休日の過ごし方 後



 体に付いた泡をすべて洗い流すと、二人揃って湯船に浸かった。もともと単身用のアパートに付いてる風呂だから、男二人で入ろうとするとものすごく狭い。足を折り曲げ、向かい合って座ろうとするイルカ先生の体をくるんと回して立てた膝の間に座らせた。背中から抱きついて落ち着いてしまえば、イルカ先生から講義の声は上がらなかった。
 だけど後ろから見える耳が真っ赤だ。
 かわいいなぁと思いながら体をずらして深く湯船に浸かった。そうするとイルカ先生も自然と肩まで浸かることになり、体から力を抜いたイルカ先生がほうっと深く息を吐き出した。
 小窓から入る光に白く輝いていた湯気がふわりと揺らぐ。
「気持ちイイねぇ・・」
 朝に入るお風呂はどこか特別な感じがして、馴染んだお風呂場も違って見えた。波を作ってイルカ先生にお湯をやると、こてんと頭が倒れて首筋に額を押し付けてくる。すっかり寛いだイルカ先生を両腕の中に抱えて天井を仰いだ。
 すごい、なんだか楽園みたいだ。
 立ち上っていく湯気をぼんやり見ていたら、うとうとしてきて目を閉じた。こんなにのんびりしたのはいつぶりだろう。
「カカシさん・・、寝ちゃいそう・・?」
「ん?寝てなーいよ」
「寝るんだったら布団で・・」
 お湯の中で手を掴んだイルカ先生の手を逆に掴んでお湯から出すと、すっかりふやけて白くふやふやになっていた。その柔らかそうな指を口に含む。舌の上でそのざらざらした感触を楽しんでからちゅっと吸い上げた。水っぽいけどなんだか美味しい。他の指も同じように口をつけた。
「カカシさん・・」
 困ったように見つめられて、その唇に吸い付いた。舌を潜り込ませて、深く、深く、絡め取る。柔らかな唇や舌の滑った感覚が気持ちイイ。手を伸ばしてイルカ先生の性器を掴むと抗議の声が上がった。
「カカシさん、俺・・もう・・」
「分かってる。何もしないから触らせて」
 手の中に柔らかな性器を収めて軽く掴む。それが手の中にあるだけで気持ちが落ち着いた。だけどイルカ先生は酷く困っている。
「・・・あがろっか」
 真っ赤になりながら頷いたイルカ先生を抱えて立ち上がった。先に湯船から出して後に続く。イルカ先生の濡れた髪を軽く絞ると水気を切った。ゴムで纏めて頭の上に括る。
「ありがとうございます」
「うん」
 ドアを開けてイルカ先生の背を押すと脱衣所に出した。バスタオルを取ってイルカ先生の体を拭う。上半身を拭いているとイルカ先生もタオルを取ってオレの体を拭いてくれる。互いに拭きっこしてから服を着た。イルカ先生の水の滴る髪にはひとまずタオルを巻いておく。
「イルカ先生、今日なにします?」
「うーん・・、とりあえず洗濯してご飯食べて・・。カカシさんは?」
「予定ないよ。イルカ先生は?」
 イルカ先生の傍にいれたらそれでいい。どこにでもついて行くつもりで聞けばイルカ先生がにかっと笑った。
「俺も。じゃあ今日はカカシさんの傍に居ていいですか?」
 オレが口にしなかったことをさらっと言葉にしたイルカ先生に感動してすぐさま頷いた。
「洗濯手伝います」
「やったー」
 嬉しそうなイルカ先生の後ろに付いて行く。嬉しいのはオレの方だった。
 寝室に戻ったイルカ先生が窓を開けると布団をベッドから下ろしてシーツを外した。受け取って洗濯機に運ぶと、ぱんぱんと勢いのある音が聞こえてきた。振り返れば青空の下、イルカ先生が布団を干している。日差しを反射して白く輝く雲が眩しかった。
 洗剤を入れてスイッチを押せば後は洗濯機が勝手に洗ってくれる。イルカ先生の元に戻って朝食の準備をした。昨日のご飯と味噌汁が残ってるから温める。魚を焼くイルカ先生の隣で玉子焼きを作って、卓袱台に運んで一緒に食べた。
 食べ終わったお皿は水に浸けてイルカ先生の手を引た。ベッドに腰掛け、足元に座らせると髪を乾かした。ドライヤーの風を当て、櫛で梳かしながら乾かすとイルカ先生の髪は面白いほどつやつやになる。髪が熱くなり過ぎないように注意しながら丹念に乾かしていると、今度はイルカ先生が手持ち無沙汰になったのかオレの足を抱えて弄りだした。何の意味があるのか足の指をぐいっと広げる。
「イルカセンセ、くすぐったいよ」
「カカシさん、爪が伸びてるから切ってあげます」
「えっ」
 止めるまもなく足の間から抜け出ると、爪切りを手に戻ってきた。腿の上に足を置くと一本一本爪を切っていく。紙も敷かず、爪が飛び散るのに任せたままで、きっと後から掃除機を掛けるつもりなのだろうとしたいようにさせた。それよりイルカ先生はオレの足なんか触って汚いとは思わないのだろうか。もちろん水虫なんて無いけれど、そっちの方が気になって足を引っ込めたくなった。だけど引っ込めようとするとイルカ先生がぎゅっと掴む。
「もう、カカシさん!じっとしてください」
 振り返ってオレを叱るイルカ先生の目は優しくて、子供を見る時と同じ目でオレのことを見た。
 だから、ドライヤーを止めてイルカ先生の首に腕を回した。重くないように圧し掛かって肩から足元を覗く。じっとするとイルカ先生はにっこり笑って視線を落とした。イルカ先生が残りの爪を切っていく。途中で洗濯機が呼んだけど、知らん顔した。
 今日はいい天気だから、きっともう少し後で干しても乾くだろう。

 掃除と洗濯を済ませると服を着替えた。
 とん、とつま先を蹴って踵をスニーカーの中に押し込んだ。先に外に出てもう片方も同じようにして履く。イルカ先生が出てくるのを待って、玄関に鍵を閉めるとアパートの階段を下りた。慣れた道を並んで歩く。二人とも忍服のズボンの上にTシャツを着て、ペアルックみたいだと思ってるのはオレだけだろう。
 向かう先は木の葉マーケットで今日の夕飯を買いに行く。夕飯、と思うと今日一日が終わるようで惜しむ気持ちが湧いた。
「イルカセンセ、」
 そんな気持ちがふいに名前を呼ばせた。続きは何も考えてなくて、イルカ先生が何も言わないオレを不思議そうに見つめる。それでも何も言わずに待っていてくれるのはイルカ先生の優しさだ。いつだってオレの話を優先してくれる。
 だから、オレもイルカ先生の話を遮らない。最後まで聞くように心掛ける。それが自分よりも相手を大切にすることだと教えてくれたから。・・・時々塞いじゃうケド。
「・・あのね、帰りは少しだけ遠回りしていいですか?あっちの道に藤の花がたくさん咲いてるところがあって、イルカ先生にも見て欲しいです」
 言った瞬間恥ずかしくなった。花だなんてキザなことを。大体そんなの見てもイルカ先生喜ばない――。
「あ、知ってます。公園のところでしょう?あそこ子供の頃からすごいんですよ。もう咲いてたんですね」
 今年は見れそうで良かった。
 そう言って笑うイルカ先生に、自分が特別良いことをしたような気持ちになって得意になった。イルカ先生の役に立ててとても嬉しい。早く買い物を済ませて見に行こうとイルカ先生の手を引いた。

 旬のアサリと野菜と他にもいろいろ買って、来た道とは違う道を歩く。約束どおり藤を見て、人通りが無かったから手を繋いで帰った。家に帰りつくと干しっぱなしにしていた布団とシーツを取り込んでベッドを整えた。
 それが終わる頃、イルカ先生がお皿とビールを持ってやって来た。美味しそうな香りが漂い、手を止めてビールを受け取った。皿の中はアサリの酒蒸しでそれを肴に小腹を満たす。並んで空を見ていると、すいと黒く小さなものが横切った。
「あれ・・」
 イルカ先生が膝でいざって窓際まで寄った。外を見て振り返ると、おいでおいでと手を振る。誘われて横に並ぶと空にツバメが飛んでいた。渡ってきたばかりの鳥は無数に飛び交い独特のさえずりを聞かせてくれる。
「すごいね。こんなにたくさん見たの初めてです」
 感嘆の声を上げるとイルカ先生が得意げに笑った。

 夕飯を食べた後はまた一緒に風呂に入った。湯船にはイルカ先生が入れた菖蒲が浮かんでいた。それで一頻りじゃれた後、風呂から上がってテレビを見た。夜が更けて、イルカ先生がうとうとし始めたのをきっかけに明かりを消すとベッドに潜り込んだ。並んで横たわったベッドからはお日様の匂いがした。イルカ先生を背中から抱き締めて首筋に顔をうずめる。
「イルカ先生、おやすみ」
 もう眠ってしまったのか返事は貰えなかった。とっておきの今日が終わってしまったことに寂しさを感じながら目を閉じた。眠りに落ちながら見た夢は、こじんまりした巣の中で身を寄せ合う二羽のツバメの夢だった。



end

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