世界は二人の為に 1





「ただーいまぁ」
 玄関が開いてすぐ声がした。余程機嫌が良いのか声が弾んでいる。
「おかえりなさい」
 夕飯を作っている最中だったから手を止めずに返事した。ふぅーっと体から力が抜けるような溜め息が廊下を通り過ぎ、背後からカカシさんが近寄ってきた。とたとたと足音を立てるのは構って欲しい証拠だ。
 野菜を切っていた包丁を止めると背中が重くなった。腰にするりと手が回り、首筋に頬を擦りつけられる。
「こら。包丁持ってるときは駄目だって言ったでしょう?」
「だって、イルカ先生の誕生日なんだもん」
 理由にならないような理屈を言って、カカシさんがさらに懐いた。ぐりぐり、ぐりぐり顔を動かすからくすぐったくて仕方ない。こう言っちゃあなんだが、嬉しくて『待て』が我慢出来ない犬みたいだった。
「あはっ、俺の誕生日は明日ですよ」
「いーの!あと数時間したら明日なんだから」
 体を抱く腕がきつく締まる。
「イルカ先生、お誕生日おめでとう」
 だから明日だ、って言葉は飲み込んだ。こんなに祝って貰えるのが嬉しい。僅かにカカシさんを振り返ると唇が触れた。ちゅっと音を立てる唇に頬が熱くなる。
「…ありがとうございます」
 照れ隠しに唇を尖らせると、カカシさんがクスクス笑った。
「今日はごちそうにしないの?」
「ご馳走は誕生日の日だけでいいです」
「そ? 明日はオレに任せてネ。イルカ先生が前に美味しいって言った料亭予約したヨ。たくさん食べてね。ケーキは家に帰ってから二人で食べようね。ろうそく灯して――」
 予定を並べるカカシさんに胸がくすぐったくなる。明日の今頃はとても楽しい時間を過ごしているだろう。想像して幸せな気分になっていると、カカシさんが耳元で声を顰めた。
「ねぇ、イルカせんせ。今日スル?」
 耳朶に唇が触れてゾクッとした。俺の上にのし掛かるカカシさんが頭の中に浮かび心臓がドクンと跳ねる。
「し、し、し、しません!」
「えぇ〜、しようよぉ〜」
 がっかりした声を上げたカカシさんが、イヤイヤと俺の体ごと揺すり出す。
「しません!今日はまだ水曜日じゃないですか!平日にそんなことしたら、仕事に行けなくなります!」
「もぉ!そんなおじさんみたいな事言って。イルカ先生は若いから大丈夫だーよ」
「若くったって、カカシさんが無茶するからいけないんじゃないですか!明日だって仕事があるんですよ」
「そんなに激しくシないから。…それとも激しいの期待してるの?」
 俺の顔を覗き込みながら、カカシさんはやらしい笑みを浮かべてペロリと唇を舐めた。さっき跳ねたばかりの心臓が早鐘を打ちそうになる。
 持っていた包丁を放して、ゴチンとカカシさんの頭を叩いた。
「いったぁ〜い」
「食事の準備の邪魔!」
「…イルカ先生のいぢわる」
 殴られた頭をさすりながら、カカシさんはすごすごと台所から出て行った。
(…ったく)
 以前だったらやり過ぎたかと心配するところだが、カカシさんにはこれぐらいがちょうど良い。付き合って数年が過ぎ、遠慮はとっくの昔になくなった。
「イルカセンセー。お風呂の準備するね」
「お願いします」
 しばらくして聞こえて来た屈託のない声音に口角が上がる。カカシさんのさっぱりした性格が好きだ。
(――ある方面では発揮されないけど…)
 ぽぽぽと火照る頬を野菜を刻んで誤魔化した。
 そこもまたカカシさんの魅力なのは、俺が一番知っている。


 食事を終えて、先に風呂に入った。どこかヤル気満々な気配を発するカカシさんには気付かないフリで。
 湯船に浸かっている間や体を洗っている時に、もしかしたらカカシさんが風呂に乱入してくるんじゃないかと思っていたが、そんなことは無かった。
 パジャマに着替えて居間に入ると、カカシさんは後ろ手を突いた楽な姿勢でテレビを見ていた。
「上がった? じゃあ、オレもはーいろ」
 ちょっと拍子抜けした気分で濡れた髪を乾かした。
(断ったから、諦めたんだろうか…?)
 だったら良いやと布団に潜り込んだ。目を閉じるとすぐに睡魔がやってくる。
「あ!イルカ先生もう寝ちゃったの!?」
 慌てた声が遠くから聞こえた。ベッドが揺れ、隣にカカシさんが潜り込んでくる。
 寝返りを打ってカカシさんに抱き付こうかなぁ。それともカカシさんが抱き寄せてくれるだろうか。
 夢見心地に考えていると、お腹の辺りがすーすーした。ちょっと寒い。このところ昼間は大分暑いが夜には冷える。
 布団を被せようと手で探るがどこを探しても触れない。片目を開けてぎょっとした。カカシさんが俺の膝を跨いでいた。パジャマ毎パンツが下ろされ、股間が剥き出しになっている。
「わー!!!」
 眠っていたのも忘れて声を荒げた。
「何やってんですか!」
「何って…ナニ?」
 てへっと悪びれるでもなく笑顔を浮かべる。この顔と言葉を何度見聞きしただろう。言っても埒が明かないのでパジャマを掴んだ。
「俺は寝るんです!」
「ウン。イルカ先生は寝てていーよ」
 俺が引き上げたパジャマを下げながらカカシさんは言った。
「眠れません!もっ!シないって言ったじゃないですか!」
「ちょっとだーけ。ちょっと舐めるだけ」
「ちょっとじゃない〜〜」
 片手でパジャマを引き上げながら、もう片方の手で股に顔を近づけようとするカカシさんの頭を押さえた。すぐ傍まで来ていた眠気が去って行く。
 一方的に舐めて何が楽しいんだろう。カカシさんは嬉々とした顔で俺の手を押し返した。
「んも〜〜、もっ、カカシさん、止めて下さいっ」
 凄い力で押してくるカカシさんに、ふっと性器に温かな熱が触れる。
「やぁっ」
 それが息だったのが本当に触れたのか分からないがヒクッと体が揺れた。その隙にカカシさんの顔が股間に落ちる。それはもうベショッて音がしそうな勢いで、カカシさんはそのままそこに顔を擦りつけた。
「ん〜〜、イルカせんせぇー」
 こんな時、この人は絶対変態なんじゃないかと思う。なんでこんなに楽しそうなんだ。
「や…だ、…あっ」
 尖った鼻先でグリグリされて、ちょっと気持ち良くなってしまった。流される感覚と諦める気持ちが沸き上がる。俺だって嫌じゃないんだ。今日が平日でさえなければ。
「…す、すぐに終えてくださいよ!」
「分かってーるよ」
 その返事が一番怪しいんだと頭の隅で思った。
 体を起こしたカカシさんがつま先からパジャマを引き抜いた。
(下半身裸になるなんて…)
 本格的になるんじゃないかと危惧していると膝裏を押された。膝を折ったまま開脚させられる。恥ずかしい恰好に顔を背けると、性器にぺたりと舌が触れた。萎えた性器を舐め上げられる。
 太股にさわさわと髪が触れた。頭が揺れる度に舌が触れる。乾いていた性器がカカシさんの唾液に濡れて、ひちゃひちゃと音を立てた。
「…っ、」
 震えそうになる喉を必死に堪える。声なんか上げたら、カカシさんが興奮するに決まってる。そうなったらすぐに終わらないに違いない。
 息を殺してカカシさんのすることに耐えるが、体は正直に反応を返した。カカシさんの舌を押し返すように性器が勃ち上がる。そうなると、性器の上側を舐めていたカカシさんが顔を傾けて側面や裏側を舐めだした。
 そこは俺の弱い所だ。舌がちょっと触れただけで敏感に反応を返して、芯に甘い痺れが走った。
「ぁっ…くっ…」
 触れられていない先端がじゅっと溶けた気がした。竿を伝うのはカカシさんの唾液だろうか? それとももう先走りを零しているのか。
 カカシさんにからかわれるんじゃないかと気が気でない。
 ひちゃひちゃと根元を舐めていたカカシさんが裏筋に舌を押しつけて先端まで舐め上げた。ビリビリと電流が流れ、声を我慢出来ずに仰け反った。
「あぁっ」
 膝裏を抑える手に力が入り、ぐっと押さえつける。
「あっ! やだっ…やぁっ…」
 べろべろとカリを舐められる。張り出た所を舐める舌はツルツル滑べる上に、俺の性器が跳ねてすぐに離れた。
(もっと…!)
 はしたない言葉が口から飛び出そうになって唇を噛んだ。だけどすぐに物足りなくなって唇を開いた。
「カカシ、さんっ…」
 後に言葉は続かないが、カカシさんがしてくれると期待した。
(口の中に、入れて欲しい)
 その瞬間を待って、はふはふと呼吸を乱した。早く早くと言葉に出来ない思いが駆け巡る。刹那、ぬるりと後口に指が触れた。
「カ、カカシさん!?」
 最後まですると思って無かったからパッと目を開けた。
「舐めるだけって…」
「ウン。だけどイルカ先生のココ、すっごく濡れてるんだもん」
「なっ…」
 証明するようにカカシさんがそこを撫でた。ぬるぬると滑る指に恥ずかしさの余り全身から火を噴きそうになる。
「だから、ちょっとだけ」
「だめ!だめだめ…あっ!」
 止めたのに、カカシさんの指はするりと中に這入り込んだ。同時に性器を口に含まれて倒錯的な感覚に陥った。柔らかな熱に包まれる感触をどちらで味わっているのか分からなくなる。
「あぁっ、あーっ」
 もはや止める事も出来ずに、与えられる快楽に身を浸した。前を口で扱かれながら、後を指で抽送された。時折中の指を折り曲げられると、射精しそうな程感じて涙が溢れた。
 感じすぎて辛い。
「あ…っ…カカシさんっ…あぁっ…んっ…」
 カカシさんの手が外れて自由になった足はだらんとしたまま、掴まれた足をカカシさんの肩に掛けて腰を揺らした。
「…うっ…ふっ…あっ…あっ…」
 性器を強く吸われて快楽が強くなるが、欲しいのはソレじゃなかった。
 後を突いて欲しい。カカシさんので。太くて硬いのでいっぱいにして満たして欲しい。
 こうなるのが分かっているから平日は些細な触れ合いも避けていたのに。今更思っても仕方ない事が頭の隅を掠めて消えた。
 顔を上げたカカシさんが俺を見下ろす。
「イルカ先生、射精したい?」
 聞かれて首を横に振った。
「挿れて、欲しい?」
 カカシさんが手を休めずに聞いた。
(聞かなくても知ってるくせに)
 悔しくなるが、こくんと首を縦に振った。
 にっこり笑ったカカシさんが伸び上がって、俺の脇に手を突いた。てっきりキスしてくれるんだと思ったが、カカシさんは手を伸ばしてベッドサイドの引き出しを開けた。
「今日は平日だからゴム付けてシようーね」
 えっ!と思ったが、否とは言えなかった。平日だからと言う辺り、カカシさんも気を使ってくれている。
 だけど今まで口にした事はなかったが、ゴムを付けてするのは嫌いだった。いつもする時は生でしていたから、ゴムを付けてすると終わった後で物足りなさが残った。
 カカシさんが口に咥えた袋をペリペリと破って、取り出したゴムを装着するのを黙って見守った。カカシさんのごついのがツルンとゴムに包まれて恨めしくなる。あんなのはカカシさんじゃない。
「おまたーせ」
 再び俺の足を開いて後口に先端を宛がった。ぐっと押すとするりと中に這入ってきて、つるつると奥に進んだ。いつものぬぬーっと擦れる感覚がない。


 その後ちゃんと射精もさせて貰ってつつがなく事を終えた。カカシさんもゴムの中に射精したから後始末も楽だった。
 隣に並んで、ぽふんっと枕に頭を置いたカカシさんはすっきりした顔で寝る気満々だ。
「おやすみ!」
「…………おやすみなさい」
 目を閉じたカカシさんの寝顔を恨めしく睨んだ。カカシさんはすっきりしたかもしれないが、俺は射精しても体の中に何か残った感覚がした。
(カカシさんの馬鹿)
 これから平日はしたくないんだ。




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