空に響け、恋の歌




(やった!)
 口の中の獲物に、俺は胸を大きく膨らませた。
 捕まえたのは大きな芋虫。葉の裏に隠れていたのを上手く飛んで捕まえた。クチバシの両端からはみ出る巨体に囀りたくなる。
「チチチッ、…!!」
 途端に芋虫がクチバシからぽろっと零れた。慌てて枝の上に落ちた芋虫を拾う。
 こうしてはいられない。
 早く木陰に隠れて食べてしまわなくては。もたもたしていると、仲間に見つかって取られてしまう。
 きょろっと見回し、隠れるのに丁度良い木陰を探した。
(あそこにしよう。)
 葉が茂った枝を目指して枝を蹴ろうと屈んだとき、黒い影が覆い被さった。
(すわっ!カラスか!?)
 と戦くが、違う。相手はもっと小さかった。同じ雀がどんっ!と体当たりしてくる。
「あっ!」
 よろめいたもののクチバシはしっかり閉じた。閉じたはずだが、クチバシの片側からはみ出ていた芋虫が無くなっている。
「あぁっ!」
 取った相手を見たら、カカシだった。カカシが俺の獲物を食べている。
 こうなったら早い者勝ちだった。早く食った方が勝ちだ。
 慌ててクチバシを動かして芋虫を咀嚼した。だけど芋虫は半分になったとは言え大きすぎて食べきれない。
 むぐむぐしてる間にカカシがもう半分を奪い、挙げ句の果てには口の中の芋虫まで奪い取った。
 呆然としてる間に、芋虫を食べきったカカシはぶんと尾羽を一降りして飛び去った。
 舌の上に芋虫の甘い汁だけ残る。
「…………俺の芋虫…」
(ムカツク!ムカツク!ムカツク!)
 悔しさのあまり地団駄を踏んだ。
(なにも俺からエサを奪い取っていかなくったっていいじゃないか!)
 カカシはこの辺りではリーダー格の雀だ。
 体が特に大きいワケじゃないが堂々としており、クチバシが黒く強そうだった。
 人間が気まぐれに与えてくれるエサに最初に寄っていくのもカカシだ。それで安全を確認して、皆も集まるから、自然とカカシはリーダー的存在になった。
 それでいて、カカシは人間にも雀にも媚びない。エサを貰ってもすぐに飛び去る姿が格好いいと雌たちのあこがれの的だ。
 更に言うとカカシは俊敏で、飛んでいる羽虫を捕まえる事も出来た。
 羨ましくなるぐらい良い事づくしだ。
 だから、わざわざ俺みたいなニブイのからエサを取る必要なんてない。
(…なのに、どうして…)
 切なくなって涙が滲んだ。
 滲んでも空腹は満たされない。
 仕方なく、次のエサを探して枝を離れた。
 青空の下、ばたばた羽を動かしながらエサを探す。
 口の中にあった大きな芋虫を思いだして、ぐぅと腹が鳴った。逃した獲物を大きいと言うが、あれは本当に大きかった。
(あんなの滅多に取れないのに…っ!カカシなんて嫌いだ!!!!)
 チィ!と声高く鳴いて宣言した。


***


 木の幹にじっと寄り添うと体を癒やした。目を閉じて、じっと空腹に耐える。
 連日の雨にエサを得られないでいた。
 あれから食べたものと言えば、尺取り虫と小さな木の実ぐらいだ。
 自慢じゃないが俺はトロい。
 エサを取るのも下手だが、やっと見つけたエサだって、俺より小さいのが近くに居ると食べたらいけない気がして食べられなかった。
 俺は巣立ちが早かった。巣立つしかなかった。ある日突然両親が帰ってこなかったから。
 何日も待ったが、ひもじさに負けて俺は巣を出た。親鳥の庇護もない、エサの捕り方も知らない鳥の苦労と言ったら並じゃない。
「はぁ〜…」
 これ以上空腹が続いたら、体が弱ってしまう。そうなると死活問題だ。
(雨が止んだらエサ捕りにいこう…)
 目を閉じた瞼の裏に、もややんとあの時の芋虫が蘇った。あれさえ食べていれば、これほど腹が減る事はなかったのに…。口の中に唾液が溢れる。
 ばさばさっ!と羽音がして目を開けた。枝の先にカカシが留まっている。どこで貰ったのかクチバシにたくさんの米粒を付けていた。
「……(じゅるり)」
 垂れそうになったヨダレを啜って、他の枝に飛び移った。カカシより高い枝に移りたかったが、いかんせん空腹だ。下の枝の反対側に移るとカカシが見れない位置に行った。
(ムカツク!ムカツク!ムカツク!これ見よがしに米なんか付けやがって…!!)
 白い米が旨そうだった…、もとい!あんなもん全然欲しくない!
 ぎゅっと目を閉じて芋虫を思い出す。でも、白い米の方が断然美味しいのを知っていた。
(くそっ!くそっ!くそっ!)
 切なかった。空腹なのも、自分が鈍くさいのも、弱いのも。
(俺が強かったら、カカシのクチバシの米が奪えるのに…)
 つい、そんなことまで考えてしまう。
 じわり。
 また目蓋に涙が滲んで、泣くまいとぎゅっと目を閉じると、留まっていた枝がトンと撓んだ。
 目を開けると、カカシがいた。相変わらず米を付けてこっちを見ると、ちょん、ちょんと跳ねて近づいていた。
(…なんだよ、居場所まで取るつもりかよ)
 だったら居座ってやる。ここはカカシのテリトリーじゃない。
 俺が最初に居たんだ。
 羽を膨らませて丸くなる。威嚇のつもりだったがカカシはどんどん近づいて、じっと俺のことを見た。
「………な、な、な、なんですかっ!」
 鋭い目つきが怖くないと言ったら嘘になる。ほわんと漂った甘い米の匂いに口の中がヨダレ塗れになったが虚勢を張った。
 カカシがずいっとクチバシを近づけてくる。もちっとした米が俺のクチバシの前に来て目が眩んだ。
 良い匂いだ。米なんてどれぐらい食べてないだろう。
 カカシが更にクチバシを近づけ、俺のクチバシに米がもちっと付いた。
「な、なんですか…?………食べていいんですか?」
 カカシがじっと俺を見る。
「…………」
 我慢出来なかった。クチバシに付いた米を枝に擦りつけて取ると啄んだ。
「うめぇ〜っ!」
 思わず、ぴちぴち囀るとカカシがぐいっと体を押しつけた。
「あ。」
 こんなに鳴いたら仲間が集まってしまう。ちらりとカカシを見上げると、カカシは黙ったままクチバシを向けた。
 どうしてだろう?と疑問はあるが、促されるままカカシのクチバシに付いた米を啄んだ。
(旨い!旨い!)
 粗相をして米をクチバシの変なところに付けるとカカシが取ってくれた。そのクチバシを向けられて、雛に戻った気分でカカシのクチバシの間にある米を啄む。
(…俺が弱ってたからかな?)
 もっちもっちと米を咀嚼しながら思った。
 案外良いヤツなんじゃないかとカカシを見直した。優しい雀なのかもしれない。
 食べ終わると、ぱっとカカシはどこかに飛び去ってしまった。
「あっ!」
 まだお礼を言ってなかったのに。
 飛んで行ってしまったカカシを目で追うが、小さくなって見えなくなったカカシは程なく戻って来た。クチバシにいっぱい米を咥えて。
 まっすぐに俺の元に飛んでくると、クチバシを向ける。
「えっ、いいんですか?」
 見上げるとカカシが頷いた。
 飛び上がらんばかりに感激した。
 チヨチヨと小さく鳴いて、カカシのクチバシを啄んだ。それから米を受け取って食べた。
 クチバシが米まみれになってもっちもっちした。
 それを枝で刮げながら食べていると、急に体が重くなった。
「ぐぇっ」
 振り返るとカカシが俺の背中に乗っている。
「お、重…っ」
 体を振るうとカカシが落ちた。それでも懲りずにまた乗ってくる。
「ど、どうして!?重いです…!」
「だってアンタ、オレのエサ食べたじゃない」
 初めて聞くカカシの声にびっくりした。
(なんて綺麗な声で鳴くんだ!…じゃなくて!)
 良い雀だと思ったのに嫌がらせだったのか。
 まんまと俺はそれに嵌ってしまった。
「嫌だ、止めて下さい!どうして俺のこと嫌うんですか…!」
 ショックだった。優しくされたと思った後だったから、尚更。
 嫌だ嫌だと体を揺するが体重を掛けられてお尻が上がっていく。
 服従のポーズを取らされて涙が滲んだ。それでも体を揺すると、こつん!と頭を突かれた。
「痛っ!」
 あんな鋭いクチバシで何度も突かれたら、俺の小さい頭なんて砕けてしまう。
「そんなにしなくても…、俺なんかアンタに勝てないのに…っ」
「…ナニ言ってんの?古今東西、鳥が鳥に餌を与えるなんてキューアイに決まってるデショウ?」
「………キューアイ?」
(キューアイってなんだろう…?きゅーあい、きゅうあい?…求愛!?!?)
「お、俺は雄ですよ!?」
 叫んだ時にはカカシの下肢が俺の下肢にくっつこうとしていた。
「見ればわかる」
「ぎゃーっ!」
 ヤバイと思うより早くカカシの下肢がくっついた。
 誰ともシたことが無いところに他人のモノが触れる。
「やめて!やめて…!あっ…!」
 何か這入ってくる。今まで感じたことのない感覚が襲って身悶えた。
「あ…んっ!やだ…ぁっ…」
 ぐりぐりと合わさられた下肢がぬるぬると滑る。
「ヒッ!ア…!アッ!」
 カカシが何度か俺の上で体を揺らすと、びちゃっとお尻の奥が濡れる感覚がして、俺の体の芯を何かが突き抜けた。
「アァッ!」
 じんと体が熱く痺れる。
「これでアンタ、オレのだから。覚えといて」
 俺の背中から下りたカカシが熱い息を吐きながら言った。


***


 高い枝の上から街を見下ろし囀った。声が風に乗って響いていくのが心地良かった。
 ばさっと羽音がして、カカシさんが隣に留まった。クチバシに咥えていた大きな芋虫を置くと足で踏んづけた。
「アンタ、よくも飽きずに1日中囀っていられますね」
「だって、気持ち良いんですもん」
 ちょんちょんと跳ねて傍に寄ると、カカシさんが足下の芋虫を啄んだ。クチバシを向けられて口を開けると、舌の上に油の乗った芋虫の肉が乗った。
(うまっ!旨い!)
「…カカシさん、俺は…一人でも…食べられます」
「うるさーいよ。黙って口開けな」
 憎まれ口を叩くけど、カカシさんは俺を大事にしてくれる。ぱかっと口を開けると、また柔らかい身が口の中に入った。
 嬉しくてむしゃむしゃ食べながら、チヨチチ!と囀った。そんな俺の口の中にカカシさんがせっせとエサを運ぶ。お陰で上手くエサを取れずにやせっぽちだった俺はまるまる太った。体力がついて長く飛べるようになった。見よう見まねで、エサも上手く取れるようになった…と思う。
 無理矢理番いにされたときは怒ったけど、今は幸せだった。カカシさんはいつも傍に居てくれる。一緒に空を飛んでくれる。雨の日は寄り添って温めてくれた。晴れの日は苺の茂った丘に連れて行ってくれた。そして、グズでひとりぼっちだった俺の番いになってくれた。
 満腹で喜びの囀りを響かせる俺の体をカカシさんが優しく啄んで毛繕いしてくれた。ベトベトだったクチバシも綺麗にしてくれる。
 クチバシを啄むカカシさんのクチバシを啄み返した。途端にぱっと距離を開けるから、その分俺が寄っていった。カカシさんは照れ屋だ。だからあんな求愛方法しか取れなかったんだと、今なら理解している。
「カカシさん、好き」
「…うるさいヨ」
 滅多に鳴かないカカシさんがそっぽ向いてチチ!と鳴いた。その声に合わせて、チチチヨ、チチュ!と囀れば、初夏の風がぐるりと吹いて俺達を柔らかく包んだ。


end