時にはそんな日もある 1
授業中、変化のおさらいをしていると窓の外に白い鳥が飛んできた。
コツコツガラスを叩く姿に窓を開けると鳥は指先の止まって一枚の紙に姿を変えた。
『今から帰ります』
目を通すと紙が端から風に溶けていく。
完全に消えた紙に窓を閉めると子供達が騒ぎ出した。
「イルカセンセー、誰からー?」
「こいびとぉ?」
「きゃあ、すてき!」
「なんて書いてあったの?」
「コラー!静かにしろ、授業中だぞ!」
「でもイルカ先生、顔がうれしそう」
「なっ・・」
思わず腕で顔を隠すと囃し立てる声が大きくなった。
・・ったく、近頃の子供はなんてマセてるんだ。
背を向けて、黒板に人の絵を描いていく。
「せんせー、耳が赤い」
ぼきっと折れたチョークに歓声が上がり、――静かにチョークを置くと変化の実技テストをしてやった。
ブーイングが上がったが、構うもんか。
大人をからかうからこういう目に合うんだ。
・・・それにしても、俺ってそんなに顔に出てるのか・・?
だけど喜ぶなって言う方が無理な話だ。
カカシさんが任務から帰還する。
4日ぶりの再会に胸が弾んで、授業を終えると早々に家路に着いた。
帰りに買ってきたカカシさんの好物で夕食を作っていると、カンカンと階段を上る音がする。
居ても立っても居られずに玄関に走るとドアが開いてカカシさんが顔を見せた。
「ただーいま、イルカセンセ」
「お帰りなさい」
土で汚れた額宛を外しながらカカシさんが微笑む。
待ち切れなくて首に手を回すとカカシさんを抱きしめた。
「無事でなによりです」
「うん」
少し埃っぽいカカシさんの匂いを胸いっぱいに吸い込む。
「あっ、オレ汚いのに・・」
「そんなことないですよ」
体を離すとカカシさんが困ったように笑っていた。
「お風呂沸いてますよ。すぐに入りますか?」
「うん」
「じゃあ、その間にご飯の用意してますね」
「うん」
今度は嬉しそうに、はにかんだ様に笑って脱衣所に向かう。
俺はカカシさんの時折見せる、少年みたいな笑顔が大好きだった。
可愛くって胸がきゅんとしてしまう。
いいもん見たとほくほくしながら台所に戻ると夕食の準備を続けた。
「ん!おいしい。イルカ先生のご飯食べると、帰ってきたって実感して、すごくホッとする」
「・・そうですか!」
カカシさんの言葉にふわあっと舞い上がった。
褒められて嬉しい。
でも照れくさいから、何でもないような顔で返事してご飯を掻き込んだ。
茶碗越しに、カカシさんが俺の作ったご飯を美味しそうに食べるのをこそっと伺う。
ふいにカカシさんが唇に付いた米粒を舐め取って、その舌の紅さにはっとした。
・・そう言えば、まだキスしてない。
そう思うとカカシさんの唇が気になってそわそわした。
いつもなら帰ってきた時にちゅっとやるが、今日は先に俺が抱きついてしまったから出来なかった。
・・キスしたい。
そうした時のカカシさんの唇の動きを思い出してドキドキした。
ぱくぱく、もぐもぐ動く唇に目が釘付けになる。
あの唇がどんなにやらしく動くか知っているから尚更だった。
「・・・・・・・」
「・・どうしたの?イルカセンセ」
「い、いえ!なんでもありません」
「そう?」
カカシさんの澄んだ瞳は、時折なんでも見透かしてそうで落ち着かなくなる。
「あっ、デザートにイチゴ買って来たから、後で食べましょうね」
「ホント?うれしい」
ニコニコするカカシさんに後ろめたくなった。
カカシさんごめんなさい、やらしいこと考えてました。
想像の中で、カカシさんの唇は俺の裸の胸の上を這っていた。
だってしょうがないだろう?
健全な成人男性が4日も放っておかれたんだ。
その間、自慰も我慢したし、夢精だってしなかった。
カカシさんが頑張ってる時にそんな気になれなかったのもあるが、カカシさんが任務の時にしないのは一種の願掛けでもある。
そんな訳で俺の精巣には溜まりに溜まった精液が温存されているのだ。
やらしいことも考えたくなる。
だけど心配はしていなかった。
だってこの後エッチするに決まってるから。
イチゴを食べ終わった後、「お風呂に入っておいで」と促されて心臓が跳ねた。
素直に頷いて浴室に入ると念入りに体を洗った。
期待して熱を持ち始める分身に、「まだだぞー」と水を掛けて宥め梳かした。
どうせすぐ脱がされるがパジャマを着て居間に向かうと、カカシさんは忍具の手入れをしていた。
がっかりだ。
すぐコトに及ぶと思ったのに。
カカシさんのクナイを研ぐ姿は真剣で、ちょっと声が掛け辛い。
居間の入り口で立ち尽くしていると、カカシさんが俺に気づいて声を掛けてくれた。
「どうしたの?入っておいでよ」
傍に居る事を許されて近くに座る。
髪を乾かしながら、カカシさんの作業が終るのを待っていると、カカシさんが立ち上がった。
カカシさん、終った?
綺麗に研ぎ終わったクナイを目にカカシさんの動きを追いかけていると、カカシさんがベストから巻物を取り出した。
座りなおしたカカシさんが筆を手にそれを広げるのを目にして、俺はしょぼんと俯いた。
術を使って空欄になった部分をカカシさんが書き足していく。
大切なことだけど、それは今しないといけない事なのかと疑問に思った。
いや、疑問というよりは不満だ。
いつまでもそんなのに構ってないで、俺に構って欲しい。
でもそれがカカシさんにとって大切な事だと重々理解してるから何も言えなかった。
それが酷く寂しい。
・・もう寝ようかな。
ぶるっと寒さに体が振るえ、立ち上がろうとするとカカシさんが言った。
「イルカセンセ、もう終るから先に布団に行ってて」
向けられた視線にぱあっと心が明るくなる。
その言葉が「寝てて」じゃなかったことが喜びに拍車を掛けた。
それは待ってて良いってことだ。
ぽぉっと頬が熱くなり、こくんと頷くと寝室に向かった。
深く布団を被ってカカシさんが来るのを待つ。
ドキドキ、ソワソワして布団の中に大人しく出来なかった。
何度も寝返りを打っては、襖の隙間から漏れる光を眺める。
あの明かりが消えたら、カカシさんが隣にやってくる。
そしたら――。
その瞬間を期待して、早く消えないかと待ち侘びた。