水たまり 1





香ばしく焼けた魚を皿に盛って卓袱台に運ぶと足元に小瓶が転がってきた。
それはベストを脱いだカカシから転がって来たに違いなく、拾い上げて中身を傾けるとトロリと重い液体が動いた。
見覚えのある形状。
だけど使うには少なすぎる。
なんだ?と首を傾げると、さっと手の中の物が無くなった。

「・・なんですか、それ」
「なんだと思う?」

口の端を上げる嫌な笑い方に、聞くんじゃなかったと後悔する。
どうせロクなもんじゃない。
ヘンなことをされては敵わないと顔を背けると、くすりと笑われた。

「ざーんねん。コレ、イルカ先生に、じゃないよ」
「誰もそんなこと言ってないじゃないですか!」
「明日からオレ、任務で遊郭入りするから」
「え」
「だ・か・ら・媚薬vコレで花魁の口を割らせるんだって」

楽しげに小瓶を振ってみせる姿にムカついた。
動揺した姿なんて見せたくなくて、「そうですか」とだけ言って台所に戻ると、何食わぬ顔で冷蔵庫からサラダを出して運んだ。

「なんでもねぇ、どこぞの偉い大名を相手にしてるコなんだって。なんでもいいからしゃべらせて情報を集めて来いって薬部が持たせてくれたんだケド・・。いくら口が堅くてもこんなの必要ないのーに。ねぇ?」

知ってるデショ?とばかりに伸びてきた手を交わし損ねて、持っていたサラダを落っことした。

「あっ」

首筋から胸を掠めて下腹へと手を這わされ体に甘い痺れが走る。
腕を引かれて畳の上に散らばったレタスやトマトを踏みつけた。
胸に強い哀しみが過ぎる。

「やめろっ、はなせ!」
「明日っからしばらくの間出来なくなるんだから、付き合ってくれてもいーデショ」

乱暴にベッドに突き飛ばされて仰向けに転がった。
慌てて起き上がろうとすると腹の上に乗られて押さえつけられる。
細長い指が口布を引き降ろして顔を露にした。
上から見下ろす端正な顔を睨みつける。
ああ、そうだろうよ。
その顔で、落とせない相手なんていないだろう。
おまけに床では右に出る者はいないときてる。
ノーマルだった俺を力ずくでモノにして、善がらせるほどのテクニックを持ってるんだから媚薬なんて必要ない。



「あっ、あっ・・、ふぅっ・・、はぁっ、あっ・・」
「ねぇ、イイの?泣くほどイイ?」

絶えず体の中を行き来する熱に快楽が込み上げた。
快感の波の間隔が短くなって、あともう少しで開放される。

「イイの?」

答えずにいると動きを止められた。
あっと口から漏れそうになった悲鳴を奥歯で噛み殺す。
死んでも強請りたくなかった。
射精間近の体がさっきまでの刺激を求めて荒れ狂う。
耐え切れない体の欲求に歯をガチガチ鳴らしていると、溜息と共にカカシが動きを再開させた。

「ごーじょー・・」

聞こえてきた言葉に顔を背けると、シーツを掴んでいた手を外されてカカシの背に回された。
ぬっくぬっくともどかしい動きで中を突き上げられて体が焦れる。
さっきの刺激が欲しくてカカシの背中に爪を立てた。
渦巻く苛立ちは欲望からか嫉妬からか――。
後者の方はすぐに打ち消し、頭から追い出した。

「ねぇ・・、イヤ?」
「・・・?」
「オレが遊郭に行くの、イヤ?」

揺さぶられながら、窺うようなカカシの視線にピンときた。
ワザとだ。
する必要のない遊郭の話をする為に、俺の反応を見るために、ワザと小瓶を転がしたのだ。
でないとカカシほどの忍びが、任務で使うようなものを落としたりしない。
しばらく逡巡してから口を開いた。

「任務なんだから、好きにすれば、いいじゃないですか」
「・・あっそ」

上半身を倒して体を密着させ、荒々しく突き上げてくるカカシに声を上げながら背中にしがみ付いた。

「あっ、あっ、あぁっ、あぅ、あっ・・」

体の中で高まっていく熱が大きくうねり始める。
カカシの熱に飲み込まれて、目の奥で光が弾けた。




ベッドの上でぼーっとしていると、すっかり身なりを整えたカカシが居間から戻ってきた。

「・・ゴハン冷めちゃったね。起きれる?」

親切ごかして差し伸べられた手を撥ね除けた。
いつものことだ。
帰る時間に合わせて作ったご飯を熱いまま食べてくれたことなんてない。
カカシの帰宅に合わせて魚を焼き、サラダを冷やす自分がいい加減滑稽だった。
俺ばっかり好きで、ちっとも気持ちが報われることがない。
どこで間違えてしまったのだろう。
とても好きなはずのに、すれ違ったまま時が流れていく。
体を繋げてから数ヶ月、平行した別々の道をカカシを見ながら歩いているようだった。
このままでは道は一生重なることがないと本能が告げてくる。
だけどそれをどう修復していいのか、見当がつかなくて途方にくれる。
どこから間違えてしまったのだろう。
そもそもカカシは体ばっかりだ。
あの時無理やりする必要があったのか。
体はもっと気持ちが繋がってから繋ぐもんじゃないのか。
それでも最初に体を繋げてしまった俺は、カカシに情が移ってしまった。
馬鹿な俺の感覚が快楽を愛しさと間違える。
今となっては抱かれる度に愛しさが増すのだけれど――。
きっと俺はとんでもなく快楽に弱いに違いない。
だからカカシに気持ちを伝えようとは思わない。
花魁でもなんでも、抱きたきゃ抱けばいい。
背を向けて寝ようとすると、布団の中に入ってきたカカシが俺の背中に覆いかぶさった。

「もう寝る?お腹空いてないの?」

お腹が空いてるとしたらカカシの方だろう。
俺は作りながら味見をしたからそれほど腹は減ってない。

「・・・・」

わざわざ卓袱台を見に行ったくせに――。

そのまま寝そうなカカシに起き上がると、ベッドの下の服を拾い上げた。
嬉しそうについてくるカカシに悪びれたところはない。
悪いとも思っていないのだろう。
きっとカカシはカカシなりに俺のことを好きだ。
そのぐらいは見ていれば分かる。
ただそれは、俺が望むような好きではない。
カカシの傍にいると恋しいばかりで、心が満たされることがない。



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