遠花火
なんでオレじゃないといけないんだ。
山間をいらいらと走りながらイルカ先生を想う。
今日は待ちに待った夏祭り。
一緒に行こうと誘って、互いに仕事が無ければと了承を貰ったのは一月前。
その間も飲みに誘っては「忘れないでね」と念を押し、イルカ先生も「なるべくその日は仕事を入れない様にします」と笑ってくれた。
冗談みたいに笑ってたのに、イルカ先生は今日の夕方から空けてくれてた。
子供たちとの任務を早く終えたオレもその後の任務は無く、浴衣に着替えるために一旦返る予定のイルカ先生を迎えに行けば一緒にお祭りに行けるはずだったのに、どういうわけかオレはどんどん里から遠ざかっている。
隣国に巻物を届けるために。
予定外の任務だった。
受付所の隅にあるソファでイルカ先生の仕事が終わるのを待っている時だった。
イルカ先生の浴衣姿を思い浮かべながら、あと一時間、あと三十分と愛読書を広げていたら、急ぎの任務が入ってきた。
ランクはC。
急ぎというだけで別にオレでなくていい任務だった。
だが間の悪いことに、その時手が空いてる忍者はオレだけだった。
早く任務を終わらせて、受付所で時間を潰していたのが裏目に出た。
誰に・・と彷徨うイルカ先生の目がオレに止まった。
咄嗟にイヤだ!と思ったが、断ればイルカ先生が困る。
それにオレが断ればイルカ先生が受けてしまいそうだった。
行き先を見れば隣国。
オレなら夜までには帰ってこれるかもしれないが、イルカ先生なら――・・・。
「花火までには帰って来ますから」
泣く泣く手を差し出せば申し訳なさそうに巻物が乗せられた。
「でも間に合いそうに無かったらイルカ先生、先に行ってて」
彼が花火をとても楽しみにしてたのを知っていらから笑って言うと、イルカ先生が弱々しく笑い返した。
待ってます、と聞こえたような気がしたのは煙を上げて消える瞬間だった。
* *
早く、早くと木々の間を駆け抜ける。
敵に追われてるときだってこんなに早く走ったことはない。
陽はとっぷり暮れ、空には星が浮かぶ。
里まではこの山を降りて、まだ少しある。
今頃祭りの行われてる神社では人が溢れかえってるだろう。
イルカ先生と食べる予定だったたこ焼きやりんご飴を思い浮かべては頭を掻き毟りたいような焦燥に駆られる。
どうしてこうも間が悪いのだろう。
こんな事になると分かっていたら昼の任務を早く終わらせたりしなかった。
受付所じゃなくもっと別の所で待っていた。
でもそうすればイルカ先生が任務に出ていたかもしてない。
それはつまるところ、イルカ先生とは今日はどのみち一緒に過ごせなかったということだろうか。
今更考えても仕方の無いことうだうだ考えていると、視界の端に光が見えた。
目についた高い木に登り里の方角に視線を凝らせば、遠い夜空に小さな花火が咲いている。
次々と色とりどりの花を咲かせては音も無く消える。
「あーぁ・・・はじまっちゃった」
急に体から力が抜け、枝の上に膝をついた。
無理をさせた膝ががくがく振るえ、その久しぶりの感覚に笑いが込み上げる。
なにやってんだろ、オレ。
笑いたくもないのに込み上げてくる笑いに自嘲が混じる。
らしくないことをしている、という自覚はある。
ほんとは今日、イルカ先生に告白するつもりだった。
何度食事に誘っても、何度遠まわしにそれらしいことを口にしてもちっとも気づいてくれないイルカ先生に、一緒に花火を見ることができればそれをきっかけに告白しようと。
だが、里に帰る頃には花火は終わっているだろう。
遠くでぱぱぱっとたくさんの花火が上がった。
今頃イルカ先生はあの下で花火を見上げているのだろうか。
誰かと一緒に、と思うと切なくなった。
オレが傍に居なくてもイルカ先生の周りは人が絶えない。
イルカ先生は遠い。
あの花火と同じように。
どんなに傍に寄ってもいつも遠くに感じた。
それはオレが思うようにイルカ先生にオレは思われてないから。
うすうす気づいてた。
イルカ先生はオレのことをなんとも思ってない。
気づいてもらえないというのはそういうことだ。
きっと告白しても駄目だっただろう。
それにもし一緒に行けたとして告白出来たかどうか。
任務を受けた時、ほんのちょっとほっとする自分がいるのを感じていた。
――オレって根性ない。
イルカ先生と出会って気づかされたことを再認識して、かくっと首を項垂れると、ずっと下のほうで影が過ぎった。
枝の間から見え隠れする黒いしっぽに痛いぐらいに心臓が張り詰めて呼吸が止まる。
「イルカセンセ!?」
叫びながら枝から飛び降りた。
近づいて浮かび上がる輪郭にどきどきと心臓が早鐘を打つ。
ああ、どうしよう。
すごく嬉しい。
イルカ先生がそこに居るというだけで押さえようのない喜びが込み上げる。
「イルカセンセっ!」
弾むように着地すると、イルカ先生が笑顔を向けた。
「イルカ先生、どうしてここに?」
「そろそろ帰ってく頃かと思いまして。見つけて貰えて良かったです。行き違いになる所でした」
屈託無く笑うイルカ先生を許されるならギュッと抱きしめたい。
でもそれが出来ないもどかしさに体の中が捩れそうな気がしてくる。
頭の中ではどうして?どうして?と駆け回る。
お祭り楽しみにしてたじゃないですか。
花火、あんなに楽しみにしてたじゃないですか。
それなのにどうしてこんなところにいるんですか。
同時に、どうして?と疑問の形をとりながらも、自分に都合にいい考えが疑問を浚う。
それって。
もしかしてイルカ先生――。
「迎えに来てくれたんですか?」
「ええ、まあ・・」
ぽりぽりと鼻の傷を掻きながら、照れたように笑うイルカ先生にぽぅと見入った。
望んでいた答えが貰えそうな予感に体中が浮き足立つが、随分遅れてやってきた微かな音を耳が捉えた。
花火――見せてあげないと。
「イルカ先生、こっち!」
瞬間頭の中がそのことでいっぱいになって、イルカ先生の手を掴むと、さっきまでいた木の上へと駆け上がった。
「あそこ見て」
突然のオレの行動に吃驚しながらもついてきたイルカ先生が、指差す方に目を凝らす。
わぁっと小さな声が耳に届いた。
まだ花火が上がってるのを確認してイルカ先生に視線を向けると、ぱちぱちと目を瞬いて小さな花火を見つめている。
時々こっちを見ては目にしたものを共感するようににこっと笑う。
なんてかわいいんだろう。
その横顔を見つめながら溢れそうな想いで胸がいっぱいになる。
――この花火が終わったら。
強い想いが胸を占める。
この花火が終わったらこの想いをすべて伝えよう。
それはきっかけではなく、今はイルカ先生が花火を楽しんでるから終わるのを待ってから。
きっかけなんかいらない。
きっかけなんて用意してもなんの役にも立たない。
伝えたいと思う強い気持ちと勇気さえあればそんなもの必要なかった。
漸くそのことに気づいて花火が終わる瞬間を待ち遠しく思った。
フラれたら、と頭の隅を掠めないこともないがその時はその時。
今は気持ちを伝えたくて仕方がない。
「あっ!カカシ先生見てください」
思わずといった風にイルカ先生が袖を掴んだ。
里の空には終わりを告げる打ち上げ花火が連発で上がった。
重なるようにして上がる花火にイルカ先生が感嘆の声を上げる。
「すごいっ!すごいですね!」
くい、くいと引かれる袖に愛しさが募る。
服越しにイルカ先生の温もりが伝わる。
大好き。
イルカ先生が大好き。
遠くの花火よりも強い光が心の中を照らす。
やがて花火は上がらなくなった。
「終わっちゃいましたね」
それでも暫くの間、名残惜しげに空を見つめていたイルカ先生が残念そうに呟いた。
普段より砕けたその言い方が可愛くてまた愛しくなる。
「うん・・・。ごめんね」
「えっ、どうして謝るんですか?」
「もっと近くで見たかったでしょう?オレが・・・任務じゃなかったら・・・」
俺が誘わなければと言いそうになって一瞬口を閉じた。
例えそうでも言いたくない。
「何いってるんですか。カカシ先生に任務振り分けたの俺ですよ。カカシ先生だって楽しみにされてたのに・・・。それに急いでくれたんでしょう?」
首を傾げてオレを伺うイルカ先生が急に「あっ!」と声を上げた。
「もしかしてカカシ先生、ここでずっと花火見てたんですか!?」
ぷくーっと膨れた頬に笑みが零れる。
「そんなことないですよ。すっごく急ぎました」
「だったら、いいです」
膨れていた頬をにっと持ち上げてイルカ先生が笑う。
嬉しそうで、それでいてちょっと得意げな表情で笑うイルカ先生にくすぐったい気持ちになる。
その満面の笑みに後押しされるようにイルカ先生の手をとった。
きょとんとしたイルカ先生がオレの顔と繋がれた手を交互に見ている。
「イルカ先生が待っててくれると思うと早く帰らなきゃって思ってこれ以上ないくらい急ぎました。オレはね、イルカ先生が居てくれると自分でも思ってる以上に頑張れるんです」
繋いだ手をぎゅうっと握るとイルカ先生の頬に朱が差した。
「イルカ先生がスキです」
内心は緊張して心臓が痛いぐらいだったが平静を装ってサラッと言った。
イルカ先生は心底吃驚したみたいで目をぱちぱちさせてぽかんと口を開けてる。
その唇からなんの言葉も発せられないのが怖くなって次々と捲くし立てた。
「それにね、笑ってるイルカ先生を見てるとオレも楽しくなったり、おいしそうにご飯食べてるのを見てると幸せな気持ちになったり、イルカ先生と話してるだけで嬉しくてたまらなくなって、もっともっと話したくなって、もっともっと会いたくなります。それからね、イルカ先生が傍にいないと寂しくなって、一緒にご飯食べた後の別れ際なんかとくに寂しくって・・・寂しくて寂しくて待ってたら戻ってこないかと思ったりすることもしょっちゅうで・・・・・・・アレ?・・・オレなんの話して・・・?」
実際に夜空の下、もしかしてとバカみたいに一時間も待ってたことを思い出してたら頭の中がこんがらがった。
頭の中を整理するが、なにも言ってくれないイルカ先生が怖い。
やっぱりダメだったのか・・・と胸の中を塩水が浸食し始めるが、繋いだ手を離したくない。
「イルカ先生、スキなんです。オレの傍にいてください」
二度目の告白は弱々しくて自分で聞いても情けない声だった。
花火を見ているときに胸を膨らませていた強い気持ちはみるみる萎んで跡形もない。
残ってるのはただイルカ先生が好きという気持ちだけ。
それだけが胸の中で萎まず熱を発して胸を温める。
いつだってぴっかぴかに光って存在を示す。
まだだ・・・まだ。
簡単に諦められない。
それにこんな風に告白する機会なんてもう無いかもしれないと思うと想いをすべて伝えてしまいたかった。
「オレはね、イルカ先生がすごくすごく大事なんです。イルカ先生が笑ってくれるんだったら何だってするし、困ってることがあれば助けになりたい。それから・・・あの・・・」
もっと言いたいことがあるはずなのに言葉が出てこない。
苦しい。
まだまだ言い足りないのに・・・。
沈黙が夜の山をいっそう静かなものにする。
いつの間にか握り締めていた手はイルカ先生の手を締め付けていた。
手の間から見えているイルカ先生の指が赤く染まっている。
「・・・・ゴメンナサイ、痛かったよね?」
「あ・・・いえ・・」
掴んでいた手を緩めるとイルカ先生の手がするりとすり抜け、痺れた指を解すように握ったり開いたりした。
その普段と変わらない様子に落胆の気持ちが込み上げる。
そんなことは度々だったが、今回は今までと違ってはっきりと想いを告げた。
――やっぱりオレイルカ先生に相手されて無い。
ぺこんとへこんだ胸の中でざばざば潮が渦巻く。
これからどうなるのだろうと思うとどっと後悔が押し寄せる。
言わなければ良かったという想いと、もっと上手く言えば良かったという想いが交差する。
きっと、ちゃんと伝わってない。
もっと何か――何か・・・。
「あの・・・分かりましたから・・・」
目まぐるしい思考を止めたのはイルカ先生だった。
漸く聞けたイルカ先生の声は静かで暗に潮時だと告げられたような気がする。
イヤだ。イヤだイヤだイヤだ・・・・。
離れたくないと思った時には抱きしめていた。
驚いて後ずさるイルカ先生に向かって歩を進める。
「分かってません。まだ分かってないです」
だってまだ全部伝えてない、まだ――。
細い枝先に向かって下がっていたイルカ先生の足が枝を捉えることが出来ずにがくっとバランスを崩し、しがみつく様にイルカ先生の腕が背中に廻った。
細い枝が二人の重さに弛む。
チラッと下を伺うイルカ先生を感じながらもその首筋に顔をうずめて強く抱きしめる。
鼻腔をイルカ先生の匂いが擽り、その温もりが服越しに伝わってひどく幸せな気持ちになる。
それはすぐに消えてしまう儚いものだと分かっていたがそれでも良かった。
「カカシ先生、・・・ここは危ないから・・もうちょっと向こうに・・・」
「イヤです」
「落ちそうなんですけど・・・この高さだと落ちたら死にますよ?」
「落ちてもいい。イルカ先生とこうしていられるなら落ちてもいいです」
「そうですか。でも俺は生きてカカシ先生にこうして欲しいので下がってください」
え?
なんて言ったんだろう?
耳に届いた言葉は都合のいい幻聴でも聞いているようで現実味がない。
呆然としているとぐっと体を押された。
押されるまま後ろに下がって、とんと背中に幹があったってもまだ押される。
違う。
イルカ先生に抱きしめられていた。
「・・・・イルカセンセ?」
胸に顔を押し付けるように俯くイルカ先生の表情は伺えないが。
その耳は真っ赤に染まっていた。
そっと耳に触れてみると吃驚するほど熱い。
びくっと震えたイルカ先生がそれを嫌がるように肩を上げるが背中に回された腕は外されない。
じわじわと、遅ればせにやって来た喜びが体の中を駆け回る。
「イルカセンセ・・・オレのことスキ?」
ぐっと胸に押し付けられた頭に体中が熱くなる。
夢でも見ているような心地になるが腕の中の存在がそうじゃないと教えてくれる。
夜の風に吹かれながら消えない幸せを強く抱きしめた。