春 15





「うれしい、やっと捕まええた」
 カカシさんの息が耳元に触れる。くすぐったくて肩を竦めるとカカシさんの腕が緩んだ。それに心残りを覚えながらも体を離すと頬に掛かっていた髪を耳の後ろに掛けてくれた。整えるように髪を梳きながら、カカシさんの目が細められる。愛しいとでもいうように。
 その優しい表情にぼうっと見蕩れていたら、ゆっくりカカシさんが近づいて、顔が傾いて、唇に唇が触れた。柔らかくくっついて、すぐに離れた。
 キスした。
 あの唇がくっついた。
 カカシさんの唇に見入っていたら、またそれが近づいてくる。
(え、あ、あ)
 キスされる。
 そう思ったら思わず、
「わーっ」
「えっ、ぐぇっ」
 力の限りカカシさんの顎を押し返していた。仰け反ったカカシさんの首がぐきって鳴った気がする。
「いったー・・なんで逃げるんですか!?」
「だって、急にするから・・・吃驚して・・」
「急にじゃないデショ?ちゃんとそういう雰囲気になってました」
「そ、そういう雰囲気ってなんですか!?」
「恋人同士が見つめあったら、キス――」
「恋人同士!?」
「は?なんでそこで驚くんですか。ずっと一緒ってことは恋人ってことデショ?」
「え!そんなこと・・俺考えてませんでした・・」
 ただ一緒に、傍にいられたら良かったので、この関係が何ということまで考えてなかった。それに昨日の今日でこんな風になると思ってなかった。急にそんなこと突きつけられても困る。
「だったらなんだって言うんです。恋人でいいじゃないですか」
 そういったカカシさんの声を遠くに感じて焦った。
 違うと言って離れてしまったらどうしよう。
 そんなことになるぐらいなら恋人でいい。
 いいけど、心の準備が・・・。
「でも・・俺、急にそんな風に言われても変われません」
「変わんなくていーの!今までのままで十分恋人っぽかったから」
「えぇ!そんなことないです!」
「ありますよ!一緒に暮らしたりご飯食べたり、一緒の布団で寝たり。あれが恋人どうしじゃないっていうならなんなのよ!」
「・・・・・・・・家族とか」
 思わず出た言葉だった。でも親子だったら一緒の布団で寝てもヘンじゃない。
 よく考え付いた!
 そう思ったのは俺だけで、がくりとカカシさんの首が項垂れた。
「・・・・家族」
(そんな心底がっかりしたように呟かれても・・・)
 とにかく、もうちょっと心の猶予が欲しい。
 泣きそうになりながら願っていると、俯いていたカカシさんがぎゅっと手を掴んだ。
「わかりました。いいですよ。家族で」
「ほっ、ほんとですか!」
 ほっとした。
 カカシさんが家族で受け入れてくれた。
 そう思って一瞬安堵したが、カカシさんが顔を上げるとともにそれは吹き飛んだ。
「もちろんです!家族!それって夫婦ってことですよね!」
「夫婦!?」
 恋人と夫婦の差って・・・。
(変わってねぇ!むしろランクアップしてるし!)
 満面の笑みで両手を広げて抱きつこうとするカカシさんから逃げた。逃げたつもりだったが上忍に勝てるはずも無く、足首を掴まれて床に伸びた。その上にカカシさんが圧し掛かってくる。
「カカシさん!待って!待ってください!」
 必死で呼びかけるが上に乗ったカカシさんは抱きしめる腕を強くするばかりで何も言わない。
「カカシさん・・・」
 溜まらず目に涙が浮かんでぐしっと鼻を啜ると、ぽんぽんと頭を撫ぜられた。
「わかってまーすよ。でもちょっとだけ。もうちょっとだけこうさせて」
 くぐもった声が肩にあたる。
「・・・カカシさん・・・」
 振り返ってカカシさんの顔を見ようとしたけど髪の毛しか見えない。
 カカシさん・・・。
 心の中で呟いて床に顔を伏せた。自分がとんでもなく一方的で自分勝手なことを言ってることに気づいて気が沈んだ。自分ばっかりカカシさんを縛りつけるようなことを望んで、カカシさんの望むことには何一つ応えてない。
 それじゃ駄目だ。駄目なんだけれども・・・。
「ちゃんと考えますから・・・もう少しだけ時間をください」
 今はそれで許して欲しい。想いが通じたからといってすぐ関係をもてるほどサバけていない。カカシさんが嫌いな訳じゃない。ただ気持ちが追いつかないだけで。それになにより――。
「ん。わかりました」
 考え込んでいると体の上から重みが消えた。脇に手を入れられ体を起こされる。向き合う形で座らされ、でも顔を上げることが出来ずに俯いていると頭を撫ぜられた。
「大丈夫。待ってますから。今までいっぱい待ったんだし、あともうちょっと待つぐらいどうってことないです。だから気にしないで!ね?」
 頭の上にあった手が返事をさせるようにぐっと押してくる。
「イルカ先生。オレお腹すきました。ご飯食べさせてください!」
 元気良く促されて漸く顔を上げた。カカシさんの気遣いがうれしかった。
「はい。すぐ作りますね」
 今の俺がカカシさんの為に出来ることといえばそんなことぐらいだ。
 ニコニコ笑うカカシさんにぎこちなくなったけど笑い返して台所に向かった。
 申し訳なく思う反面、猶予が出来たことにほっとした時、
「イルカ先生」
 呼ばれて振り返った。同じところに座ったままのカカシさんが見上げるように顔を上げて優しく笑う。
「ただーいま」
 久しぶりに聞いたその言葉にするっと固くなっていた気持ちが解けていく。
 でもいつもと同じようで、それでいてそこに込められた意味に気づいて、かぁっと顔が熱くなる。
「お、おかえりなさい」
 いつもならなんでもない言葉なのに、この時ほどこの言葉を口にするのが照れくさかったことはない。
「うん、ただいま!」
 勢い良く立ち上がったカカシさんが「オレもなんか手伝います」と隣に立った。近くに立たれるとまたあのドキドキがぶり返してヘンになる。ヘンになるからちょっと逃げたら、逃げるのはなし!とカカシさんに抱きつかれた。
「ちょっとずつ慣らしていきましょーね」
 なんだそれ!
 それは待ってる内に入るのか!?
 甚だ疑問に思ったけど、口には出さなかった。
 カカシさんにぎゅっとされるのは気持ちよかったから。
 ずっとそうしていて欲しかったから。
end
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