行き場のない夢





 夢を見た。
 長い夢だったが簡単にするとこうだ。



 夢の中で俺はカカシ先生の情人だった。それでどの程度の情人なのか知りたくて他の男を引っ掛けた。男に手を引かれて宿に入ろうとしたところでカカシ先生が現れて男は追っ払われる。カカシ先生は怖い顔で言った。
「アンタ、オレの情人なんだから他のに触らしたら駄目じゃない」
 と。

 場面は変わる。

 カカシ先生に抱かれていた。
 突っ込まれ、中を掻き混ぜられてすごく気持ちがいい。カカシ先生が動きを止めてオレの腰を掴んだ。ポイントに先端が当たるようにして腰を回されて喘いでいると手を止められてしまう。刺激が欲しくて俺はカカシ先生がしていたように自分で腰を動かした。同じようにしてみても人にされるのと自分でするのとでは快感の深さが違う。焦れて激しく動かしているとカカシ先生が艶のある溜息を吐いた。――つまりはこういう事だ。
 夢の中で俺はどこまでも道具だった。



「イルカ先生、目が醒めた?」
 襖を開けてカカシ先生が顔を覗かせた。暗い寝室に居間の光が差し込む。
「丸一日寝てたんですよ。お腹すいてる?お粥食べれる?」
 ゆっくりカカシ先生が近づいてくる。
「・・・熱下がった?」
 額に触れようと延びてくる手に体が竦んだ。



 夢はまだ続く。

 紅先生が聞いた。
「カカシ、アンタってイルカ先生のことどう思ってるの?」
 その声にどこか非難する響きがある。
「どうって?」
「好きなのかってことよ」
「はぁ?イルカ先生って男だよ?」
 心底、不思議そうに。

 夢の中の俺には一切の感情が無くて、そう扱われることをどう思っているのか解らない。でもカカシ先生の感情は手に取るように解って―――俺への愛情なんてノミのつま先ほども持ち合わせて無かった。

 でもそれが普通だ。
 目が醒めてから思った。



「イルカ先生、どうしたの?まだ具合悪い?」
 触れようとして宙に止まった手をおろおろと彷徨わせたままカカシ先生が不安そうな目で聞いてくる。
(――何に対する不安だろう。)
 俺が病気した事?
 それとも手を拒んだ事?
 夢の中のカカシ先生ならこんな時どうするんだろう。
 夢と現実の差ってなんだろう。
 解らない。
 どこにも行き場の無い思考を持て余して掛け布団をじっと見ているとカカシ先生の指先が額に触れた。火鉢にでも触れたように当たった瞬間、ぱっと離れて――次いで手のひらを押し当てる。
(冷たい手。)
 感じた途端、感情だけ堰を切ったように溢れた。
「熱いよ。まだ寝てないと・・・ってイルカセンセ!?」
 急にごそっと胸の中にでっかい洞窟が出来たみたいに深い穴が開いて、痛くて、痛くて――涙が。
 只でさえ詰っていた鼻が余計詰って、口で息を吸えば激しく咳き込んで閉じれなくなった口から涎が垂れた。
「どうしよう、どうしよう」
 カカシ先生が泣きそうな顔して背中を擦ってくれる。
 夢の中のカカシ先生だったら絶対こんな顔しない。っていうかきっとここにも居てくれないだろう。その方がいい。
 そうじゃないと―――。
「げほっ、うぅ・・ふぅっ・・・ごほっ・・」
 息が出来なくて苦しい。
 苦しい。
 ゼイゼイいいながら泣いていると、
「ああ、どうしよう・・・イルカ先生が死んじゃう・・・」
 その言葉に吃驚して顔を上げるとカカシ先生が顔をくしゃくしゃにして泣いている。
(落ち着け。落ち着け、俺。)
 泣いている場合じゃない。
「テェ、・・ヒュと、・・って」
 カカシ先生に部屋の隅に転がっていたティッシュの箱を指差せば、大海で浮き輪を見つけた人みたいに飛びついて持ってきてくれた。これがあれば俺が助かるみたいに。
 とりあえず顔中から出た水分を拭った。鼻をかんで、痰を切ってすっきりする。
「イルカっ、センセっ・・・っく」
「・・・・アホだろ?」
 呆れてしまった。
(こういう時は泣く前に医者呼ぶとかしろよ。大体、風邪ぐらいで死なないって。)
 ついでにいつまでも泣いてるカカシ先生の顔も拭って、鼻に紙を当てて、ちーんと鼻をかんでやった。ったく手のかかる。が、
(カワイイったらないね!俺のカカシ先生は。)
 おかげで落ち着いた。
「カカシ先生、氷持ってきて。お粥も。喉も渇きました」
 夢の腹いせにこき使ってやるといそいそと世話を焼いてくれる。
(そうそう。こうじゃないと。)
 気を良くして、飯も食って落ち着くと布団に深く潜り込んだ。
「もう帰っていいですよ」
 玄関を指差せば、
「・・・なんでそんなこと言うの?」
 ひどく傷ついた顔をする。
(いやいや、でもね。)
「うつるから」
「うつせばイイじゃない」
「良くないでしょう、それは」
 と言ってるのに。
 勝手に俺の体を押して脇に寄せると布団の中に潜り込んで来た。
「コラ」
「もうイルカ先生は黙って」
 ぷりぷり言って目を閉じると寝息を立てた。はっきり言ってうそ臭いが追い出すほどの体力は無い。
(・・・・いっか)
 カカシ先生に背を向けると目を閉じた。
 本音を言うと病気の時に一人は嫌だ。


 それにしてもあの夢はなんだったんだ。
 さっきまで寝ていたせいで眠れないので夢の分析をする。
 夢の中の俺は俺じゃないし(だって俺、エッチのときあんなことしないもん)、カカシ先生もカカシ先生じゃない。にも拘わらず動揺したのは、夢の中のカカシ先生がどうやったら俺の事を好きになってくれるか全く解らなかったからかもしれない。あのカカシ先生はどうやっても俺のことを好きにならない。絶対に。
 それが普通ってなんだよ、俺。
 でも、あのカカシ先生には普通だよな。俺、男だし。言ってる事は判る。
 普通でないのは道具に甘んじてた俺の方。
 夢の中の俺はあのカカシ先生を好きなんだろうか。
 だとしたら報われない。その想いはどこにも辿り着くことが無い。
 あの夢は、カカシ先生の気持ちのあり方一つで、夢ではあり得なかったまた別の現実。
 夢でよかった。
 ほっとすると眠くなって来た。
 でも、もう少しだけ考えたい。夢と現実の差を。でないと―――。
「・・・眠れないの?」
 控えめに掛けられた声に考えを中断する。首を横に振ると、後ろから手が伸びて額に当てられた。
(冷たい手。)
 きもちいい。また泣きそうになってちょっと困る。
 なんだか分かった。
 これが夢と現実の差。
 夢の中の俺はこの手を知らない。
 あれは現実ではありえない夢。
「しんどくなったらいつでも言ってね?」
 頷いて寝返りをうてば腕の中に迎え入れられた。咳き込めばすぐ背中を擦ってくれる。俺のカカシ先生は優しい。
 そうだと思いついて夢の中の俺には出来ない事をした。
「カカシ先生、好きですよ」
 無性に言いたくなって言えば、カカシ先生が目をうるうるさせて、
「なんで急にそんなこと言うの?怖いからやめてよ」
 泣かれてしまった。
(怖いってなんだよ!?)
 正直なところ同じ言葉を返して欲しかったので聞けなかった腹いせにカカシ先生のパジャマで鼻水を拭ってやった。
 今度からは頼まれても言ってやらない。


end
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