絶対言わない 1



「ありがとうございましたー!」

明るい掛け声とともにガラス戸に写った人影を見てさっと背を向けた。
白い息をマフラーの隙間から撒き散らしてずんずん歩いていくと、カカシは音もなく追いついてごすっと尻に蹴りを入れた。
だけどそれに痛みは無く、数歩よろけて踏みとどまるとちらりと視線だけで振り返った。

「アンタね、人に奢らせといて先に行くとはどう言う了見よ」
「だって寒もん」

マフラーの中で首を窄める。
収まりきらなかった頬を夜の冷たい風が撫ぜた。

「忍者がそんなに寒がりでどうするの」
「忍者だって寒いものは寒いんだよ」

呆れたような溜息にふいっと顔を背けて家に向かう。
やがて人の少なくなった通りをカカシは黙ってついてきた。
あと少しで分かれ道。
今日もあそこで分かれて別々の家に帰る。
ぐじっと潤み始めた目を誤魔化すために俯いて、裸の手に息を吹きかけた。

「なに、そんなに寒いの?」

はあはあ温めていた手をカカシの手が掴む。
指の長い大きな手に包まれて、どっと心臓が早鐘を打ったのも束の間、その手のあまりの冷たさに腕を振ってカカシの手を払った。

「冷たい!」
「なによ、もう。温めようと思ったのに・・」
「俺の手より冷たいじゃないか!」
「そんなことないよ。繋いでたら温かくなるって」
「なるか!」

――繋いでいたら。

その言葉が甘い響きで胸にこだまする。
でもそんなことをするには二人は一緒に居すぎた。
なんでもない時間を長く過ごしすぎた。
二人の関係を表せば、『幼なじみ』としか言いようが無く、それも血の繋がりを感じる兄弟のような距離で、今までずっと過ごしてきた。
その関係を今更崩せる筈が無い。

手を繋ごうと追いかけてくるカカシの手から逃げていたら、にやりと笑ったカカシが両手を上げて襲い掛かってきた。
咄嗟に逃げるが背中から羽交い絞めされ、マフラーの下に手を突っ込まれた。

「ぎゃーっ、冷たっ!」
「ふふ、あったかーい」

首筋に触れる氷のような手から逃れようと身を捩るが後ろからの攻撃に分が悪い。

「このっ」

羽交い絞めする手を掴んで体を翻し、胸に手を付いて押し返そうとするより早く、その胸の中に抱き込まれていた。
背を抱く腕が強く締まる。
強い力に胸を潰されながら、息苦しいのに何故かほっとして体から力が抜けた。

「ほらね、あったかい」

耳のすぐ横で聞こえる声に意識が遠のく。
ほうっと息を吐くと更に腕が締まった。
体の横にだらんと落ちた腕のやり場に困った。
押し返した方がいいのか、それとも――。
その背中にこの腕を回してもいいんだろうか。
抱きしめて、いいんだろうか。

「あったかいデショ?」

頷けと言わんばかりの強い口調に恐る恐る手を持ち上げた。
指先で背中に触れ、ぺたりと両手をつける。
カカシは何も言わない。
腕を伸ばしてその体に巻きつけると衝動を抑えられなくなった。

カカシを強く抱きしめたい。壊れるほど強く。

湧き上がる想いのまま手に力を入れて自分の方へと引き寄せる。
ぎゅうぎゅう抱きしめるとカカシの手が背を這い回った。
形を確かめるように、何度も背中を撫ぜては抱きしめる。
はあっと耳元で零れた熱い息に確信めいた想いが浮かんだ。

なあ、あんただって俺のこと好きだろ?

カカシの髪越しに見る夜空に白い息が溶ける。
火照った頬にカカシの髪がちくちく刺すのがくすぐったくて、目の前の首筋に頬を擦りつけた。
カカシが伏せていた顔を上げる。
視線が合うのが怖くて、でも逃げることも出来なくて、じっとこれから訪れる瞬間を待った。
ふふっとカカシが笑うように目を細める。
どきどきと高鳴る心臓に胸がはちきれそうになった。


なあ、言ってくれ。
あんたの口から言ってくれ。
俺のこと好きだって。
あんたの口がそう言うのを、俺はずっと待っているんだ。



「ねぇ、イルカ――」





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