水たまり 7
零れ落ちる涙をカカシの唇が吸い取った。
目を開けてとカカシが優しく微笑んだ。
意地悪なところがない、春のような微笑にまたじわりと視界が潤む。
嘘じゃない。
本当にカカシに想われていた。
いつまでも泣き続ける俺にカカシが笑う。
頬から滑り落ちた唇が上唇と下唇を交互に啄ばんで俺を蕩けさせた。
気持ち良い。
重なる唇も体を包むカカシの体温も。
軽く触れてくるだけの唇に唇を押し付けると、カカシが僅かに身を引いた。
吃驚したように見つめられて恥ずかしい。
俺がこんなことをするのは変だったかと、寝返りを打とうとすると強い力で抱きしめられた。
身動きひとつ出来ない腕の中で深く口付けられる。「ふ・・っ、んっ、・・ぅん・・」
絡まる舌の熱さと、くちゅ、ちゅくと淫猥な水音に体温が上がっていく。
カカシの手が体を撫ぜて、抱こうとする気配を感じ取った。それでもいい。
カカシの熱を体の中に感じてこの瞬間が現実だと信じたかった。
背中に腕を回して体を寄せる。
カカシの手が下がって、ソコに触れられる瞬間を思って胸を震わせていると、「ぎゃっ!」
焼けつくような痛みに全身を硬直させた。
「い、いたい・・」
「あ。」飛び起きたカカシが布団を剥いで俺の下肢を覗き込む。
明るい所でまじまじと見られても恥ずかしいどころではなかった。
大事なところが赤く腫れている。
カカシがベッドから抜け出て裸の背中が遠ざかった。「あ・・」
心細さに涙が落ちた。
こんな状態で一人にしないで欲しい。
だけどカカシはすぐに戻ってきて、手にした小さな丸いケースの蓋を開いた。「この薬、麻酔が入ってるから楽になるよ」
縋る思いで手を伸ばすと薬が遠ざかった。
「ダーメ。オレがするの」
「じ、自分でします・・っ!」いくらなんでも恥ずかしい。
晒しっぱなしの股間を布団で隠した。
「っっ!」
性器が布団に擦れて火を噴く。
「あー・・ホラ、早く塗らないともっと痛いよ」
「なんで・・?なんでこんなことに・・」
「覚えてないの?」カカシがきょとんと首を傾げた。
「イルカ先生が「もっとシて」って言うからたくさんシたじゃない。口でだって、いっぱいシたのに」
卑猥な手の動きに視界を閉ざした。
「わー!わー!わー!言いません!そんなこと!!」
「もぉ、しょうがないな。今度からは記憶なくすほど飲んだらダメだよ?」困ったように注意して、あっさり俺から布団を奪い取った。
「わあっ!」
「すぐ済むから」冷たい手が性器を掴んで薬を塗りつける。
あまりの冷たさに体が跳ねたけど、自分の熱い手で触るよりは遥かに楽に思えた。
塗ったところから痛みが引いていく。
ふいにカカシがくすりと笑った。「とってあげようか?」
「・・とる?」
「ココ。取ったら痛いの無くなるかな?」恐ろしいことを言うカカシにきゅうっとソコが縮こまった。
くくくと肩を震わせてカカシが楽しげに笑う。「ウソウソ、取ったりしなーいよ。こんなにかわいーのに」
「・・・・かわいい言うな」口を尖らせるが、愛しげに撫ぜられてそれ以上何も言えなくなった。
今日のカカシは変だ。
それに昨日は記憶を無くすほど飲んで無かったのに。
でも実際記憶が残ってないところをみると、思ったよりたくさん飲んだのかもしれない。
どちらにしろ覚えてないかぎりカカシに反論しようがなかった。「ところで、どうして泣いてたの?」
「え?」
「昨日、帰って来た時泣いてたデショ」
「そう・・でしたっけ?」忘れてない。
忘れてないけど咄嗟にシラを切った。
同僚に襲われそうになったなんて言えない。「俺、泣き上戸だから、それでかな・・?ははっ」
乾いた笑い声を上げるとカカシが「ふーん」と相槌を打った。
心なしか俺を見る目が冷たい気がする。
おろおろ視線を彷徨わせているとカカシがベッドから降りた。
薬を片付け、服を着る。
背中を見つめていると、「・・・・」
「え?」聞き返してもカカシは何も言わなかった。
――おあいこ。
そう聞こえた気がするけど、話が繋がらないからきっと聞き間違えだろう。
それから俺は3日間仕事を休んだ。
パンツが履けなくて仕事に行けなかったなんて口が裂けても誰にも言えない。
久しぶりに出勤すると、隣に座った同僚が小声で謝ってきた。
「イルカ、この前はゴメンな。俺どうかしてた。焦ってイルカの気持ちも考えないで。その・・、俺のこと嫌わないでくれよな。友達でもいいから、・・その・・」
「うん、わかってる。なんとも思ってないから!」気にするなってつもりで笑顔を見せると、同僚も複雑な顔で笑い返した。
上手く笑えなかったかもしれない。
なんとなく気まずい雰囲気で座っていると、カカシが来た。
姿を見て心臓が跳ねる。
カカシを見ると無条件に嬉しくなるから困りもんだ。
鼓動が俺を囃し立て、平常心を奪う。「お疲れ様です!」
「うん、これお願い」
「はい」こんなやり取りでさえ頬が火照る。
それを隠すように書類を睨んでいると、カカシが書類を引っ張った。「今日一緒に帰れる?」
甘い声でこそっと聞いてくる。
かあっと赤くなり、うなずくと隣から視線が突き刺さった。
信じられないと顔に書いてある。
はっとしてカカシから離れるが視線が痛い。
この前カカシとは付き合ってないって言ったばかりなのに。
じっと見つめてくる視線に体を小さくしていると、視線の端で影が揺らいだ。
咄嗟に手を伸ばして崩れ落ちようとする体を受け止めた。「おいっ、大丈夫か!?」
突然同僚が倒れて、受付所は騒然となった。
「なに?どうしたの?」
「分かりません。おいっ、おいっ」ぺちぺちと頬を叩いてみても、青白い顔をして気絶した同僚は目を開けない。
「イルカセンセ、オレが医務室に連れて行ってあげるよ」
さっとカウンターを回るとカカシが同僚を担ぎ上げた。
「すいません」
「ううん、イルカ先生はお仕事してて」にっこり笑うと同僚を連れ去る。
あまりの手際の良さにあっけに取られた。
でもおかげで同僚は早く医療忍に見てもらうことが出来る。カカシってなんていい人なんだろう。
俺の中でがカカシの株が上がったのは言うまでも無い。
それから体調不良で入院した同僚は、退院後遠方任務に志願して里を出たと別の同僚から聞いた。
もう俺とは一緒に仕事をしたくなかったのかもしれない。
お別れを言う暇も無く、あっという間の出来事だった。
冷蔵庫から魚を出して塩を振った。
カカシが帰ってくるのは夜だから今から準備すれば丁度いい。
ご飯のスイッチを入れて、鍋に煮干を入れているとカンとアパートの階段が鳴って心臓が跳ねた。
カカシが帰ってきた。
カンカンと続く足音にエプロンで塗れた手を拭って玄関を覗いた。
程なくドアが開いてカカシが入ってくる。「おかえりなさい!早かったんですね」
「ん、ただーいま。はあー、疲れちゃった」サンダルを脱ぎ、額宛を外しながら廊下を歩いて来る。
ばさっと落ちた前髪が顔を隠して、そのかっこ良さにドキドキした。「ご飯まだですから、先にお風呂どうぞ」
台所に引っ込んで、コンロに火を点けようとしたところで体が浮いた。
「うわあっ!カカシさん!?ちょっと!」
腰を抱かれ、足をじたばたさせながら居間を通り抜けベッドの上に下ろされた。
起き上がろうとしたところを戻されてベルトを緩められる。「ま、待って!」
「ダメ、待てない。おねがいさせて。3日ぶりでタマってるの」
「でも、ご飯作ってたのに・・」
「まだ出来てないデショ?出来た後にするとイルカ先生怒るから急いで帰ってきた」嬉しそうに告げられて抵抗が緩む。
ちゃんと俺の言ったことを聞いてくれている。
前に食事時に手を出そうとして、こっぴどく怒ってからは手を出さなくなっていた。
おかげで温かいご飯は温かいまま食べてくれる。
ごそごそと足首までズボンを下ろすと膝の間から頭を潜らせ両足を肩に乗せた。「あっ、でもお風呂だってまだー―」
「ゴム付けるから」
「俺がまだだって言ってるんです!」
「いーよ。そんなの」
「よくない!あっ――」ぱくっと先端を咥えられて腰から力が抜けた。
だから駄目だといったのに――。
押しのけようとしてもカカシがすっぽんのように吸いついて離れない。
じゅわっと溶けるように先端が熱くなって、それが根元へと伝わる。
逃げようにもズボンが足枷になって上手く動けなかった。
じゅっじゅっと音を立てて頭を動かされて、瞬く間に快楽に堕ちた。
カカシが3日ぶりなら俺だって3日ぶりだ。
抗えるワケが無かった。
ぐったりと腕の中でまどろんでいるとカカシが髪や頬を撫ぜた。
ちゅっと戯れるように肩や腕を啄ばまれると、敏感になった体が勝手に跳ねる。
恥ずかしさに布団の中に隠れようとすると、カカシが体を引き寄せた。
顔をカカシの胸に埋めて視線から逃れる。
汗の匂いに舌を伸ばすと、カカシがくすぐったそうに笑った。「イルカって可愛い。もったいないことしたな。最初からやさしくしてたら、もっと早く今のイルカに会えてたのに」
いかにも残念って感じで言われて口を尖らせた。
俺だってなにも好んで反発してたワケじゃない。
思い出すと、今でも胸が曇る蟠りをカカシにぶつけた。「そんなの、カカシさんが無理矢理するからいけないんじゃないですか・・」
「そりゃあ、ちょっと強引だったけど・・」
「強引!?ああいうのは強姦って言うんです!」
「・・ぐっ、でもイルカだってあの時シてもいーなって思ってたデショ?キスしたときに雰囲気で判ったよ。イケそうって思ったのに逃げられたら力だって入るよ」
「そ、そこまで思ってません!確かに触れられてもいいかなって思ったけど、いきなり最後までなんて――」
言い訳のように言うとカカシがぽかんとした。
「・・・イルカって、モテないデショ」
「なっ・・!そんなことありません!告白だってされたことあるし、ちゃんとお付き合いしたこともあります!」
「ふーん。それってくのいち?」
「はい」
「じゃあ長く続かなかったんじゃない?すぐフラれたんデショ」
「な・・な・・」どうしてカカシにそんなことが判るんだ?
誰にも言ってない、俺の密かな悩みを言い当てられて怯んだ。そうなのだ。
すぐにフラれる。
どんなに誠意を尽くしても、もう付き合えないと去っていくのだ。どうして?どうしてだ?
その答えをカカシに求めるのは嫌だった。
疑問ではなく決め付けいるのが気に障る。「そ、そんなことありません」
「ホントに?エッチまでいかないんじゃない?」
「そ、そ、そ、そんなこと・・っ、・・そうだけど、でもそんな大事なこと、簡単に出来ません!」裏返った声で絶叫すると、カカシが「そりゃ、フラれるよ」と呆れたように言った。
「なんでですか!?」
「考えてみてよ。相手はくのいちだよ?男知り尽くしてるのにそんな勿体ぶられても」
「勿体ぶってません!例えくのいちでもお付き合いするなら大事にしたいってじゃないですか!」
「甘い!甘いよ。誰もそんなこと望んでない。付き合うってなったんならすぐに手を出してあげないと可哀想じゃない」
「どうしてですか・・」
「里にいれる間なんてしれてるのに。次にいつ任務に借り出されるか分からないのに、悠長なことしてたら何も始まらないままさよならじゃない」
「で、でも・・っ」
「大体、そんなに時間掛けて、はいエッチってなった時に、体の相性が合わなかったらどうするの?こういうのは早期発見で早めに白黒つけた方がお互いのために良いの」
「そんなことないです!お互い好きになったら、ちょっとぐらい合わなくたってなんとか――」
「ならないよ。快楽を知ってる体が我慢出来るワケないじゃない。イルカだってそうでしょ?オレがちょっと焦らすと嫌がるじゃない。あれがずっと続くんだよ?我慢出来るの?」
「あ・・、う・・」問われて返事が出来なかった。
確かにカカシに焦らされるのは凄く嫌だ。
それがずっと続くなんて――。「・・・・」
「ね?」
「そん・・そんなの・・」
「出来るって言うの?」負け惜しみでも否定したかったが、カカシの目が冷たく光って首を横に振った。
「そう、良かった。出来るって言われたらどうしようかと思った」
にっこり笑うと話は終わりとばかりに猫のように首筋にじゃれついてきた。
出来ると言ったらどうなってたんだろう?
答えを聞くのが怖かった。
「体の相性って大事なんだーよ。相手を縛り付けるぐらいに・・。ねぇ、イルカ。もうオレなしじゃいられないって判ってる?」
幸せそうに囁いたカカシが上に乗って唇を啄ばみ始めた。
押し付けられる下肢が熱を持って、もう一度と強請られる。
再び上がっていく体温に目を閉じようとして、ふと疑問が沸いた。「縛り付けたかったんですか?」
「え?」
「最初。俺に無理矢理したのって、俺のこと縛り付けたかったんですか?俺が快楽を覚えるまで抱いて、離れないようにしたかったんですか?それってその時には俺のこと好きだったってことですか?」あんぐりと口を開いたカカシの頬がじんわり赤く染まった。
それはみるみる首筋から全身へ広がり、カカシは俺の胸へぱたっと顔を伏せた。
真っ赤に染まった耳が俺の言ったことを肯定している。
初めて本気で照れているカカシを見て、俺まで恥ずかしくなってきた。なんだよ、それ!それなら早く気づけよ!
だったらあの時、もうちょっとやりようがあっただろうに。
「カカシさん」
頭に手を置くと、びくっとカカシの体が跳ねた。
それから意地でも顔を上げるかとでも言うように、ぎゅっと頭を押し付けてくる。
呆れながらも子供みたいな仕草が可笑しくて、わさわさ髪を撫ぜた。
心の中から欠片のように残っていた蟠りが流されていく。
好きでしたことならいい。
俺はカカシに愛されたかったから、心の無いセックスをされたんじゃなければいい。
軽くなった心で赤く染まったカカシの耳を撫ぜる。
案外不器用なカカシが愛しくて、頭を抱え込むとその耳に好きと吹き込んだ。
← end