あなぽこ 7





「・・・カカシさん、起きて・・・」

腕を掴まれ目を開けると、ベッドの脇に身なりを整えたイルカ先生が座り込んでいた。
神妙な面持ちで顔を覗き染まれて、

――そうだった。

大事なことを思い出して、眠りの淵でたゆたっていた意識が急にクリアになった。
今日は虫歯の治療をすると言っていた。
励ましてやりたくて急いで任務を片付け家に帰ると、深夜にもかかわらずイルカ先生はすぐに出迎えてくれた。
恐らく眠れなかったのだろう。
疲れもあってイルカ先生を抱え込むとすぐに寝てしまったが、――起こしてくれて良かった。
強張った笑顔を見て思う。

「起こしてしまってすいません、俺、今から出勤しますんで・・・その・・・ご飯作っといたんで起きたら食べてください」
「うん、わかりました。アリガト」

布団から手を出してイルカ先生の背中に回すと、引き寄せるままゆっくり倒れてきた。彼の重みを胸で受け止めて抱きしめる力を強くする。

ダイジョウブ、ダイジョウブ。コワくない、コワくない。

呪文を唱えるように心の中で何度も繰り返す。
自分の中にある強い部分がイルカ先生に移ればいいのに。
怖さからイルカ先生を守りたい。

「イルカ先生、今日終わるの早いんデショ?」
「はい、アカデミーが昼までで、その後歯医者行って――」

首筋に唇をつけてボソボソ話すのがくすぐったいけど、腕は緩めずにいた。

「予約何時から?」
「2時」
「じゃあ、終わるの2時半ぐらいかな。その後デートしましょ」
「デート?だけどカカシさん・・・疲れてるんじゃあ・・・」
「へーき。お家デートと外デートとどっちがいーい?」
「・・・家」
「りょーかい!前に言ってたビデオ見よっか。待ち合わせ場所レンタルビデオ屋さんね。そのぐらいの時間になったらぶらぶらしてるから」
「わかりました」

体を起こしたイルカ先生は幾分強張りが残るものの頬の位置がさっきより高い。
囲いの中からすり抜けて、体が完全に離れる前に腕を捕まえてにやっと笑いかけると不思議そうに首を傾げた。

「ねぇ、イルカセンセ、エッチなのも見たい?もし見たかったらイルカ先生が来るまでに、先にこっそり借りておくけど・・・」
「いりません!」

目元を赤く染めて言い切ると、腕を解いて勢い良く立ち上がる。

「そんなの借りたら承知しませんよ」

仁王立ちになって腰に手を当てるイルカ先生はいつものイルカ先生だ。

「あっ!もう行かないと」

カバンを肩から斜めに掛けて、玄関に向かう背中に声を掛けた。

「いってらっしゃーい、また後でね」

一旦視界から消えたイルカ先生が慌しく戻ってきて、傍らに膝をついた。光が陰り、ミントの香りが鼻腔を擽る。

「・・・いってきます」

目を開けたときには、イルカ先生の尻尾だけがちらりと見えた。

「くくくくっ・・・」

湧き上がる笑いをかみ殺し、玄関先の音に耳を澄ませる。バタンとしまったドアに布団を被りなおし、遠ざかっていく足音を追いかけた。



どこまでも澄んだ空は青く、空気はぽかぽかと暖かい。思いのほか照りつける日差しに木陰に入ると本を広げた。
時折出てくる人に視線を向け、三人目でイルカ先生が出てきた。

「あっ!カカシさん」

声を掛ける前に見つけて貰えた。

「どうしたんですか?ビデオ屋でって・・・」
「うん、早く行き過ぎたから迎えに来ました」
「そうですか、何かいいのありました?」
「この前見逃したやつ、もう出てたよ」
「ほんとですか!じゃあそれも借りないと」

ニカッと笑うイルカ先生の口元ばかりに目がいってしまう。
それに気づいたイルカ先生が、

「完治!」

自慢げに、いーっと歯を見せた。

「どれどれ・・・」

覗き込むと虫歯は無くなって、つるんと白い歯が見えた。痕跡も目を凝らさないと分からない。

「歯茎も治ったらここは隠れて見えなくなるって言ってました。今日で歯医者通うの終わりです」
「良かったですね。・・・痛かった?」
「ぜんぜん!」

あまりに晴やかな顔で笑うのでそれが真実なのか虚勢なのか見極められない。
だけど、イルカ先生から不安が去ったのは確実で、屈託無い笑顔に心が晴れた。


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