candy bar 1





 まだ春だと言うのに部屋の空気は重く窓を開けても生温い風しか入って来ない。
 朝起きた時は涼しく、まだいけるかと冬服を着てきたが、日中は気温が上がり受付処理をしながら服の下にはじんわり汗がにじんだ。
 つい先日までストーブをつけていたというのに、季節は春を飛び越え夏に向かっているようだった。

 室内の暑さに耐えかね、任務受付の休憩時間、気分転換に外に出る事にした。ふと思いついてアカデミーの購買部に寄る。
 外に出ると眩しいほどの青空が広がり、浮かぶ白い雲すら光を反射しているようだった。高い位置にある太陽が肌をじんわり焼いた。だが風は冷たく汗で湿った服から熱を奪いぶるっと身震いした。
 まだ早かったかなと手にした袋を持ち上げた。買って来たのはアイスキャンディ。ソーダ味。
 捲り上げていた袖を下ろすと、若い緑の生い茂る木の下にどっこいしょと腰を下ろした。
 ぱりぱりと袋を開けるとアイスを取り出し、先端を舐めた。甘い炭酸の味が口の中に広がり、疲れていた体がその甘さに緩んだ。先を噛んでしゃりしゃりと口の中で溶かしていると肌がちりっとざわついた。
 見られている。
 それとなく辺りを見回すが人影どころか気配すらなかった。其処の事で誰が見ているのか、分かった。
 いつの頃からか視線を感じるようになった。それは授業中であったり、任務受付をしているときであったり、アカデミーからの帰り道であったり。
 最初は誰か分からなかった。視線を感じて振り向いても誰も居なかった。だが気付かぬ振りをして視線を溜めてからさっと振り向くと、そうした内の何回かの割合で主を見ることが出来た。決まって居たのは。
 はたけカカシ。
 びっくりした。なんかしたか?とも思った。だが、振り向いて間違い無くカカシ先生だろうと確信しているのに視線を合わせることも無く去っていく。一体何なんだ。報告書を出すときは普通に話をするのに。
 だがいくら鈍い俺でも分からざるを得ない事が先週あった。

 あれは週末飲み屋で同僚たちと飲んでいた時のことだ。翌日は休みということもあって遠慮なく飲んでいると肌がちりっと焼けた。
 まただ。
 視線を感じた俺は肴を突付きながら視線を溜めるだけ溜めた。そして見た。いた。はたけカカシ。
 やっぱりかと此方も負けじと見ていると、その日は何故か視線が逸らされない。向こうは酔っているらしく、ほお杖をついてぼんやり此方を見ているだけだった。だからその視線の意味を問うべく首をかしげて笑いかけてみた。なんか用ですか?と。心の中では言いたい事があるのならはっきり言えと。
 すると弾けた様についていた肘から顔を上げ横を向いた。そして俯いた。
 こういうのをシカトと言うのではなかろうか。
 嫌なカンジだ。気に喰わない事があれば言えばいいのに。急に肺の辺りが重くなった。
 酒をちびちび舐めながら俯いたカカシ先生を見ていると、横に座っていたアスマ先生がその様子に気付いた。ちょっかいをかける様に手を伸ばすとカカシ先生がその手を払った。むっとしたアスマ先生がカカシ先生の髪を引っ掴み持ち上げた。そして、離した。持ち上げたカカシ先生の顔の僅かに見えている部分と耳が真っ赤になっていた。
 驚いた。いつもだるそうに白い顔をしていたから酔えばあんなに赤くなるのかと。
 同じく驚いたアスマ先生が面白いものを見たというようににやにやして、何か思うことがあるのか周りを見渡した。そして目が合った。俺と目が合うと、にやりと笑いカカシ先生に何か囁いた。カカシ先生は煩いというようにバリバリと頭を掻きさらに赤くなった。
 驚いた。さすがに鈍チンの俺にも分かった。二人の遣り取りには覚えがあった。とはいえまだ10代の頃のことだが。
 そうと分かるとさっきまで重かった胸の辺りがすっと軽くなった。腹の其処からむず痒いような笑いまで込み上げてくる。
「なんだぁ、イルカぁ。赤い顔してー。お前もう酔ったのかー?」
「うわっ、重!酔ってんのはオメェだ」
 酔った同僚が絡んで肩に体重を乗せてくるのを押し返しながら、それとなくカカシ先生を窺うと拗ねたような顔をして此方を見ていた。
 なんて分かりやすい。
 見られていた原因が判り、すっかり気分が上昇した俺は同僚たちと飲み明かした。

 俺に気持ちを気付かれたカカシ先生がその後何か行動を起こしたかというと何も無い。相変わらず今みたいにどこからか見ているだけだ。コレにはちょっと辟易した。これではただのストーカーだ。
 散々遊郭で浮名を流したくせに。木の葉一の業師とか異名を持つくせに。
「あ。」
 そんな事をつらつら思い出しているうちに解け始めたアイスが手に付いた。慌てて棒を逆さにして手に付いた水滴を舐めた。 すると、ただ見ていただけの視線が急に重くなった。ねっとり絡み付いてくるように。
 むくむくと悪戯心が湧いてくる。
 棒を元に戻すと流れを作って垂れてきた雫を下から上へ舌をだして舐め上げた。棒を廻しながら何度か舐め上げていると雫が落ちてこなくなったので先端を口に含んだ。遊んでいるみたいに棒を右回り、左回りさせながら舌の上で転がした。ゆるゆると抜け出さないように1/3程を出し入れし、口を開けるとゆるく噛んで先端を舐めた。
 それにしても俺の何処が気に入ったんだか。
 ちゅくっと強く吸い付いて氷の中から甘みを吸い上げた。棒を人差し指で押して喉の奥までアイスを押し込み、柔らかくなった先端を喉で締め上げ、砕けたのをこくりと飲み込んだ。
 ゆっくりと口から引き出して欠けた先端を見た。
 あほらし。ナニやってんだ俺。
 急にばかばかしくなって、残りをしゃりしゃり噛み砕いた。
 残った棒をどうしたものかと指で遊ばせた。近くにゴミ箱は見当たらない。木で出来ていたので自然に帰すことにした。棒が爆ぜない程度のチャクラを捻じ込み近くの茂みに千本を投げる要領で投げつけた。すると棒が投げつけられて出るよりはるかに大きいがさっとした音が帰ってきた。
 指を咥えて見てないで、さっさと来いってんだ。
 どうするかはそれからだ。
 腰を上げるとうーんと伸びをした。仕事に戻るべく木陰を後にする。
 今後が楽しみだとほくそ笑みながら。



 その後、大切そうに棒を持った上忍がいたとかいないとか。


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