第三者視点です。









春の香り









受付所の朝は早い。
会場が開く前に依頼側と受理側とでいろいろ準備を整える為に仕事が山とある。
その割には人手が足りず、始業開始時間を目前に時間に追われる中、ガラッと扉が開いて助っ人が来た。

「おはよー」

後ろを通り過ぎる瞬間、ふわりと風が舞う。
ドキッと心臓が高鳴り、声でイルカだと分かっているのに思わず顔を上げた。
まじまじ顔を見ると、なんだ?と首を傾げる。

「何だよお前、朝から無駄に色気振りまきやがって・・」

おれのときめきを返せ。

そんな心境でぼやくと、急にイルカがソワソワしだした。

「な、なんだよ。色気なんかだしてないだろ」

と言いつつ。
それとなく体を見回したり、タートルの首を引っ張り上げたり。

(・・・何を隠したいんだか)

「・・・そこじゃないから」

あまりの分かり易さに面白半分に指摘すると、うるっとイルカの目が潤んだ。
火がついたように赤くなり、何か言いたそうに口を開いては飲み込む。
追求したいが出来ない、そんなところだろう。

(そういえば、はたけ上忍と付き合ってるんだっけ・・)

刹那、何故か恥じらい戸惑うその姿に、上から組み敷いて見下ろしたイルカのビジョンが重なった。
布団の上に広がる艶やかな黒髪。潤んだ瞳と上気した頬――。

・・って、イルカだぞ、おい。

この男、男した野郎の、閨の想像が出来てしまった自分に動揺する。

「まあ、気にすんな」

あっさり言って興味をなくしたフリをした。
書類に向き直れば、イルカも隣に座る。
ちらちらと何か言いたそうにこっちを見るが知らん顔した。

はたけ上忍がイルカと、と聞いた時ははたけ上忍ってなんて物好きなんだと思ったが。
人のことは言えないのかもしれない。


薄く開いた受付所の窓から春の風が微かな桜の香りを運ぶ。
その香りに混じって、イルカからシャンプーの匂いとお風呂から上がりたての水の匂いがした。









* * *









なんてことだ。
仕事がまともに手につかない。
朝の妄想に引き摺られ、イルカの痴態に興味が湧いて頭から離れない。

どんな顔をする?
どんな声で啼く?
どんな風に乱れる?

興味は組み敷いてみたい欲求に代わり、身の内をじりじりと焼く。
冴えない奴だと思ってたのに。
イルカを発掘したはたけ上忍ってすごい。

そんなことを考えていたら、廊下が騒がしくなった。
イルカがくすりと笑い、入り口を見る。

「イルカセンセーっ、おはようってばよー!」

わっと机まで走ってくるナルトの頭をイルカの手が押し返した。

「コラーっ、受付所で騒ぐなっていつも言ってるだろ!」
「そんなことより!!今日の任務は何?なにするんだってばよ!」
「そんなことって・・、お前なぁ・・」

はぁっと溜息を吐くイルカにナルトがニシシと笑う。
そして何か特別なものを発見したようにはしゃいだ。

「今日のイルカ先生ってばすんげーイイ匂いがするってばよ!」

くんくんと鼻を動かすのに、はっとしたようにイルカがこっちを見た。
ニヤニヤ笑い返してやれば、目を逸らし、ぼぼぼっと赤面して言い繕う。

「ち、ち、違うぞ!!これは知らない間にシャンプーが変わってて、それでこんな匂いになって・・・」
「ふーん、そっか!」
「・・・・・・」

それは言い訳としていかがなものか。
知らない間にシャンプーが変わる生活ってどんなだよ。

その返答のおかしさに気づかないナルトがイルカに手を伸ばす。
その手が髪に触れる前に、

「お前ね、受付所で騒ぐなっていつも言ってるでしょーが」

後から来たはたけ上忍がナルトの首根っこを掴んで引っ張った。
その後ろには2人の下忍もいる。

「うわーっ!!離せってばっ!!」
「まったく。スイマセンねぇ・・」
「あ!いえっ・・!」

銀色の頭を掻きながら、まるで自分が怒られたように謝罪する。
恐縮するイルカに、片っぽしか出てない右目が撓むのが見えた。
その目がひたりとイルカを見つめる。
それを見てドキドキした。
イルカの反応に期待してこっそり視線をやるが、――イルカは至って普通だ。

ちぇ。なんてニブい奴。

「センセ、今日の任務は?」
「7班は芋掘りです」
「そんなのダメーっ!!もっとすごい任務がしたいってば!!!」
「なに言ってんだ!!芋掘りだって大事な任務なんだぞ!!」
「そーだよ、ナルト」

イルカの怒声にはたけ上忍の声が被さった。
その瞬間、つっと背筋が凍りつく。
指一つ動かせない。
冷たいクナイの切っ先で背骨を撫ぜられれば同じ感覚がするだろうか。
ザリザリと命を削られる感覚。
恐怖に息が詰まり、震えることすら出来ない。

「いいかナルト、お前だって野菜を食べるデショ。それは勝手に出来るわけじゃないよ。お百姓さんが種を捲いて、それを毎日毎日大事に大事に育てることによって美味しい野菜になるんだ。それを何の苦労もしないでおいしいとこだけ食べようとするなんて。そんな奴は馬に蹴られて――」
「カカシ先生、カカシセンセ!なにもそこまで・・・。それに例えがなんか変です」
「あれ・・そうかな・・?」
「ええ、そうです」

ふふっとイルカが笑った瞬間、縛が解けた。
冷たい汗が背中を流れ、歯が鳴る。

いや、間違ってない、間違ってないぞ、イルカ。

あれはおれに言ったのだ。
イルカに邪な想いを抱いたおれに牽制を掛けた。
いや、牽制なんておこがましい。
イルカに手を出そうものなら瞬殺される。
手を下すまでもなく、その殺気だけで――。

それをおれに知らしめた。
怖かった。
一生分の後悔を胸に思い知る。

絶対、手なんか出せない!!

そう思ったら、ツキンと胸が痛んだ。

あれ・・・?








「じゃあ、いってきますネ」
「ええ、いってらっしゃい」
「いってくるってばよ!!」
「先生、バイバイ」
「がんばれ!サスケもな!」
「・・ああ」

にこやかに笑ってイルカが7班を、はたけ上忍を見送る。


その横顔を見ながら、おれの春は花を咲かせることもなく潰えたことを知った。



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