なにがいらないって。
家ほど要らないものはなかった。
暗部に席を置いてた頃、オレは三代目の命あるごとに里の外に出ていた。
上忍として与えられた部屋はあったが帰ることはほとんどなく、身の回りの必要なものはリュックに詰め、忍具は巻物に封じて持ち歩いた。
着替えは洗えば事足りたし、食事も外で済ませた。
里外に居れば陽が暮れて休めるところが寝床となり、里に居れば袖を引かれるまま、誰かの閨に転がり込んだ。
だから家なんて必要なかった。
イルカ先生に会うまでは。
home sweet home 前
木の葉スーパーは閉店前でも人が多い。パイロンラベラーを持った店員が値を下げるのを狙った主婦や仕事帰りの人でごった返す。
はぐれたフリでイルカ先生から離れると、目当てのモノを手にして先に行ってしまったイルカ先生を探した。
人の頭に視線を向けて、
――見つけた!
ぴょこっと黒い尻尾を見つけて人の間をすり抜けた。
カートを止めて、陳列された魚を吟味しているイルカ先生に隠れて、袋に入ったほうれん草の下にこっそり箱を隠した。
カサリと鳴った袋にイルカ先生が振り返って、オレを見つけると口を尖らせた。
「あ!カカシさん、何処行ってたんですか。ちゃんとカカシさんも選んでくださいよ」
あ!と声を上げたイルカ先生に、箱がバレたのかとひやりとするが、そうではないらしい。
すぐに魚に向き直ると「どれがいいですか?」と聞いてくる。
どれがいいか?とはオレがどれを食べたいか、だ。
一緒に買い物に来るとオレの食べたいものを優先してくれる。
それが嬉しくてイルカ先生の横に並ぶと魚を選んだ。
カレイにイワシにアジにタラ。
この中だとイルカ先生がアジを好きなのを知っていたのでアジを選んだ。
2尾入ったのをかごに入れるとカートを押した。
「他になに買うの?」
「うーん。カカシさんが一緒だからビール買って帰ろうかな」
ちょっと悪戯っぽい期待するような目でオレを見る。
「いいよ。オレ、持つよ」
可愛い顔に絆されて頷いた。
お酒コーナーで一箱カートの下に乗せたイルカ先生が、遠慮しつつもちらりと見上げてくるのにも苦笑しながら頷いた。
オレもイルカ先生もビールをよく飲む。
帰ってから一本。風呂上りに一本。寝る前に一本なんて二人でやってたら一箱なんてあっという間だった。
結局、2箱乗せてレジに並んだ。
「あっ!」
急にイルカ先生が大きな声を上げて、バーコードを通してたレジのおばちゃんがびくっと止まった。
「い、いえ・・いいんです。続けてください」
大きな声を上げたのが恥ずかしかったのか、イルカ先生がしどろもどろにおばちゃんを促した。
それからキッとオレを睨んでくる。
その視線を流して、先にレジを通ったビールを持つと怒られる前にそそくさとその場から逃げた。
「カカシさん!いつの間に!」
後から会計を済ませたイルカ先生がかごを重そうに持ってやってきた。
その中に、チョコエッグがちょこんと上のほうに鎮座している。
「だって欲しかったんだもん」
ひょいとかごを受け取り、真っ先にそれをビニールに詰め込んだ。
過去に集めたフィギュアがテレビの上をびっしり占拠して、これ以上増やすことに反対されていたのだ。
それでも新しいのが出ると気になってしまって、つい。
でもイルカ先生が反対するのはその理由ばかりじゃない。
「甘いもの苦手なくせに」
「うん、チョコはイルカ先生食べてね」
ねっ!と機嫌を伺いながら顔を覗きこむと、イルカ先生がしぶしぶといった体で頷いた。
イルカ先生はオレに甘い。
レジで返すことだって出来たのにそうはしない。
「えへっ、ありがと」
「そんなかわいこぶったって・・・」
ぶちぶち言ってるイルカ先生の頬が赤く染まっていく。
かわいい。
イルカ先生が照れてるのを隠すように乱雑に買ったものを袋に詰めていく。
怒りながらもオレを許してくれるイルカ先生が好きだった。
座布団を二つに折って畳みの上に寝転がった。
チョコエッグの箱を弄びながら、イルカ先生がお風呂から上がってくるのを今か今かと待ち構える。
――ご飯、終わってからですよ。
箱を手渡された時言われたけど、言われなくてもそうするつもりだった。
なにが出てくるのか、それを見たイルカ先生がどんな顔をするのか想像するのは楽しいことだった。
「まだかなー」
待ちくたびれて、ごろんとうつ伏せになると、座布団のシミが目に付いて、そのときの事を思い出して笑ってしまった。
食事中、焼き鳥についていたタレが落ちて、あっと思ったときには座布団にべったり。
テレビを見ながら食べてたから、イルカ先生にひどく怒られて、まいった。
あの時のイルカ先生はとても怖い顔してたのに、思い出すと何故か胸が温かくなる。
おっかなかったなぁと思うのに、胸の辺りがくすぐったくなる。
そういうものがこの家の中にはいっぱいある。
他にも柱の傷とか壁の窪み、その一つ一つに思い出があってどれも愛しい。
「なーに笑ってるんですか」
石鹸のいい匂いをさせたイルカ先生が、がしがし乱暴に髪を拭きながら蛍光灯を背に立っていた。
すぐ傍にある足に触れそうとしたら、すっと離れて台所に行ってしまう。
ちぇ。
よっと起き上がって後姿を目で追いかけているとビール片手にイルカ先生が戻ってきた。
「イルカセンセ、コレ開けて」
「ん」
箱を渡すと、ビールに口を付けながらイルカ先生が手を伸ばした。二、三口喉を動かして卓袱台にビールを置くと箱を開けた。
卵を包んでるアルミを無骨な手で丁寧に剥がし、広げるとその上にチョコの殻を割っていった。
「はい、どーぞ」
「ありがと」
中のプラスチックだけ受け取って上下を捻ると、イルカ先生がビールとチョコを持って傍ににじり寄って来た。
「まだ持ってないやつかな?」
「どーでしょう?」
くすくす笑いが込み上げそうになるのを抑えながら答えた。
買うときは怖い顔したくせに、イルカ先生もこのシリーズを結構気に入ってる。
チョコをぱりぱり食べながら覗き込む目は子供そのものでかわいくてたまらない。
その表情をこっそり盗み見しながら卵を捻った。
中から出てきたカプセルを開けてバラバラのフィギュアを畳の上に転がした。
「虫?」
「っぽいですね」
ぱちぱちと部品をくっ付けていくと、
「カブトムシ!」
「うん、まだ持ってないやつだね」
出来上がったそれをイルカ先生の手に乗せてあげると、上から見たりひっくり返したり、いろんな角度から見て感心した声を上げた。
「よく出来てますよねー」
「ほんとーに」
「でもカカシさん、これ以上はほんとに・・・」
「わかってるって」
疑わしそうな目で見つめてくるイルカ先生にテレビの上を指せば、ちょちょいと詰めて一番前にカブトムシを置いてくれた。
「たくさん増えましたね」
「うん」
一番最初にコレを買ってきたのはイルカ先生だった。
出てきたフィギュアにあんまり関心するもんだから、目に付くたびイルカ先生を思い出して買うようになった。
何も置かれてなかったテレビの上は今では小さな動物たちでいっぱい。
そのどれもにイルカ先生との思い出があって全部が宝物。
そして今日もまた一つ増えた。
イルカ先生の子供みたいな顔と共に。
何かを集めるなんて始めてのことだった。
今までそんなことしようとも思わなかった。
家がなかったから。
あったけど、そこはオレにとって誰かの家となんら変わりなかった。
かりそめの宿。
でもこの家は違う。
大切な思い出の詰まったオレの帰るところ。
イルカ先生が居てくれるから何かを集める事が出来る。
火影様に預かって貰ってたウッキー君も連れて帰った。
写真も飾った。
それはとても人間らしい暮らし。
オレが持ち得なかった生き方。
それをイルカ先生が教えてくれた。
「イルカセンセ、ありがと」
突然そう言ったオレにイルカ先生が不思議そうな顔で振り返った。
とても大切な人が目の前にいる幸福に胸がいっぱいになって、テレビの前に膝立ちになっていたイルカ先生を引き寄せると唇を重ねた。
「ん!なんですか、いきなり」
「だってしたくなったんだもん」
逃げ腰なイルカ先生を強く抱きしめて唇を追いかけると、観念したのか体から力が抜けた。
チョコの香りのする唇に舌を差し入れれば、そこはひどく甘い。
甘いものは苦手だけど、イルカ先生から伝わってくるものは別。
口の中に残るそれをすみずみまで舐めとって、あっとイルカ先生の喉の奥から上がった甘い声を合図に床に押し倒した。