける。「イ、イルカセンセッ!」
くすっと笑ったイルカ先生が、「帰りますよ」ともう一度言った。
家に帰り着くと慌しく仲直りのセックスをして、ベッドに沈み込んだ。
次の日、どうしてあんなに怒ったのか理由を聞いた。
イルカ先生曰く、恥ずかしかったそうだ。
オレにみんなの前で可愛いと連呼されたことと、二人だけの時のことがばれてしまったことが。「知らない女の人の前で、カカシ先生俺のこと可愛い可愛いって‥。俺、すっごく恥ずかしかったんですからね!!」
正直、なにがそんなに恥ずかしいのかオレには判らなかったが、イルカ先生の機嫌を損ねる方が怖かったので素直に謝った。
「もう二度と俺のこと可愛いって言ったら駄目ですよ」
えっ!?と思ったけど、きつく射竦められて口答え出来なかった。
「ほら、カカシ先生また言った!」
「え〜、言ってないよ」
「言いましたよ、今!俺のこと可愛いって!」
「言ってないって」
「言いましたって。その無意識なのどうにかなりませんか」困り果てたように言われて、ぎゅぎゅっと眉間に皺が寄った。
断じて言ってない。
言ってないのに言ってるとイルカ先生は指摘する。
一日に何度も指摘されて、ちょっと疲れた。
せめて外だけにしてくれたらいいのに、家で言うと外でも言うからと禁止された。
大体『可愛い』は、『先生』と一緒でイルカに付属する言葉じゃないか。「むぅ〜〜〜」
オレは考えた。
これはもう言葉を置き換えるしかない。
ぽろっと出てもイルカ先生が困らない、『可愛い』に換わる良い言葉を。可愛い‥可愛い‥
この、イルカ先生を可愛いと思うときに湧き上がる、切なくて愛しい気持ちをなんと言い換えればいいのだろう。
「あ」
愛しいはどうだろう?
「‥‥」
悪くは無いが、どこか物足りない気がする。
もっと、この、狂おしい気持ちも表現したい。愛しい‥苦しいぐらい‥
「あっ」
これだ!
「イルカ先生、可愛いはやめて、愛くるしいって言うようにします!!それならいいデショ?」
ぽんと手を打ってイルカ先生を見つめた。
オレってすごく賢い。
とても名案だと思ったのに、――何故か‥、あれ?「アンタ、そんなに俺に恥を掻かせたいのか」
怒ったイルカ先生に、むぎぎぎーっと引き千切れそうなほどほっぺを引っ張られた。
← end