ソワソワ 9





「え?」

聞こえていたけど、動揺して聞き返してしまった。
眠気が一気に吹き飛んで、心臓がばくばくする。

「だからね、イルカ先生も結婚したい?」

(わ、わ、わ!聞き間違いじゃない!)

「カ、カカシさんは?」

咄嗟に質問で返してしまったのは考える時間が欲しかったから。

(いきなりそんな事聞いてくるなんてずるい!)

緊張と興奮で目の前がくらくらする。
考えた事がなかったわけじゃない。
いや、密かに何度も考えた。
どんなだろうとか、今より楽しくなるだろうかとか想像を繰り返した。
幸せそうな両親を見て育ってきたから、それなりに夢もある。

「オレは…」

答えかけたカカシさんに心臓が痛いほど跳ねる。

(なんて答えるのだろう・・・、なんて・・・)

「オレはしなくていいと思ってます」

ガンとシャッターを下ろしたみたいに目の前が暗くなった。
競り上がってくる何かを必死に胸の奥へと押し返す。

(…でも、うん・・・・平気)

そっちもちゃんと想像しておいたから。
だって、男同士だし。
ずっと、なんてあるわけない。
ちゃんとわかってる。

だから、平気。



なのに。

「イルカ先生は?」

なんでそんなこと聞いて来るんだろう。
唇が勝手に戦慄くのを止められない。
俺の意見なんてどうでもいいじゃないか。

ホントのことなんて、言える訳がない。

「俺も・・、俺も別にいいです」

詰まりそうになる喉を広げてやっとそれだけを言えば、カカシさんが「ウソ」と言った。

「イルカ先生見てたじゃない。同僚の事、羨ましそうに・・」

堪えきれず顔が歪んだ。
涙が出そうになるのを必死に耐える。
泣くのは嫌だった。
そんな女々しい姿、死んでもカカシさんに見せたくない。
カカシさんの胸に顔を伏せて顔を見せないようにしていると、カカシさんの手が背中を引き寄せる。
痛いほど引き寄せられて、この手はなんだと詰め寄りたくなる。
ずっと一緒に居るつもりないくせに、今だけ優しく出来るなんて訳が分からない。

「カカ・・さん・・いたい・・」

それでも離せと言えない自分が一番理解出来ない。
いや、したくない。

(もう、なにも考えたくない…。)

「答えて、イルカ先生…」
「…羨ましいと思いましたよ。だってもう何の約束もしなくもいいんだから…」
「え・・?」
「結婚したら、特に約束なんてしなくても、ずっと一緒にいられるでしょう」

待ち合わせとか、つぎ何時会えるとか、そんな約束をしなくても、ずっと当たり前に一緒に居られるのが結婚。

「それがイルカ先生の結婚の認識なの?」

頷けば、カカシさんがするりとコタツから抜け出た。
変わりに冷たい空気が入り込んでくる。

なんて日だろう。

数時間前まで楽しく飲んで、同僚の結婚に喜んでいたのに。
数分前までちょっと喧嘩したものの、カカシさんの腕の中で夢見ていられたのに。

(心臓が潰れそうだ…)

強く押し寄せようとする感情に飲み込まれないように気を逸らしていると目の前でカカシさんが押入れを開けた。
ダンボールの隙間に手を突っ込むと布袋を取り出す。

「イルカ先生、ちょっとこれ見ていただけますか?」

くるくると袋に捲かれた紐を解いて中身を目の前に落とすのに、ゆっくり体を起こした。
カカシさんが何をしたいのかなんてどうでも良かった。
ただ、言われたとおりに体が反応しただけだ。
視線をやれば目の前に、見慣れた小冊子…、と言うか通帳がある。

「これね、オレの通帳です。見てください。ちゃんと貯蓄しています」

目の前に広げられて、つい桁を数える。

(一、十、百、千、万、十万、百万、千万・・・・あれ?・・一、十、百、千、万、十万、百万、千万、・・・・・億?・・え?・・あれ・・一、十、百、千…)

見たことの無い数字に頭が混乱する。
それも怖いことに、それが書かれているのが普通貯金の通帳じゃなくて定期預金の通帳でそれは一行で終わってなかった。
同じ数字が並んでいる。

「こっちは給料振込み用の通帳です」
「へー」

なんでもなく返事が出来たのは、ちょっと感覚が麻痺していたからだ。
桁の違う数字が波打つように書かれているのに目を通せば。
給与と書かれてる所は定額で俺とそんなに変わらない。
これは上忍師としての給料なのだろう。
だけど、桁がぐんと伸びているのは報酬の方。
給与から給与の間に幾つも報酬が並んでいて、そのどれもが百万を越えている。

(カカシさんってすごい・・・)

凄いのは知っていたけど改めてその凄さを知った。
半端じゃない凄さだ。

「あとはカード。利用限度額がないから気兼ねなく使えます」
「え?」

手に握らされた。

「ひえっ!」

怖くなって、ぽいっと離すと「あっ」とカカシさんが拾い上げ、今度は通帳と一緒に掴まされる。

「どれも暗証番号はイルカ先生の誕生日になってます」
「あ、あ、あ、あんた何考えてんですか!こんな大金、あんたところに入れて!!怖いから持ち込まないでください!」

ぺっぺっと手を振り払うがカカシさんががっしり両手で掴んで離さない。

「そんなこと言わないで受け取ってよ。それでオレをイルカ先生の旦那様にしてください」




























「は?」




























大げさじゃなく、時が止まった。

「えーっと、・・だからね、オレと結婚して?」

























ほんと、なんて日だろう。

堪えてた涙が一気に溢れて目の前を見えなくした。


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