なんでもない日
その日、空は晴れてとてもいい天気だった。6月に入ったというのに雨の降る気配はなく、どこまでも青く澄みきっている。
布団の中から浮かぶ白い雲を眺めて、一つ大きく伸びをすると勢いよく起き上がった。ベランダへと続く窓を開けると、今まで寝ていた布団を干してお日様に当てた。
カカシさんと俺の洗濯物の溜まった洗濯機を回し、しっかりめに作った朝食を食べて顔を洗う。
TシャツをGパンに着替えて部屋の掃除も終わらせるとスニーカーを引っ掛けて外に出た。
商店街をぶらぶらして書店に入る。前から気になってた本を買って、またぶらぶら。
お昼に一楽に入ってとんこつを食べると買い物して帰った。
買ってきたものを冷蔵庫にしまうと布団をひっくり返して買ったばかりの本を広げる。途中で思い出してコーヒーを入れると最後まで読みふけった。
夕方、布団と洗濯物を取り込む。ベッドを綺麗にして、カカシさんと俺の洗濯物を分けて畳むと箪笥にしまう。
そろそろ、と頃合を見計らって風呂に湯を張ると台所に立った。まず米を洗い、鍋に水を張って煮干を入れる。ジャガイモを洗って丸ごと鍋に放り込むと火にかける。
それが沸騰する前に玄関が開いた。
「ただーいま!」
予定より随分早くカカシさんが帰って来た。
「おかえりなさい!」
嬉しくなって声が弾んだ。切りかけていたきゅうりをほっぽって玄関まで迎えに行くと、カカシさんが大きな白い箱を抱えている。
「あっ!!」
思わず声を上げると叱られるのを察知してカカシさんが眉尻を下げた。あれほど何度も念を押したのに。
「どうしてそんな大きいの買ってくるんですか!」
「だっ、だってね!イルカ先生が小さいのでいいって言うからちゃんとそうしようと思ってたんですけど、ケーキ屋さんで並んでるの見たらね、こっちの方がいーなぁって。だっていっぱいお祝いしたいじゃないですか!それにね、すごく美味しそうなんですよ、見て?」
両手で抱えた箱を卓袱台まで運ぶと箱を開けて振り返った。
「ほら、みてみて」
まるで宝物を見せる子供みたいな顔して手招く。それにしょうがないなって顔を作って、――ホントはもう嬉しくて仕方なかったけど言った手前――カカシさんの横から箱を覗きこんだ。
箱の中には白いクリームの上に苺がたくさん乗ったケーキが入っていた。その中央に『happy birthday iruka』と書かれたチョコのプレートがでんと鎮座している。
「ね、いいデショ?」
耳元でこそっと聞かれたけど、胸がいっぱいになって答えられない。じいっと見ていると、カカシさんがケーキの足元のクリームを掬って口元に運んだ。
「おいしいと思うよ?」
少し拗ねた顔で「ん」と催促するのに、口を開けてカカシさんの指をぱっくと食んだ。ぬるっと指が抜け出ると舌の上にクリームが残る。甘いクリームが舌の上に広がって、頬が緩んだ。
「おいしいです」
「よかった!いろんな人に聞いたらココのが一番美味しいって言うから予約してたんです…って、あ…」
上忍らしからぬ迂闊さで口を割ったカカシさんが情けない顔になるのを見て、思わず吹き出した。
駄目だ、怒れない。
だって嬉しくて嬉しくてたまらない。
腕で顔を隠して笑っていると目の奥が熱くなってくる。
「イルカ先生?」
カカシさんが顔を覗きこんでくるが、涙が溢れそうになってますます笑いを収められなくなる。
すごくカカシさんが好きだ。
「イルカ先生、泣いてるの?」
「泣いてません!」
引き剥がされそうになる腕ごとカカシさんに体当たりした。首に手を回して体を押すと、二人して畳みの上に転がった。カカシさんの体の上に覆いかぶさって首筋に顔をうずめる。
「カカシさん、ありがとうございます。それからおかえりなさい」
無事に帰ってきてくれて嬉しい。
すりすりと頬を寄せると頭の上にカカシさんの手が乗った。
「うん、ただいま。イルカ先生、遅くなったけどお誕生日おめでとう。誕生日に傍に居てあげられなくてごめんさい」
「なに言ってんですか。任務だったんだからいいんです」
それよりも今、こうして傍に居てくれることが嬉しい。こうしてなんでもない日に俺の誕生日を祝ってくれることの方が数倍嬉しい。
カカシさんがおめでとうと言ってくれる日が俺にとって特別な日になる。
大きな手が何度も頭を撫ぜてうっとりする。
「イルカ先生――」
耳元で名前を呼ばれて顔を上げれば頬に手が添えられた。<そうっと瞼を下ろしていくと唇にカカシさんの吐息が触れる。微かに触れた唇をくすぐったく思っていると、ふしゅーっとジャガイモの鍋が湯を噴いた。
「あ!!」
忘れてた!!
慌てて起き上がって台所に走ると火を止め、湯が落ち着くのを待って再び火をかける。ふうと息を吐いて振り返ると、起き上がったカカシさんが口をへの字にしていた。
「あはは・・、先にご飯の用意してしまいますね。カカシさんお風呂に入りますか?」
「まだいいです、手伝います」
ケーキを冷蔵庫にしまうと横に並んだ。
「なに作るの?」
「ポテトサラダ」
「タマゴもいれてい?」
「はい」
カカシさんが冷蔵庫から取り出した卵を鍋に入れ、水を入れて火にかける。
二人で料理するのなんて久しぶりだ。切りかけのきゅうりを切り始めたカカシさんにサラダは任せて、その隣で味噌汁を作った。
明かりを消した部屋にろうそくの火が灯った。小さな卓袱台の真ん中に置いた大きなケーキがろうそくの火に浮かび上がる。ゆらゆらと揺れる小さな炎の向こうでカカシさんが一本一本に火を灯すのをかしこまって見ていた。最後の一本に火を灯すとカカシさんがにこっと笑う。
「イルカ先生、お願い事決まりましたか?」
「え?」
「ローソクの火を消す時にお願い事すると叶うそうですよ」
「あ、そっか」
「決まった?」
「はい」
願うことは正月でもいつでも一緒だ。
「じゃあ――」
「「せーの」」
――ずっと一緒に。
ふーっと一息で消すとカカシさんがぱちぱちと手を打った。
「イルカ先生おめでとう、大好きだよ!!」
部屋が真っ暗で良かった。<照れてかーっと顔が熱くなる。体の中からわーっと嬉しいが溢れ出して、カカシさんの膝の上でごろごろ転がりたくなった。
「俺も!俺もカカシさんがす――」
突然、唇が塞がれた。暗闇の中、唇に触れるのはカカシさんの唇でしっかり重なると濡れた音を立てて離れた。同じように頬や目元、鼻筋にカカシさんがキスをする。手を伸ばしてカカシさんの背中に手を回せば、ぐっと背中を引き寄せられた。
静かに抱き合ってカカシさんを感じる。腕の中にあるカカシさんの体や背に当たる腕。頬に触れる首筋や肩に乗せられた顎。
それだけで十分だと思った。これ以上満たされられることなんて他にない。
頬を寄せ、見詰め合ってもう一度キスした。
カカシさんが明かりを点けて、俺はケーキを脇に置いて料理を運んだ。カカシさんがケーキを指して冷蔵庫にって言ったけど、見えるところにおいて置きたかった。
ご飯を食べ終わると腹ごなしにお風呂に入った。順番に入って上がってくる頃にはお腹はいい感じでこなれて、紅茶を入れるとケーキを切り分けた。
俺のは大きく、カカシさんのは小さく。
「あ、もうちょっと食べれるよ?」
「その時はおかわりしてください」
「ハーイ」
困った顔で笑うのに笑い返して手を合わせる。
「いただきます!」
甘いものは大好きだ。フォークでざっくり掬って口に運ぶと、口いっぱいに甘さが広がった。
すんごく美味い。
あっという間に平らげると、もうちょっと切り分けた。ぱくぱく食べながらカカシさんを見るとクリームを少し掬っては口に運ぶ。
目が合うと眉尻を下げた。漸く自分の犯した罪に気付いたらしい。
だけどそれは愛しい罪。
「イルカ先生ごめんなさい、オレあんまり食べれないかも……」
「大丈夫ですよ。きっと明日中は持つと思うし、俺が食べます」
「来年はちゃんと小さいのにしますね」
「そうしてください」
食べかけのカカシさんのケーキを攫うと一口で食べた。
「はぁーお腹いっぱい」
行儀が悪いけど、はちきれそうなお腹を抱えて畳みに転がる。食べた後のごろ寝は幸せでくふくふ笑いが込み上げてくる。
「イルカ先生・・?」
心配そうに覗き込んでくるカカシさんの膝に乗り上げて頭を置いた。腰に手を絡めて丸くなる。くふーっと満足の溜息を吐くと目を閉じた。
「寝ちゃうの?」
寝ちゃいません。
ぐりぐりと頭を横に振るとカカシさんが頭を撫ぜた。するっと髪を纏めていたゴムを抜かれて、髪の間に指が滑る。くすぐったさが気持ちよくて、ぎゅううとさらに体を丸めてしがみ付くとカカシさんの指が耳の淵を撫ぜた。
「イルカセンセイ、シよっか?」
目を閉じたまま、うんうんと頷くとカカシさんが立ち上がって明かりを消した。
同じように横に寝転がったカカシさんに心臓がドキドキする。豆電球1コ残した光の中で顔を見合わせくすくす笑う。
カカシさんの手が額に掛かった髪を掻き上げる。その手に頬を摺り寄せると手を伸ばしてカカシさんに触れた。髪を梳いて耳に触れるとくすぐったそうに首を竦める。ちゃんと愛撫しようと耳の淵に触れるとカカシさんの手が背中に回り、畳の上を滑った。
引き寄せられて体が密着する。
カカシさんが顔を傾けて、目を閉じると唇が重なった。口吻けは次第に深くなって、服の下に手が入り込む。
目を閉じて身を任せるが、やたら熱心に腹を撫ぜる手を怪訝に思って瞼を開けるとカカシさんが笑いを堪えていた。
「くくっ・・、すごい張ってる・・」
さわさわと確かめるようにお腹を撫ぜてカカシさんが笑う。
「だ、だれのせいですか。笑わないでくださいっ」
「ごめっ・・、ふっ、・・くくっ」
ふにーっと頬を引っ張るが一向に笑いを収めない。
「さわるなっ」
ぺいっと手を払うとすぐに戻ってきた。
「やーだっ。だってかわいいんだもん」
「どこが…っ」
体を丸めてお腹を隠すと、カカシさんが膝と体の間にぐいぐい頭を割り込ませてきた。
「うあっ・・うー、やめーっ!」
「いーから、いーから」
「よくなー…ひゃはっ!くすぐったっ・・」
服を捲ると下腹にちゅうーっと吸い付く。それがまたくすぐったくて笑い転げてると、いつの間にか両足の間にカカシさんが陣取って下肢に近いところで顔を埋めていた。
恥ずかしい格好だ。
それとなく足を抜いて体を離そうとしたら、カカシさんの手が足を押さえた。伏せてた顔を上げ、上目遣いにこっちを見上げた。
楽しげで、それでいて射るような眼差しで。
その視線が再び俯くとカカシさんに下がった。ウエストを引っかいて、ゆっくりズボンが下ろされる。まだ快楽に染まりきってないうちからそこを見られことに多大な羞恥を感じた。
逃げ出したい。
だけど嫌なわけじゃない。
促されて僅かに腰を上げると、カカシさんがズボンを腿のとことまで下げた。そこだけ剥き出しにされてやたら恥ずかしい。
「かかし、さん・・」
ジッとそこに注がれる視線を逸らしたくて名を呼べば、
「んー?」
曖昧に返事をして、顔を下げた。
むちゅっと柔らかいものが竿に触れる。
「か、カカシさん!」
「なーに?」
ちゅ、ちゅ、と唇を押し付けながらカカシさんが返事をした。
その度に腹筋が揺れる。
「やっ、ちょっ・・あぁっ」
ぬるっと熱い口腔に含まれて仰け反った。舌と口蓋の間に性器を挟み込むと頭を上下させる。
逃れようにも膝の上に乗られて動けない。頭を除けようと手を伸ばすと、逆に手を捕られ床に押さえつけられた。
「やぁっ、アァッ・・アッ」
逃れようのない快楽を強制的に与えられる。甘い刺激はみるみる膨れ上がって、カカシさんの口の中で弾けた。
カカシさんは口を離すことなくびくびくと震える性器を吸い上げ、喉を嚥下させる。その動きを直に性器で感じながら胸を喘がせた。
「気持ちよかった?」
顔を上げたカカシさんが無邪気な顔で聞いてくる。
気持ちよかったどころじゃない。
過ぎる快楽に体を震わせ、目じりから涙を零すとカカシさんが伸び上がってそれを舌で掬った。両手で頭を抱えるようにして、顔中に口吻ける。
手を持ち上げてカカシさんに触れたかったのに、指先がバカになったみたいに震えて思うように動かなかった。それをカカシさんが目の端に留めて、震える手を掴むと唇に押し付けた。
目を閉じ、祈るみたいに。
だけど次の瞬間、にこーっと笑うと手を床に置いて首の下まで服を捲った。両胸を露にして腰の上に跨りなおすと卓袱台に手を伸ばす。
嬉しそうな鼻歌が聞こえてきた。
戻ってきた手が何かを乳首に塗りたくった。
「ひゃっ、えっ・・なに!?」
ぬるぬると皮膚の上を滑ると手が離れて、反対側も同じようにする。頭を上げると甘い匂いが漂った。
生クリームだ。
「いっただっきまーすv」
「え・・、あっ、この・・っ!」
満面の笑みで両手を合わせると乳首の上に顔を伏せた。唇で生クリームを吸い上げると、舌で残りを舐め上げた。
「あぁっ、あ!んんっ・・っ」
食べ物を粗末にしてとか、それがしたくてここでおっぱじめたのか不思議だったんだよ、とか思うことはたくさんあったが言葉にならない。
甘いものが嫌いなくせに嬉々として舐める姿は、バカでヘンタイっぽいのにあまりに嬉しそうで何も言えなくなる。
そのくせ舌を伸ばす仕草はたまらなく卑猥でエッチだ。赤い舌が何も無くなった乳首をくるりと撫ぜるのを見たら、それだけでイきそうになった。
刺激が強すぎる。
「あ・・も・・っ、やだ・・っ」
離れた舌先と乳首の間に唾液の糸が伸びてぷちんと切れた。
てらてらと光るそこから離れると反対側にカカシさんが舌を伸ばした。舌先だけでクリームを掬うように舐める。
ちろちろとした刺激に身悶えると反対側にびりびりと強い刺激が走った。ヌルついて逃げる乳首をカカシさんの指が摘まもうとする。強く扱くような触れ方に下肢が悲鳴を上げた。
イきたい。でも、足りない。
堪らず手を伸ばすとカカシさんの体に阻まれた。
「あっ、あっ、やぁっ・・」
焦れてカカシさんを押して服を掴んだ。感じるところだけ晒してる俺と違ってカカシさんは服を着たままだ。
ずるい・・っ!
怒って服を引っ張るとカカシさんの手がそれを外して、
「触って」
性急に前を寛げると熱く張り詰めた中心を握らせた。
「やだっ・・俺も・・っ」
カカシさんが目を眇めて笑うと唇を重ねた。体をずらして腰を重ねると中心にカカシさんの熱が触れる。俺の手の上から纏めて握り込むと上下に扱いた。
「あぅっ、ああっ、はっ・・」
ぐちぐちと濡れた音が立つようになるとカカシさんが腰を揺らして手とは違う動きを加えた。快楽に全身が引き攣って反り返る。
カカシさんの動きがいっそう早まったのをきっかけに駆け上がると熱を吐き出した。
同時にカカシさんが弾ける。
放心しながら熱に浮かれたやらしいカカシさんの顔に見蕩れていると、はあーと息を吐いてカカシさんが弛緩した。
「きもちいー・・」
それはなによりです・・。
満足そうに呟くのに頬を緩めた。体を重ねてきもちいいと思って貰えるのは嬉しい。
「・・挿入れてないのに」
だから後の下品な言葉は聞こえなかったことにした。
「まだイくつもりなかったのになー」
唇を啄ばみながらカカシさんが言う。
「でもイルカ先生があんまりにもやらしいからもってかれちゃった。やばかったー。暴発するかと思いました」
「ぶふっ・・なんですか、暴発って・・」
「笑い事じゃないよ?見てるだけでイけそうでしたもん。クリームつけたイルカ先生ってやらしい・・いひゃい」
「なんで俺にクリームつけるんですか!食べ物であんなことして」
カカシさんの緩んだ頬をふにゅーっと引っ張って離す。
「そんなのぷれいに決まってるじゃないですか。あーしたらオレも食べれるしv一石二鳥です」
赤くなった頬を摩りながらカカシ先生が笑う。
まだあるからもっとする?
耳元で囁くのにぽかんと頭を叩いた。
「なんで俺が食べられなくちゃなんないんですか。俺の誕生日なのに」
ぱっと頭を上げたカカシさんが嬉々とクリームを掬って、あらぬところに塗った。
嬉しそうに頬を染めるて、「食べていーよ?」と促されたけど、
「俺、味が混ざるの苦手です」
真剣に答えたらカカシさんが本気でしょぼくれて、可笑しくて笑ってしまった。
ホントにしょうがない人だ。
それからベッドに場所を変えて明け方まで体を重ねた。
目が覚めたのは昼過ぎでカカシさんはすでに隣にいなかった。
寝返りを打って枕を引き寄せると腕に紙が触れた。手に取るとそれは封筒で「イルカ先生へ」と書いてある。開けてみると中からチケットが出てきた。
天然温泉つき高級旅館の招待券で一泊二日2名分だった。
すごい。
ここの旅館、一泊するだけで俺の給料3ヶ月分が飛ぶ。
行ってみたいなーと零したけど、あれはずっと前、確か付き合う前のことだ。
覚えてくれてたのかな・・?
行けるとしたら一世一代の時、新婚旅行ぐらいだとあの時笑った。
チケットの後ろから手紙が出てきた。
『イルカ先生へ
お誕生日おめでとう
イルカ先生温泉好きだから手配してみました。
行けそうなら一緒に行こうね。
でも行けそうになかったら お友達と行ってきてもいいよ。
カカシ』
それはきっと招待券に有効期限がついてるからなんだろうけど。
絶対カカシさんと行こうと決めて目を閉じた。
それは誕生日から2週間ほど過ぎた、なんでもない日、――日曜日のこと。