事件です! -恋ごころ編- 




(…カカシさんのくそったれ)
 誰もいない裏庭で、冷たい弁当を食べながら毒づいた。
 昨日お泊まりして今朝、離れるのがイヤだ、せめて一緒にお昼が食べたいとゴネるから、滅多に作らない弁当まで用意したと言うのに、カカシさんは来なかった。
 任務があるのだから、カカシさんがアカデミーの昼休みに合わせて昼食を取るなんて、難しいのは最初から分かってるのに。
(でも、しつこくゴネたから…)
 ベンチの隣には、布に包まれた弁当箱が誰にも手を付けられないまま置いてあった。
(二つも食えないからな!)
 大体俺は弁当が嫌いだ。まず冷たいご飯が嫌いだった。昔、独りだったころを思い出す。おかずだって温かい方が良いに決まっていた。食堂に行けば、毎日温かいご飯が食べられるのだ。
(なのに…)
 何度も同じ理由でカカシさんを責めた。守れない約束なんて、するもんじゃない。
 ふて腐れながら、冷たいご飯を食べていると、じっと見つめる視線を感じた。
 見ると、一羽のスズメがこっちを見ていた。やけに堂々としていて、目が合っても逃げない。
(……米か?)
 試しに箸で摘んでご飯をやると、ててっと素早く跳ねて米を啄んだ。そしてすぐに飛び去ってしまう。
(なんだ…)
 つまらない。どうせなら食べる姿が見たかった。
 飛ぶ姿を目で追うと、スズメは近くの枝に留まって米を置くと、ちちっと鳴いた。すると、隣に別のスズメがやって来た。
 最初の方が米を咥えてクチバシを向けると、後から来た方が啄んだ。
 もっちもっちと米でくっつきそうになるクチバシを動かして米を食べきると、ぴょんぴょんと跳ねて、ちよちち! と鳴いた。
「ふふっ…」
 好ましい姿に笑い声が漏れた。
(どういう関係だろう。親子だろうか? それとも恋人?)
 親子にしては、後から来た方のスズメの体は大きかった。
 観察していると、最初のスズメがまた米を貰いにやって来た。
 箸でご飯を摘むと投げてやる。スズメはまた枝へと米を運んだ。
「お前は食べなくていいのか?」
 声を掛けるがスズメは答えず、もう一羽が米を食べるのをじっと見守っている。
 次に取りに来た時には、二羽で食べても足りるように、少し多めに米を投げた。
 だがそれは失敗で、一度で運ぶには多すぎたらしく、咥えた米がボロッとクチバシから零れた。
 スズメは米を運ぼうと必死だ。すると、それを見ていたスズメが地面に降り立った。ちょんちょんちょんと跳ねて傍に寄ると、最初のスズメの首筋を啄んだ。そして零れた米を拾うと、最初のスズメへクチバシを向ける。
(ああ、いいな…)
 スズメが羨ましくなった。
(俺の恋人は俺をほったらかして、どこかへ行っちゃったよ!)
 やさぐれていた気持ちが舞い戻る。すっかり食欲が無くなって、米をぽいぽい投げた。
(こうなったら、カカシさんの弁当もあげてしまえ)
 包みに手を掛けて弁当を広げる。
 その時、ぼふんと煙を上げて、カカシさんが現れた。
「イルカせんせぇーっ! 遅れてゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい!」
 何も言わせまいとするように、涙目になって謝り倒す。そんなに謝られると、さっさと許さないことには、こっちが悪者になってしまいそうだ。
「怒ってないですよ。お疲れさまでした。お弁当どうぞ」
 すると、カカシさんは感激した顔で俺を見つめるから照れ臭くなった。
「は、早く食べないと時間が無くなりますよ!」
「ウン!」
 弁当を受け取ったカカシさんが嬉しそうに蓋を開けた。
「うわぁ! 美味しそう!」
「そんなこと無いですよ。冷めてるし、美味しくないです」
「ううん、イルカ先生が作ってくれるご飯は、冷めても美味ひいです!」
 言い終わらない内からガツガツ弁当を食べ出したカカシさんに、胸の奥がくすぐったくなった。
 そんな気持ちを誤魔化したくて、またスズメ達に米を投げる。
「イルカせんせ、食べないの? もうお腹いっぱいなら、オレが食べるよ?」
「いいんです。あげたいだけだから」
「ふぅん?」
 カカシさんはこれ以上無い早さで弁当を口に運んだ。
 きっと時間が無いのだろう。それでも来てくれた気持ちが嬉しい。寒空の下で頬がぽっぽした。
 ふと、スズメに目を留めたカカシさんがニコリと笑った。最初に居た方がまたクチバシを向けている。
「まるでオレ達みたいですね!」
「え?」
 カカシさんはどっちを差しているのだろう? 餌を与える方か、貰う方か。
(…カカシさんはどっちかっていうと、貰う方だよな)
 だって、甘えただ。
 そう納得したのに、カカシさんは自分の弁当箱の中から卵焼きを取り出すと、「あーん」と言った。
(そっちか!)
「そんな事しません!」
「でもイルカ先生、昨日は食べてくれたよ…」
「外ではしないんです!」
 うる、と涙目になったカカシさんが不満そうに卵焼きを口に運んだ。
 米を投げて気まずい空気を誤魔化す。
「…また家に帰ったら、食べてくれる?」
 哀れっぽい声を出したカカシさんにしぶしぶ頷いた。ああ、しぶしぶだとも。
 それで機嫌を直してくれるなら安いものだ。
「美味しかったです。ご馳走様でした」
「お粗末様です」
 弁当を包んで、口布を上げたカカシさんに、途端に寂しい気持ちがやって来た。
 空になった弁当に蓋をして、包みを広げた。
「イルカ先生、スズメ可愛いね!」
「そうですね…」
「よし!」
 何が「よし」なんだろう? と、隣を見ると、カカシさんが居なかった。それから、ヂヂヂヂッ! と、激しいスズメの啼き声が聞こえてくる。声の方を見ると、カカシさんの手の中にスズメが居た。声はそのスズメが発しているものだった。
「あっ! カカシさん――」
 駄目ですよ、と言おうとしたら、凄い勢いでもう一羽のスズメがカカシさんを襲いだした。スズメを捕まえた手を突き、頭を突き、目を狙ってくる。
「うわっ!」
「危ない! カカシさん、手を離して」
 ぱっとカカシさんが手を開くと、ぽたりとスズメが地面に落ちた。死んでしまったのかとヒヤリとするが、カカシさんを襲っていたスズメが寄り添い、体を押し上げるようにして二羽で飛び立った。しかし飛び方はへろへろで、近くの枝に留まるのがやっとだ。
 おろおろ見守っていると、弱ったスズメを守るようにもう一羽がこっちを睨み付けていた。羽の下にスズメを庇い、警戒心を剥き出しにしている。
「駄目じゃないですか! カカシさん!」
 思わずカッとして怒鳴りつけると、カカシさんがビクッと震えた。
「ゴ、ゴメンなさい…。可愛かったからイルカ先生に捕ってあげようと思って…。ゴメンなさい…」
 露わになった右目は何とか泣くのを堪えたが、左目を隠した額当ては濡れだし、口布にも豚の鼻のような輪染みが広がっていく。
(しまった…。強く言いすぎた)
「いや、あの、俺の方こそ言いすぎました。ごめんなさい」
 背中に手を回すと、「うぅ、うっ…」と泣き声が聞こえて来た。
「カカシさんの気持ちは嬉しいです。でも野生の鳥に触れたら駄目ですよ。人間の匂いが付くと仲間から嫌われてしまいます」
「ウ、ウン…。もうしません…。イルカ先生…、オレのこと、キライにならないで…」
「なりませんよ。ちゃんと好きです」
「ホント?」
 顔を上げたカカシさんの口布が、通気性を失って膨らんだり凹んだりしていた。
「………」
 ……息が苦しいだろう。口布を下ろしてポケットからティッシュを出すと、鼻水を拭いてやった。
「いるかへんへ、オレのほとふき…?」
 それに返事してなかったのに気付いて、周りに誰も居ないのを確認してから、ちゅっと唇にキスしてやった。ぱちぱちと目を瞬いたカカシさんが顔を赤くする。
 辺りを見ると、雀たちは何処かへ飛び去っていた。



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