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お月様が知っている
「お~れぇはイルカァ~、ガァ~キだいしょぉ~」
背中で突然歌い出したイルカ先生に「ぶふっ」と吹き出すと、気を良くしたイルカ先生がきゃっきゃと足を揺らしてはしゃいだ。
馬鹿デカイ声もさながら、その内容もいかがなものだろう?
住宅街から離れて遠回りしたのは正解だったと、ずり落ちそうになるイルカ先生を背負い直して夜道を歩いた。
「カカシ先生、もっと俺の歌聞きたいですか? じゃあカラオケに行きましょう? ね? そうしましょう?」
酔っぱらったイルカ先生はオレの返事を待たずに、鼻歌を歌い出している。イルカ先生が首に回した腕にこてんと顎を乗せると、冷えたオレの耳に温かい頬が触れた。「ふふ~ん、ふふ~ん」と鼻歌が、直接耳に響いて鼓膜を揺らす。吐き出す息が酒臭かった。
足腰も立たぬほどぐでんぐでんに酔っぱらったイルカ先生を、オレはさっき拾ったばかりだ。
暖簾を仕舞った居酒屋の前で、イルカ先生は同僚相手にくだを巻いていた。
「ほら、お前もう帰れ」
「いーやーだー!まら飲むぅ~。帰らなぁ~い!」
「誰だよ、イルカにこんなに飲ませたの~」
「知らないよ。気付いたらこうなってたんだから」
両脇を同僚達に支えられ、自力で立てもしないのに次の店へと引っ張ろうとする。大柄なイルカに振り回されて、同僚達が辟易しているのが見て取れた。
「あー、お前ウザイ!」
「うざいって言うな! 次の店に行くぞぉ!」
(あらまぁ……)
部屋の明かりが消えてると思ったら、こんなところで飲んでいたのか。急いで帰ってきたオレはなんだったのか。
「ねぇ、用があるからソレ貰っていーい?」
ソレとイルカ先生を指差すと、突然現れたオレにイルカ先生の同僚達が飛び上がった。
「は、は、は、はたけ上忍!」
(いやいや、驚きすぎだから)
「あー、カカシ先生だぁー」
イルカ先生はオレを見つけて、ふらふらと寄ってきた。そして、「よいせ」と声を上げると、勝手にオレの首に腕を回して背中によじ登り始めた。
「お、おいっ、イルカ!」
「あぁ、いーよ」
慌てて止めようとする同僚を手で制してイルカ先生を背負い上げる。
「じゃ!」
しゅた!とイルカ先生が手を上げたのを合図に瞬身して、同僚達からイルカ先生を攫った。
静かな道に、じゃりじゃりと石を踏む音とイルカ先生の鼻歌が響いた。空にはまん丸いお月様がぽかりと浮かんで、一つになったオレ達の影を地面に映し出していた。一歩進む度にイルカ先生のしっぽがひょこひょこ跳ね、腰から生えた足がブランブランと大きく揺れる。
イルカ先生の歌声が「ふふん……ふふん……」と途切れがちになって、ふと顔を上げると辺りを見渡した。
「……カカシ先生、こっちに行ったらお店無いです」
「今日は帰ろう。イルカ先生酔ってるデショ」
優しく諭したが、怒ったイルカ先生が暴れ出した。
「ちがう!こっちじゃない!お店、もう一件行くんです!」
「あ、コラ」
人の背中の上だと分かっているのか、イルカ先生がジタバタと手足を振り回した。イルカ先生の踵がガツガツと腿を蹴ったが、落っことさないように腕に力を込めた。
「やだやだ!カカシ先生、帰らない!帰りたくないっ」
ぎゅっと髪を引っ張られたが、それでもイルカ先生を下ろさず夜道を進むと、イルカ先生がぐずぐずと鼻を鳴らし出した。
「ひっ……ひぐっ……えーん…えーんっ」
「……今度は泣き上戸?」
大人しくなったイルカ先生を軽く揺すり上げて背負い直すと、イルカ先生が首に腕を回した。
「カカシ先生、俺…寂しいです。寂しくて堪らない……」
ひっくひっく、ぐずぐずと本格的に泣き出したイルカ先生に苦笑した。
「イルカ先生、それをオレに言うって事は、オレに慰めて欲しいってコト?」
聞くと、イルカ先生がヒタリと黙り込んだ。泣き声すら聞こえない。じゃり、じゃりと石を踏みしめる音だけ辺りに響く。影もぴくりとも動かなかった。
(――眠っちゃった?)
そう思い始めた頃、ようやくイルカ先生が話し出した。
「………………カカシ先生は、そばに居てくれないから嫌です。…今日だって、迎えに来てくれるって言ったのに、来てくれなかった……」
「行ったじゃない。アカデミーに居なかったから、家にまで行ったよ」
「だって、正月開けまで任務だって……」
「オレが早く帰ってくるかもって、思わなかったの?」
「だって! 待ってたらみんな帰って…、クリスマスで、楽しそうで…」
それで飲みに行った同僚に合流したのだと言う。その時の寂しさを思い出したのか、泣き声になっていくイルカ先生をよしよしと揺すり上げた。
「子供じゃないんだから止めてください!」
寂しくて泣く姿は子供となんら代わりないのだが。憤慨するイルカ先生が可笑しくてクスクス笑った。それに、子供にだってこんなことしたことない。
オレが甘やかして慰めたいのはイルカ先生だけだった。
「じゃあ大人の方法で」
言って、屋根の上に飛び上がると方向転換した。
もう友達じゃいられない。気持ちを抑えた付き合いは終わりにしたかった。
「…カカシ先生、どこ行くんですか?」
「オレの家」
不安そうな声を出したイルカ先生に短く告げた。嫌がるかと思ったが、再び黙り込んだイルカ先生の頬が首筋に触れた。
「それって、オレでいいってコト?」
「…………」
答えないイルカ先生の答えは決まっているようなものだが、ちゃんと言葉にして聞きたいと言ったら逃げられてしまうだろうか?
「イルカ先生、覚悟を決めてね」
「……」
物言わぬイルカ先生の頬がぎゅっと首筋に押し付けられた。全身でしがみ付いてくるイルカ先生に口許が緩む。
一刻も早く部屋へと急ぐオレの足下を月が照らしていた。
翌朝、オレのベッドで目を覚ましたイルカ先生は飛び起きて、茫然と辺りを見回していた。
(まさか、酒に酔っていて覚えてないなんて言い出さないだろうな)
「イルカ、寒いヨ…」
肘を突いて体を起こすと裸の肌を見せた。対するイルカ先生も裸のままだ。ワザと呼び方も替えて、今までと関係が変わった事を示すと顔を赤くしたイルカ先生が視線を泳がした。
「今日はお休みデショ?もう少し寝よ」
布団を捲って誘うと、ゆらゆらしていたイルカ先生の視線が出来た空間を強く見つめた。
(ホラ、こっちへおいで)
じっと待っていると、意を結したイルカ先生が胸に飛び込んできた。布団を被せて引き寄せて、冷えた肩を温める。
再び一つになったオレ達を、今度はお日様が見ていた。
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