うわあー、だった。
玄関を開けて立ち尽くすカカシさんを見て、まず最初に思ったのは。
むずむずうずうずが体の中から湧き上がる。
どうしてくれようか。
このカワイ子ちゃんを。
ころころ
夜中にふと目が覚めた。
誰かに呼ばれた気がして意識が浮上する。
丸めていた体を伸ばして振り返るが誰も居ない。
もう一度眠ろうとして、気付いた。
(・・・何してんだろ、あの人・・)
玄関前に微弱な気配。
帰ってきたなら入ればいいのに。
ふわあと欠伸して布団から抜け出すと様子を見に行った。
冷たい廊下をぺたぺた歩いて真っ暗な廊下を進む。
脱ぎっぱなしのサンダルを足場に玄関を開けると、
うわあー。
そこには何をするでもなく、すっごい拗ねた顔したカカシさんが立っていた。
なにがあったんだろう?
「・・おかえりなさい」
とりあえず言ってみるが返事は無い。
再びうわあーだ。
初めて見た。
こんなカカシさんを。
春に土筆がひょこっと芽吹くように俺の中で何かが芽生える。
「お風呂にしますか?それともご飯?」
聞いてみるがやっぱり無言。・・・いや、「疲れた」とだけ小さく呟いてサンダルを抜き出した。
(そうか、疲れてるのか。疲れたカカシさんはこうなるのか。)
好奇心とわくわくでついカカシさんを観察してしまう。
開けっ放しの玄関を閉めるために脇に寄ると中に入ろうとするカカシさんがぶつかって来た。
いつもなら狭い玄関で道を譲ってくれるのに、ぐいぐい俺を押しのけて中に入る。
そのまま大股で歩くと居間に入って見えなくなった。
慌てて玄関を閉めて追いかける。
こんな面白いこと見逃してたまるか。
居間に入るとカカシさんが寝転がっていた。
そんなところで寝る態勢に入れば、俺になんか言われることぐらい分かってるだろうに。
「カカシさん、ご飯は?」
「いらない」
「じゃあ、お風呂入って」
「いい」
「いいじゃないですよ、ほら」
ぺしぺしお尻を叩いて促すと、さっきより数倍むすぅとした顔で起き上がった。
どしどし足を踏み鳴らしながらお風呂に向かう。
その後姿を見送りながら、カカシさんに気付かれないようにふくふく笑う。
(楽しいっ!)
きゅうーんと心の中が鳴り響く。
可愛くてしかたない。
あまりの可愛さに床の上を転げまわりそうになった。
ぶわーっと俺の中の愛情が増幅する。
カカシさんを構いたくて愛情が溢れた。
こうなるとじっとしてなんか居られない。
ざーっと水音の聞こえる風呂に向かった。
いつもはそんなことしないのに、脱ぎ散らかされた服にカカシさんの心が見えた気がする。
わざとぶつかってきたのも寝転んだのも、全部。
俺に「構ってくれ」と言ってる気がする。
「入りますよー?」
返事を待たずに風呂に入ると、カカシさんの体がビクッと跳ねた。
いつもは大っぴらに見せてくるくせに慌てたようにタオルで前を隠す。
「な、なに?入って来ないで・・」
「まあまあ・・、髪洗ったげます」
尖がったカカシさんをいなしてシャンプーを探す。
「出てって」
やーだよ、と知らん顔してシャンプーを手に取ると、
「イルカ先生」
カカシさんがすっごい怒気を出した。
ごんっ。
その瞬間、カカシさんの頭に拳骨を落とした。
頭の中で。
誰に向かって言ってやがる。
俺の前であんたの体が指一つでも自由になると思うな。
この体は俺のだ!
・・・・ふぅ。
そんな訳で「いやです」と断りを入れるとしゃこしゃこポンプを押してシャンプーを手に取った。
軽く泡立てるとカカシさんの頭に手を乗せる。
諦めたのかカカシさんは何も言わない。
手を動かしてカカシさんの髪を洗った。
思いのほかちっこい頭は瞬く間に泡塗れになった。
耳の裏に残った血痕も指で擦って落とす。
その泡がタイルに落ちるとカカシさんの手がぴくっと動いた。
途端に気配が張り詰める。
(・・ああ、コレが嫌だったのか。)
シャワーを出して頭を流しながら、タイルに落ちた泡も流した。
水が透明になるにつれ、カカシさんの気配が緩んでいく。
(もう大丈夫ですよ、綺麗になりましたよ。)
心の中で呼びかける。
それほど気にすることじゃないが、カカシさんが気になるならいつだって俺が綺麗にしてみせよう。
「・・・ちゃんと、流す前に言ってくださいよ」
「でも顔には掛かってないでしょう?」
カカシさんの顔を覗きこむと不満顔で口を尖らせていた。
でも声の調子からカカシさんが口調ほど怒ってないのが窺がえる。
きっと、照れくさいのだろう。
もう一度シャンプーを手に取るとカカシさんの髪を洗う。
真っ白な泡の中で銀色の髪が指の間を滑る。
「洗い足りないとこないですか?」
「・・うん、ないよ」
「じゃあ、流しますよ?」
「うん」
今度は宣言するとやわらかな返事が返ってきた。
「ちょっと息を止めてください」
前髪をかき上げて顔に付いた泡を流すとカカシさんが顔を上げた。
息を止めて、子供みたいに。
その無防備さに心臓を打ち抜かれた。
時折みせるカカシさんの幼い仕草に俺はめっぽう弱い。
めろめろになって丁寧にリンスするとスポンジを泡立てた。
カカシさんの体も洗ってしまおう。
でも体を洗いたいだなんてエロ親父みたいじゃないか?
なんて思っていたらカカシさんが振り返った。
また駄目だって言われたらどうしよう。
後ろめたい気持ちはニカッと笑って誤魔化すと、何か言われる前にえいと背中にスポンジを押し付けた。
無言で前を向いたカカシさんにほっとしつつ、ごしごしごしごし背中を擦る。
ちゃんと気持ちいいかな・・?
カカシさんの顔色を窺うが俯いてて見えない。
ごしごしごしごししながら横に並ぼうとして、ふと鏡に映ったカカシさんに気付いた。
(・・なんだよ、笑いたい時は笑えよ!)
口元が今にも笑いそうにひくひくさせてるカカシさんに心の中でつっこんだ。
あまりの我慢の仕様に見てるこっちが照れくさくなる。
上機嫌になってカカシさんの腕を持ち上げると脇の下を擽った。
「ちょっ・・」
慌てたように身を捩ったカカシさんが笑いだす。
「くすぐったいデショ」
俺の手を押さえたカカシさんはすっかりいつものカカシさんだ。
あどけない表情で笑うカカシさんに得意になってごしごし体を洗いまくった。
どうですか、俺だってたまにはアナタの役に立つでしょう?
いつも疲れも不機嫌さも俺に気付かせないように隠してしまうけど、いつだって、どんなアナタにだって受け止める用意がしてあるんですよ?
どうかそれを知って欲しい。
指の先からつま先まで、想いが伝わるように丁寧に丁寧に洗う。
そして、――次第に困った。
残すところあと僅かな部分をどう対処していいのやら。
こんな明るい風呂場で、目的が洗うためであっても、おおぴらにソコに触れるには抵抗があった。
だってそこは大切なとこだから。
それにとてもエッチなところだから。
俺が触るとエラいことになってしまう・・・。
って、そんなことカカシさん考えてないのに俺一人が意識して・・。
ここまで洗ったのにここだけ洗わないのは逆に意識してるみたいで変じゃないか?
タオルで隠れた部分に意識が集中する。
どうしよう、どうしようといつまでもカカシさんの膝を擦っていると、「前は?」と促されてしまった。
がっと体温が上がる。
やっぱり駄目だ。
「あ、後はご自分で・・」
スポンジを押し付けて風呂から逃げるとカカシさんのくすくす笑う声が追いかけてきた。
恥ずかしくてたまらない。
だけどカカシさんから逃げて一人になると可笑しさが込み上げて笑ってしまった。
なんだかすごく幸せだ。
浮き足立って台所に向かうとお茶漬けを作った。
きっとお腹も空いてる。
冷蔵庫にあった鮭を焼いて身を解す。
皮はもう一度ぱりぱりに焼いて刻んだ。
ゴマを炒ると香ばしい香りが部屋中に広がった。
お茶碗にご飯を盛って鮭とゴマを乗せた。
上出来だ。
きっとおいしいと言ってくれる。
卓袱台に運んでカカシさんがお風呂から上がるのを待っていると、扉が開く音がしてお茶をかけるとカカシさんが来るのを待った。
だけどカカシさんがなかなか来ない。
「なにやってるんです?こっちに来てご飯食べませんか?」
「いや、その・・、え?でも・・」
痺れを切らして迎えに行くと、カカシさんが脱衣所でもじもじしていた。
ああ、とぴんと来た。
気持ちが落ち着いてさっきまでの態度が恥ずかしくなったのだろう。
気にしなくていいよ、と袖をひく。
素直についてくるカカシさんが可愛かった。
「少し食べてからのほうがゆっくり眠れますよ」
強引に卓袱台の前に座らせるとお茶漬けを勧めた。
だけどなかなか箸を取らない。
またもじもじしだすのに、カカシさんの手に箸を押し付けた。
「少しだけでいいですから。ね?」
そっと促すとようやく食べてくれた。
「美味しいです」
ぼそっと小さな声が茶碗の向こうから聞こえた。
カカシさんの不器用さが愛しかった。
「イルカセンセ、もう寝よ?」
茶碗を洗っているとカカシさんが背中を引っ張った。
帰って来たときとはうって変わって俺からぴたりと張り付いて離れない。
「もう終わりますから、」
後ろを振り返ると俺より背の高いカカシさんがうん、と頷いた。
あまりに近かったから、その髪が頬に掛かる。
くすぐったくて首を竦めるとカカシさんがぎゅっと背中に張り付いた。
「いるかせんせ・・」
すき、と小さな声が聞こえた。
俺もですよ、カカシさん。
アナタのことがすごくすごく好きです。
温かな気持ちで茶碗を洗い終えると、待ち構えたカカシさんが俺の手を引いた。
布団に入った後のカカシさんがこれまたカワイ子ちゃんで俺の心をめろめろにした。
**
後日、俺がカカシさんにしでかした事なんてすっかり忘れて風呂に入っていると、突然風呂の扉が開いた。
見れば素っ裸になったカカシさんが立っている。
「とわっ、わあっ!なんですか!?」
「一緒にオフロに入りましょ」
「嫌です、出てってください!」
「まあまあ、そう言わず」
俺の剣幕なんかそっちのけでカカシさんが近づいてくる。
咄嗟に手にしていた桶で前を隠すと、「あはっ」とカカシさんが笑った。
「今更隠さなくったってイルカ先生のなんて色も形もちゃーんと知ってまーすよ」
「ヤな言い方するなっ!あっ、やめっ・・」
あっさり桶を奪われて取り返そうと手を上げた瞬間、頭からお湯を浴びせられた。
あぷあぷしながらもう嫌だと風呂桶に逃げようとするとカカシさんが目の前に手袋を差し出した。
「ホラ、見て?今日スーパーで見つけたんです」
ド派手なピンク色した手袋に視線が吸い寄せられる。
お風呂グッズにちょっとばかり弱い俺だ。
「・・・垢すりのやつですか?」
「ちがーうよ。バスグローブと言って体洗うヤツです」
「ふぅーん」
両手にそれを装着したカカシさんの手に指先で触れれば、ざりざりとして体を洗うナイロンのタオルと同じ質感を伝えてくる。
「今日はオレがイルカ先生の体、洗ってあげまーすね!」
「はい。・・・・・・・・・ん?え、いいです!いいですってば!」
どんな感触だろうなどと想像していて反応が遅れた。
それでカカシさんが体を洗う姿を想像して激しく拒絶した。
とんでもなくヤラシイじゃねーか!
後退るとカカシさんが両指をワキワキしながら迫り来る。
「ぎ、ぎゃーっ」
「こぉーら。イルカセンセ、そんなに騒いだらご近所に迷惑ですよ?」
ご近所と聞いて口を閉じた俺に満面の笑みを浮かべたカカシさんが手を伸ばした。
転げ落ちた風呂イスにもう一度座らされ温かなお湯が背中に掛けられる。
しゃわしゃわと泡を立てる音が響いて、ひたと背中に背が当てられた。
ごしごしとカカシさんの両手が背中を滑る。
優しく肩から腕を擦られて、ここは何屋さんだと顔を赤らめた。
あ、だけど気持ち良い。
と、油断してたらカカシさんの手が前面に回った。
「そ、そこはいいです。背中だけにしてくださいっ」
「えーっ。でも、前も洗いたいです」
カワイ子ぶって見せても、乳首をざりざりするのはワザとやってるだろう!
「いいですってっ」
必死になってカカシさんの手を剥がしに掛かると、その隙を縫ってもう片方の手が股の間に滑り込んだ。
ざりざりのグローブをつけたままの手がそこを握りこむ。
「ちょっ・・、いたッ!そんなところ、そんなので触ったら痛いです!!」
「え?ここは素手の方がいいの?ふふ、エッチだなーイルカ先生は」
違う。やめろと言ってるんだ、俺は。
だけど分かっていながらやっているカカシさんに俺の言葉は通じない。
あっさり片手だけグローブを取るとぬるぬるした手で俺のを包み込んだ。
「も、やめっ!・・あ・・っ」
「綺麗にしてるだけだーよ?」
優しげな声が耳元で囁く。
かぷっと耳朶を口に含まれて、温かい舌が這うと背中がぞくぞく震えて――・・。
流されるまま、初お風呂エッチに至ってしまった。
end