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カカシはすぐにイルカと部屋を一つにして、一緒のベッドに眠った。
――毎朝目を開けると、すぐに大好きな人の顔を見つける。
そんなカカシの幸せは、長く続かなかった。
季節が変わって春に近づくにつれ、イルカの眠る時間が長くなった。規則正しい生活をしていたのに、朝起きない。
(どうしたんだろ…?)
最初は、疲れているのかと思った。連日抱き合っていたし、ちょっとヤリすぎたかもしれない。
そこでカカシは回数を減らして、イルカを疲れさせないようにした。それからカカシの血も与えた。イルカはカカシの血ではなく、吸血行為を嫌がって時々しか飲まなかったけど、それでも回復しなかった。
どんどん目覚める時間は遅くなり、ついには夜になっても起きなくなった。
「イルカ! 起きて、イルカ!」
強く肩を揺すってイルカを目覚めさせる。
「…どうしたの?イルカ…」
目を開けたイルカは、ぼんやりしたままで答えなかった。
カカシは不安で堪らなくなった。
(このままイルカが目覚めなくなったらどうしよう…)
カカシは心配になって、紅を訪ねた。なにか知ってるかもしれないと思ったからだ。
紅の方がカカシよりも長く生きていた。
しかし、紅から聞かされたのは意外なことだった。
「カカシ、イルカの鼻の所に横筋の傷があるでしょう。あれ、どうしてか聞いてる?」
イルカの傷は、出会った時からすでにあったので、気にしたこと無かった。
(知りたいのは、そんな事じゃない)
「紅、傷じゃなくて、眠り続けることを聞いてるの。何か知らない?」
イライラしながら聞き返すと、紅は首を横に振った。
「知らないわ。でもカカシ。傷についてなら、知ってることがある。あれは始祖が付けた傷かもしれないわ」
「…どういうこと?」
「私たち吸血鬼は傷付かないでしょう。傷を負ってもすぐ治るわ。だけど治らない傷があるの。それは始祖が付けた傷。始祖が傷付けて、治そうとしなければ、それは残る。
だから、始祖は自分のお気に入りに傷を付ける。自分のモノだって主張する為に。それでもイルカみたいに、誰にでも見えるところに付けられるのは珍しいわ。よほど気に入っているか、よほど嫌っているか、どちらかよ。」
――誰かがイルカを所有しようとしていた。
それを聞いて、かぁっと頭に血が上りかけたが、この百年、イルカの周囲に吸血鬼はカカシ以外にいない。過去にそんな吸血鬼がいたのかもしれないが問題ではなかった。
それより『眠り』だ。
「他には? 眠ることはなにか知らない?」
「…知らないわ。もしかしたら、イルカの眠りも始祖が関わってるんじゃないかしら。それにあの力…。イルカは私たちより、ずっと吸血鬼の力が強い。イルカのマスターは始祖じゃないかしら…? その人に聞くことが出来れば何か知っているかもしれない。イルカはなにか知らないの?」
「いないよ、そんな人…。それにイルカは何も言わない…」
これ以上の情報は期待できなくて、カカシは紅の家を後にした。
屋敷に戻ると、イルカが廊下に倒れていた。
「イルカ!」
慌てて抱き起こすと、イルカは眠っていた。
「イルカ! イルカ!」
揺すり起こすと、イルカは目を開けたが、すぐに瞼を閉じようとする。
「イルカ! 眠らないで!」
「カカシ…」
すぅっと眠りに引き込まれていくイルカに怖くなった。
――一体イルカになにが起こっているのか。
焦るカカシを他所に、イルカ本人は落ちついていた。起きている間もぼんやり外を眺めて過ごしていた。
「…もしかして、イルカはなにか知ってるの?」
「……俺……、たぶん、眠りに就くんだと思います」
「なに、それ。どういうこと」
「前にも何度か…、無性に眠くなって、起きていられなくなるんです。そんなときは、棺桶に入って、寝ます……」
言いながらも、すでにイルカは寝そうになっている。
「イルカ! そんな大事なこと黙ってたの!」
カカシが叱ると、ハッと目を開けて、泣きそうな顔をした。
「だって、カカシが知ったら、俺の前からいなくなるかもしれない。だから…、眠るまで秘密…。寝たら、いなくなっても平気…。最後まで、カカシと居られる…」
「最後なんて言うな! イルカは全然オレのこと分かってない! あんなにスキだっていったのに、信じてなかったの?」
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
眠そうなイルカの眦から涙が零れた。
「…一体、どれぐらい寝てるの?」
「きっと、十年ぐらい…」
十年は長い。だけど、カカシは覚悟を決めた。
「待ってるから。イルカが起きるまで待ってる」
「ホント? カカシ…」
「愛してるって、言ったデショ」
イルカが眠る日、紅とアスマも見送りに来た。いや、死ぬわけじゃないんだから、見送りはヘンだけど、棺桶があるからそんな気分になった。
棺桶は特注で立派なのを作った。中は羽毛でフカフカだ。イルカの好きなバラを刺繍して貰った。
「わぁ…、とっても豪華…」
「デショ? イルカ、安心してお休み。目が覚めた時には傍にいてあげるから」
「ホント? ホントに居てくれますか?」
笑っていたイルカが急に泣き出した。寂しがり屋で甘ったれで、そのくせ意地っ張りで、イルカはホントしょうがない。オレが傍にいてやらないとダメだった。
「当たり前だーよ」
「イルカ、オレ達もカカシを見ててやるから安心して寝てろ」
アスマが言うと、イルカはコクンと頷いて頭を横たえた。なんだかしゃくに障ったから、イルカの手をぎゅっと握りしめて、イルカの気を引いた。
「イルカ、起きたらバラの花をいっぱい用意してるネ。十年なんてすぐだよ。すぐに会える」
「うん、カカシ…約束…。」
「約束」
笑って見送ると、イルカも笑顔を浮かべて眠りに引き込まれていった。
「……イルカ、もう寝ちゃったの?」
まだ話さないかと、唇をツンツンと突いた。笑っていたイルカの唇から力が抜けて、元の形に戻って行く。
「イルカ…」
もうイルカは話さなかった。深い眠りに就いてしまった。
「…………っ、うぅっ…、アンタは酷い! いつもオレを独りにする!」
つい、眠るイルカを怒鳴ってしまった。涙が溢れて止まらない。百年待って、幸せだったのはたった数ヶ月だ。また十年も待たなくてはならない。
「カカシ……」
掛ける言葉がみつからないのか、名前を呼んだきり二人は黙り込んだ
「……ウソだよ、ウソ! 怒ってない。ちゃんと待ってるよ」
この十年は今までの十年とは違う。十年後にはイルカとの素晴らしい日々が待っているのだから。
(十年なんてあっと言う間だ……)
カカシは涙を拭いた。これからやることがいっぱいある。
イルカと約束したんだ。バラをいっぱい用意するって。
目を覚ましたイルカを吃驚させよう。そして喜ばせてあげよう。
(約束だよ、イルカ)
まだ温かい唇に口吻けた。そして眠るイルカの頬をするりと撫でて、棺桶の蓋を閉めた。
立ち上がって、歩き出す。
いつか出会う約束の庭へ――。
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